21 言語神
家の中に入る前に、フィオとシロに言う。
「中にはヒッポリアスという仲間がいる。俺の従魔だ」
「ひぽ?」
「そうだ。でかくて強い奴だが怖くないから、怯えなくていい」
「ふぃお、こわくない」
フィオもシロも、堂々と尻尾をピンとたてている。
「じゃあ、扉を開けるが、びっくりするなよ?」
「わかた」「あぅ」
俺は扉をゆっくりと開ける。
家の中から空気が流れ出てくる。
「「きゅーん」」
途端にフィオとシロは後ろに跳んで、尻尾を股に挟む。
ブルブル震えているようだ。
ヒッポリアスはまだ幼体であるが高位竜種である。
普通の魔獣はこうなる。
だが、人で、かつ姿を見ていないフィオまで怯えるのは想定外だ。
フィオは鼻がいいのかもしれない。
「怯えなくていいって言っただろう? 仲間だからな」
「わかてる」「わぅ」
「じゃあ、入るぞ。ついてこい」
俺が中に入ると、震えながらもフィオとシロもついてくる。
「ぷしゅーしゅぴ」
「……ヒッポリアスは起きる気配皆無だな」
先ほどまでとはヒッポリアスの姿勢が変わっている。
仰向けでお腹を丸出しにしていた。
「本当に危機感がないな……。フィオ、シロ、この毛布の上で眠っていいぞ」
そう言って俺はヒッポリアスの横に敷いてある毛布に横たわった。
毛布は大きい。フィオとシロも一緒に横になるスペースはある。
「わかた」「わぅ」
フィオとシロは口ではそう言いながら、部屋の隅の方で横になる。
ヒッポリアスが怖いのだろう。
「床冷たくないか?」
「だいじょぶ」
とはいえ、板の上で寝かせるのはかわいそうだ。
俺は魔法の鞄から予備の毛布を出してフィオとシロの近くに敷いた。
「これをやろう。使うといい」
「いいの?」
「いいぞ」
「ありあと」
フィオとシロは一緒に毛布にくるまった。
しばらくもぞもぞしていたが、寝息を立て始める。
よほど疲れていたのだろう。
人の子供と魔狼の幼体だけで暮らしていたのだ。
餌も不足して、寝床にも困っていたのだろう。
フィオとシロが寝たので、俺もヒッポリアスの横で眠りにつくことにした。
「……それにしても」
シロをテイムしようとしたとき、俺はフィオに体当たりを食らった。
並みの魔物からならば、俺は不意打ちを食らうことは無い。
長年修羅場をひたすらくぐり続けてきたのだ。気配には敏感である。
油断していたわけでもない。なのに食らった。
「フィオの特殊能力だろうか……」
「…………」
俺はフィオたちをみる。
フィオはシロに包み込まれるような形で眠っていた。
フィオもシロもまだ警戒しているようにみえる。浅い眠りだ。
今までもこうやって一人と一頭でかばいあうようにして過ごしてきたのだろう。
「ぷしゅー」
ヒッポリアスは無警戒に腹を出して爆睡しているのとは対照的だ。
俺はそんなヒッポリアスを少し撫でる。
眠ろうとしたが、目が冴えてしまっていた。
だから少し考えることにする。
フィオは言葉を話せていた。
その理由については、二つの可能性が考えられる。
一つ目は最近まで人と暮らしていたという可能性。
二つ目は、テイムスキルのおかげという可能性だ。
俺は二つ目の可能性の方が高いと考えていた。
テイムスキルを使えば言語になっていない獣の意思を言語化することも可能である。
俺もテイムする前のヒッポリアスやシロと意思の疎通をしたものだ。
だが、それにはかなり高度なテイムスキルレベルが必要になる。
俺も言語化するためには、少し気合を入れてテイムレベルの強度を上げなければならない。
(フィオは、テイムの天才なのかもしれないな?)
スキルは才能がものをいう世界だ。
努力することで、スキルを強化することは可能ではある。
だが、才能がなければ、いくら努力しても全く伸びない。
才能あるものが、血をにじむ努力してやっと強化できるのがスキルというものなのだ。
(俺でさえ、言葉をつかえない獣の意思を言語化できるようになったのは二十歳の時だ)
それでも歴史上の記録に残るほどの早さと言われたものだ。
そんな俺よりも、フィオの方がテイムの才能があるのかもしれない。
(何しろ無詠唱かつ無意識のテイムだからな……)
フィオが魔狼の群れに入れてもらえたのもテイムスキルのおかげなのかもしれない。
そしてずっと魔狼と会話していたと考えれば、フィオが話せることもつじつまが合う。
魔狼は人の言葉を話せないが、フィオは人。
フィオが人である以上、魔狼の意思を言語化すれば、それは人の言葉になる。
フィオ自身が言語を話せるかとは、また別の話だ。
言語を話せなかったとしても、人の言葉で、獣の意思が流れ込んでくるのだ。
それが言語神の偉大なる恩寵という奴である。
言葉を浴びることで、フィオは言語を理解できるようになったのだろう。
言語神はこの世界の神の中でも強力な神である。
人が言語を使うことは、すなわち言語神への帰依、礼拝のようなもの。
ほとんどすべての人が一日に何度も何度も言語神に礼拝しているのと同義だ。
神は人の信仰を力にする。
これで言語神が、強力にならないわけがない。
商売も政治も愛のささやきも、歌や詩、物語も言語がなければ成立しない。
商売神も、政治の神も、愛や、歌、詩、物語の神も、言語神の従属神なのだ。
人を人たらしめているのが言語と言えなくもない。
つまり言語神は人の主神、人神と言えるのだ。
人は我ら人族と、魔族、そしてフィオのような獣耳と尻尾を持つ種族すべてを含む。
魔族の神である魔神なども、言語神の従属神である。
(……本当に言語神は偉大だな)
俺は言語神に祈りを捧げてから、眠りについたのだった。
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