20 子供のスキル

 テイムの失敗。

 いや、魔法陣が発動すらしていない。無効化を食らった感じだ。


 こんなことは初めてである。俺は高位竜種すらテイムしてきた。

 そしてテイム対象の魔狼からは合意を取り付けている。

 つける名前も気に入ってもらった。


 俺の手に余る魔物である場合は魔法陣による契約が発動しない可能性はある。

 だが、いくらなんでも魔狼が高位竜種以上ということは無いだろう。


「なにがあったのだろうか……」


 俺は魔狼に近づいてよく見てみる。


「くぅーん」


 魔狼は怒られると思ったのか、甘えるような声を出している。

 子供は不安そうに尻尾を股に挟んでいた。


「怒ってないから大丈夫だよ」


 そう優しい声音で語り掛けながら、魔狼に直接触れて確かめる。

 モフモフしている。痩せ気味で、泥などにまみれていた。

 だが、手入れをすればいい毛並みになるだろう。

 いや、今は毛並みはどうでもいい。


 テイムスキルが失敗した理由を探さねばならない。

 俺は魔法的痕跡を探るために魔狼にむけて鑑定スキルを発動させる。


「ふむ? ……あれ?」


 魔力を感じた。

 鑑定で、生きている生物を調べることは出来ない。

 生きている生物っていう言い方はおかしな気もする。

 だが、死んだ生物なら鑑定スキルを使うことは可能なのだ。

 死骸と区別するためには、生きている生物という言い方も止むをえまい。

 それはともかく、生きている生物を調べるには鑑定スキルではなく、別の魔法が必要になる。


 だから生きている魔狼を鑑定して、魔狼の魔力を感じ取ることは無い。

 にもかかわらず、鑑定をかけて魔狼から魔力を感じた。

 ということは、何者かが魔狼に魔法的何かを付与してあるということだ。


 それも俺のテイムスキルを妨害、いや無効化するほどの魔法的何かである。

 どれだけ高位の魔法なのだろうか。


「いや、さすがにそれは考えにくいよな……」


 失敗するにしても妨害と無効化では大きく違う。

 発動して失敗するのが妨害、発動すらさせないのが無効化だ。

 高位魔導師ならば、俺のテイムスキルを妨害することは出来るかもしれない。

 だが、無効化は流石に難しかろう。

 勇者パーティーで一緒だった賢者でも、できなかったことだ。


「魔法ではないならばスキルか」


 スキルでも並みのスキルでは無効化は出来まい。

 とてもではないが、そのようなスキルは……。いや一つあった。

 テイムを無効化するには、テイムである。

 だが俺がテイムするよりも先にテイムされていたら、上書きすることは不可能だ。


 俺は魔狼を撫でる。


「シロは俺の従魔、眷属にはなれないみたいだ」

「……きゅーん」


 魔狼は不安そうに鳴く。

 子供はまだ不安そうに尻尾を股に挟んでいる。


「大丈夫。従魔ではなくても仲間だからな」


 魔狼だけでなく子供の頭を撫でる。すると子供は気持ちよさそうに目をつぶった。

 頭を撫でられて落ち着いたのか、子供が首をかしげて口を開いた。


「どして」

「ん? どうして従魔にできないのかってことか?」

「そ」

「そうだな。お前が先にテイムしてしまったからだ」

「あぅ?」


 子供とシロがきょとんとして、同時に首をかしげる。

 とてもかわいい。


「シロって名前を考えたのは俺だが、呼びかけながら触れたのはお前が先だ」

「ぅ?」「がぅ?」


 子供もシロもわかっていなさそうだ。

 わからなくても無理はない。


 どうやら、子供はテイムスキル持ちだったのだ。

 スキルは生まれつき与えられる天性のもの。

 スキルを持っていることに気が付いていないこともある。


「名前を呼んで触れたことでテイムスキルが発動したんだろう」


 普通はあり得ないことではある。

 だが、子供とシロは深い信頼関係と絆で結びついている。

 何の抵抗もなく、するりとテイムできてしまったのだろう。


「とはいえ、詠唱もなしにとはな」


 子供はテイムの天才かもしれない。

 俺がテイムする時に使う詠唱は、テイムに必須なものではない。

 だが、スキルの魔力消費を抑え、従魔との結びつきを強め、成功率を上げることができる。


 詠唱もなしに名前を呼んで撫でただけで、テイムできたのは凄い。

 いくら深い絆で結びついていたとしてもだ。


「お前、いや、お前と呼ぶのは不便だな。名前はあるのか?」

「ない」

「そうか。俺が名前を考えてもいいか?」

「いい」


 真面目に考えねばなるまい。

 しばらく考えて、いい名前を思いついた。


「フィオってのはどうだ?」


 フィオというのは、昔話に出てくるテイマーの名前だ。


「ふぃお! おれふぃお」「わぅわぅ」


 フィオは嬉しそうに尻尾を振った。

 シロも祝福するかのように、フィオの顔をぺろぺろ舐めている。


 喜んでもらえて良かった。

 フィオとシロの名前が決まったところで、改めて説明する。


「フィオ。どうやら、シロはフィオの従魔になったようだ」

「じゅーま」

「まあ、仲間ってことだ」

「なかま!」「わふ」

「フィオ。疲れたりしてないか? 眠くないか?」


 テイム時には魔力を持っていかれる。

 フィオに魔力と言ってもわかるまい。だから疲れていないか聞いたのだ。

 魔力を持っていかれると、眠くなり疲れる場合もある。


「ねむい!」

「そうか、じゃあ寝ようか」


 俺はフィオとシロを連れて、ヒッポリアスの家へと向かう。

 すると、横から声を掛けられる。


「解決しましたか?」

「流石はヴィクトルだな。気配を消すのがうまい」

「とはいえ、テオさんは気付いてたでしょう?」

「そりゃ、まあ」


 ヴィクトルはテイムを邪魔しないように静観してくれていたのだろう。


「ふーっふーっ」「うーっ」

 フィオとシロが警戒して身を低くして唸る。


「安心しろ。ヴィクトルも仲間だよ」

「……わかた」「わぅ」

「一部始終は見ていただろうが、詳しいことは明日の朝に話そう」

「はい、おやすみなさい」


 そして、俺とフィオとシロはヒッポリアスの家へと向かったのだった。

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