22 フィオと獣たちの同士の挨拶

 次の日、俺は何者かに顔をべろべろ舐められて、目を覚ました。

 いや、何者かなんて、目を開ける前からわかりきっている。


「きゅっきゅっ」


 目を開けると、ヒッポリアスのでかい顔があった。

 大きな口を、少し開けて舌を出して俺をべろべろ舐め続けている。 

 俺の顔を洗ってくれているつもりなのかもしれない。


「気持ちはありがたいが、顔は水で洗うのが好みだから、舐めなくてもいいんだよ」


 俺の顔はベトベトだ。

 舐めなくてもいいと言ったのに、ヒッポリアスはベロベロ舐めるのをやめない。


『ておどーる、だれかいる。だれか!』


 しかも、ヒッポリアスは焦っていた。いや、少しビビっているようだ。


「誰って、ああ。フィオとシロのことか?」


 俺はフィオとシロが寝ている方を見る。フィオとシロはまだ眠っていた。

 フィオとシロは毛布にくるまり、互いに寄り添って寝息を立てている。


『ふぃお? しろ?』

「フィオとシロが起きたら、改めて紹介しよう」

「きゅ」


 フィオとシロはきっとすごく疲れていたのだろう。

 風雨を凌げて、暖かく、そして柔らかい寝床も久しぶりに違いない。

 お腹いっぱいになったのもだ。

 しばらくゆっくりして疲れを癒してほしい。 


『ふぃおしろだれ?』

「えっとだな。昨日夜中にやってきて仲間になったんだよ」

『なかまか~』


 仲間と聞いてヒッポリアスは安心したようだ。

 図体はでかいのに、意外と肝は小さいのかもしれない。


 シロよりずっと大きな猪を狩っているのに、意外なことだ。

 いや、言い方は悪いが、外で見た黒い油虫は怖くなくとも、家の中で見ると怖い。

 そういう類の現象かもしれない。


 家の中は自分のテリトリー。縄張りだ。

 そこに見知らぬものが素知らぬ顔で入り込んでいたら驚くのは普通だ。


「……それにしても」

「きゅお?」

「昨夜、ヒッポリアスは全く起きなかったな」

「きゅ?」

「昨日は結構大騒ぎしてたんだが……」

「……きゅ!」


 ヒッポリアスは俺の顔を一心不乱に舐め始めた。

 失態をごまかそうとしているのだろう。


「子供だから仕方ないけど……。もう少し感覚を鋭くしないと危ないぞ」

「……きゅぅ~」


 ヒッポリアスは反省しているようだ。


 昨夜、フィオとシロがやってきたことに気づいたのは俺ぐらいだった。

 もしかしたら、ヴィクトルも気づいたかもしれない。

 だが、それ以外の冒険者と学者たちは来訪には気づいていなかっただろう。

 冒険者たちは酔って眠っていたので、気づけなくても仕方ない面はある。


 だが、途中で主にフィオが騒いでからは、冒険者たちは大体皆気づいていた。

 出てこなかったのは、俺に任せた方がいいと判断したからだ。


 実際、その方が俺としても助かった。

 大勢で取り囲んだりしたら、フィオもシロも警戒して身構えるからだ。

 朝食の際に、改めて皆にお礼を言って事情を詳しく説明しなくてはなるまい。


「さて、ヒッポリアス。朝ご飯の準備をしようか」

『する!』


 ヒッポリアスは尻尾をぶんぶんと振る。


「落ち着け落ち着け。ヒッポリアスの尻尾は大きいから室内ではあんまり振るな」

『わかった~』


 まじめな顔でヒッポリアスはうなずいている。


 そんなヒッポリアスと一緒に家の外に向かおうとしたら、

「……あぅ」

 あくびをしながらシロが起きた。


「……くぅん」

 そして近くにいるヒッポリアスを見てびくりとして、怯えた感じの声を出す。


 ヒッポリアスは子供とはいえ、体の大きい高位竜種である。

 怯えない魔物はそうそういない。


「シロ、起きたか。こいつはヒッポリアス。俺たちの仲間で、俺の従魔、眷属なんだ」

「きゅ」「わふ」

「同じ仲間、群れの一員だから、仲良くしてくれ」


 俺がそういうと、シロはフィオをぺろりと舐めるとゆっくり起き上がる。

 そして、一度大きく伸びをすると、少し警戒しながらヒッポリアスに近づいた。


「きゅぅ」「あぅ」


 シロはヒッポリアスと鼻と鼻を近づけて軽く匂いを嗅いだ後、後ろに回る。

 そして、くんくんとお尻の臭いを嗅ぎはじめた。


「きゅきゅぅ」


 ヒッポリアスは少し気まずそうだが、狼の挨拶だから仕方がない。


「狼の挨拶なんだ。我慢してやってくれ」

「……きゅ」


 そんなことをしていると、フィオまで起きて来た。


「フィオ。眠たかったらもっと眠っていていいよ」

「だいじょぶ」

「そうか。それならいい。改めて紹介しよう。こいつがヒッポリアスだ」

「ひぽりあす」

「俺たちの仲間で、俺の従魔眷属だが……。まあ群れの一員と考えてくれ」

「わかた」


 フィオは毛布の中から出てくると、伸びをしてヒッポリアスに近づいていく。

 怯える様子は全くない。


 フィオは天性のテイマー。だから魔物を恐れないのかもしれない。


「ひぽ?」

 そう言いながら、フィオはヒッポリアスに正面から近づく。

 そして、鼻先を合わせてクンクンと匂いを嗅いだ。


「きゅ」

 ヒッポリアスもフィオの匂いを嗅いだ後、顔をぺろりと舐めた。


「ひぽ!」

 そしてフィオはヒッポリアスの後ろに回ると、シロと一緒にお尻の臭いをかぎ始めた。


「きゅ……」

 ヒッポリアスは気まずそうにして、助けを求めるような視線をこちらに向ける。


「狼の挨拶だからな。我慢してくれ」

 俺はもう一度言った。挨拶は大切なのだ。


 一生懸命臭いをかいだおかげか、フィオとシロはヒッポリアスと仲良くなったようだ。

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