19 魔狼をテイムしよう

 子供は肉を凝視していた。よだれがこぼれている。


「食べていいよ」


 そう笑顔で言ってから俺は後ろに下がって距離を取る。

 後ろに下がる動作も非常にゆっくりにする。


 肉から湯気が立っている。

 俺の魔法の鞄には時間停止の魔法がかかっているので、肉は熱々なのだ。


「食べていいぞ」


 俺はそう繰り返す。


「…………」


 子供はよだれをたらしながら、俺と肉を交互に見る。

 そうしてから魔狼を見た。


「わふ」


 魔狼は小さく吠える。

 テイムスキルのおかげで、魔狼の言葉はわかる。子供に大丈夫だよと伝えているのだ。

 そして魔狼はゆっくり動いて皿の前に進み、肉を少し食べた。


「がふ……。わふ」


 自分が食べてから、子供にも食べろと促している。

 そこでやっと子供が動く。

 肉に近づくと、狼と同様に皿に口をつけて、がつがつと食べ始めた。


「あまり急いで食べないほうがいい。火傷するぞ」

「がふがふがふがふ」


 だが、子供は食べる速度を緩めない。よほどお腹が空いていたのだろう。

 俺はもう一つ皿を出して、肉を出す。

 最初の肉を食べ終わるまでに、少しでも冷ますためだ。


「たくさんあるからゆっくり食べなさい」

「がふがふがふがふ……がふ」


 食べ終わると次の皿に向かう。

 結構な量を出したのに食べるのが速い。子供の割にかなり大食いだ。

 食べすぎかもしれないが、お腹が減っていたのなら仕方がない。

 お腹いっぱいになるまで食べればいい。


「お前も食べるといい。いっぱいあるからな」


 そういって、魔狼にも肉を与える。魔狼の方は生肉でいいだろう。

 皿の上に乗っけると、魔狼もガフガフ食べる。


 俺は一人と一頭の食事を邪魔しないように静かに待った。

 出した肉を全部食べると、魔狼と子供は大人しくお座りの体勢になった。


「もういいのか?」

「はらいぱい」

「そうか。それなら良かった……って、お前言葉わかるのか?」

「すこし」


 俺は少しだけ驚いた。

 少し片言で発音はおかしいが、確かに人の言葉で話している。

 新大陸でも言葉が通じるのは、実は別に不思議でもなんでもない。


 人の使う言葉は言語神が作って人に授けたものだ。

 大陸が違っても人族や魔族ならば、基本的に通じる。

 地方ごとに方言のようなものはあったとしても、意思の疎通が可能な程度の差異しかない。


 言語が通じるということは、獣耳尻尾の子供が確かに人であるということの傍証にもなる。


 俺は改めて笑顔で子供に話しかける。


「俺が魔狼にしようとしていたことは、攻撃じゃないんだ」

「あぅ?」


 俺は何をしようとしていたか子供に簡単に伝えることにした。

 テイムとか言ってもわかるまい。極々簡単に説明しなければならない。


「俺は魔狼と仲間になろうって話をしていたんだ」

「……わかた」

「お前もどうだ? 仲間にならないか?」

「なかま……」

「ご飯もわけてやれるし……」

「ごはん!」

「あったかい寝床も用意してやれるぞ?」

「ねどこ! ふむぅ、どする?」


 そういって、子供は魔狼と相談を始めた。


「がうがう」

「ふむむ」

「がぅ」

「わかた」


 そして子供は俺をじっと見る。


 子供の大きさ的に五歳ぐらいだろうか。

 飢えていたから、成長不良と考えると、もう少し年齢は上かもしれない。


 どちらにしろまだまだ幼児だ。


「おれ、なかま、なる」「がう」


 子供と魔狼が仲間になることを了承してくれた。


「よかった。これからよろしくな。ということで、魔狼をテイムしていいか?」

「わぅ」


 魔狼はいいと言っているが、子供はテイムが何かわからないようだ。

 テイムスキルの第三段階に進むこと、つまり従魔化することが狭義のテイムである。

 一般的にテイムすると動詞で使う場合、狭義のテイムを指すことが多い。


「簡単に言うとだな。力を貸しやすくなる」


 魔力回路がどうとか言ってもわかるまい。

 だから、正確さを犠牲にしてわかりやすさを重視して説明する。


「わかた」


 俺の説明を聞いて子供も納得してくれたので、やっと魔狼をテイムできる。

 そしてテイムする際には名づけが必要だ。


 魔狼には先ほど了承を取ったが、仲間である子供にも意見を聞いた方がいいだろう。

 そう思って俺は尋ねることにした。


「……魔狼にはシロっていう名前を付けようと思っていたんだが構わないか?」

「いい。しろ!」


 子供も了承してくれた。

 どうやら、子供はシロという名前も気に入ったようだ。


「しろ」

「わふぅ」

「しろ!」

「わふわふ!」


 子供はシロって呼びかけながら、魔狼をモフモフと撫でまくった。

 子供もシロも尻尾をビュンビュン振っている。

 すごく嬉しそうで、楽しそうだ。


 だが、もう夜も遅い。さっさとやることやって寝るに限る。

 子供も魔狼もまだ小さいのだ。夜は寝た方がいい。


「まずテイムさせてもらってもいいかな?」

「わかた」


 子供は、先にお座りしていた魔狼の隣に座る。

 子供もシロも犬のお座りの体勢だ。横に並ぶと、とてもかわいい。


「じゃあ、行くぞ」

「……」



 俺は右の手の平に魔力を集めて魔法陣を作り出す。

 その魔法陣を魔狼の鼻先にかざす。


「我、テオドール・デュルケームが、汝にシロの名と魔力を与え、我が眷属とせん」


 ヒッポリアスの時と同じように魔法陣が輝……くことはなかった。

 魔狼からの応答もない。


「…………わふ?」

「あれ?」


 当の魔狼が困惑している。そして俺も困惑した。

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