16 魔狼と謎の生物

 今夜は新月である。だから、外はほとんど真っ暗である。

 星明りだけを頼りに、窓の外を広く観察する。


 やはり、外にいるのは二つの影だけのようだ。

 二つの影のうちの一つは俺にもすぐにわかる。

 魔力を漂わせた狼、つまり魔獣の狼である魔狼だろう。


 人族の大陸にも魔族の大陸にも魔狼はいる。

 単体でも強力な魔物だが、群れになると戦闘力が跳ね上がる。

 優秀なボスに率いられた魔狼の群れならば、Aランクのパーティーでも全滅しかねない。


(一頭は魔狼として、……もう一頭が何かわからんな)


 最初は魔狼かと思った。

 狼と同じ耳と尻尾が生えていたからだ。だが、体形が狼とは違う。

 手と足の毛がはげてしまっている。


(なにかの病気になった魔狼なのだろうか?)


 謎の生物の身体は魔狼よりかなり小さい。

 魔狼の子供かと一瞬思ったが、その可能性は少ないだろう。


 魔狼は体高〇・八メトル、体長一・五メトルぐらいだろうか。

 狼なら大きい個体だ。だが、魔狼ならば幼体の大きさである。

 個体差は大きいものの、魔狼ならその倍近く大きくなるやつもいるぐらいだ。


 つまり、魔狼はまだ子供を作れるほど成長していないのだ。

 もちろん、新大陸の新種の魔狼である可能性はある。

 それは魔獣学者のケリーに聞かねばわかるまい。


(子供ではないということは妹か弟の狼だろうか)


 だが、魔狼が幼体だけで行動することは普通はありえない。

 単独で、いや今回は二頭だが、群れから離れて行動するのは群れから追い出された個体。

 幼体を魔狼が群れから追い出すことは考えにくい。


(……群れが幼体二頭だけ残して、全滅したか?)


 それならありうるかもしれない。

 そして、その場合、魔狼の群れを壊滅させる何かがいるということになる。

 色々と警戒しなければなるまい。


(とりあえず、直接話を聞いてみるか)


 俺にはテイムスキルがある。

 知能がある程度高い魔物ならば、言語を解さない相手でも意思の疎通ができる。


 いまだに「ぷすーぷすー」寝息を立てているヒッポリアスを置いて家を出る。

 気配を消し、音を立てないようにして近づいていく。


 俺は勇者パーティーの非戦闘職なので気配を消すのは得意である。 

 強敵と戦う時、足手まといにならないよう、気配を消して姿を隠してきたからだ。


 魔狼は気配を察知するのがうまい魔獣ではある。

 だが上級魔神アークデーモン不死者の王ノーライフキングほどではない。

 俺は気配を気取られることなく、魔狼へと近づいていく。


「がふがふがふがふ」

「はむはむはむはむ」


 近づいてみると、二頭は一心不乱に、俺たちの食べ残しを食べていた。

 食べ残しというよりも、生ごみと言った方がいいだろう。

 猪の骨とか内臓の余った部分。焦げてしまった肉の切れはしなどだ。


 二頭は随分とお腹が空いているようだ。

 いい匂いがしたので、寄って来たのだろう。


 食べ残しをきちんと処理しなかったこちらの落ち度である。

 みんな呑みすぎたせいで、後片付けが適当になってしまったのだ。

 冒険者としてあるまじき失態である。


 俺はテイムスキルを発動すると、一心不乱に食事している二頭相手に対話を試みる。


『俺は敵ではない』


 あえて声には出さずに呼びかけた。

 テイムスキルはこういうことも出来るのである。


 声を出さなかった理由は、ヒッポリアスや他の冒険者を起さないためだ。

 他の冒険者はともかく、ヒッポリアスが出てきたら魔狼たちを怯えさせてしまう。


 だというのに、「ぎゃう!」魔狼の方が驚いて、飛び跳ねると姿勢を低くする。

 完全に怯えた様子でこちらをうかがう。


 だが、「がう?」謎の生物の方は不思議そうに魔狼の方を見ている。

 まるで動じる様子がない。


 身体は小さいのに「肝が太いのだな」と思いかけたが、


「……がっぎゃっぎゃあ!」

 魔狼の視線を追って、俺を見ると一目散に逃げだした。

 魔狼も一緒に駆け出そうとする。


『ちょっと待てくれ』

「……がう」


 俺が呼びかけると魔狼は足を止めた。

 だが、謎の生物は足を止めずに逃げて行った。


(なに?)


 俺は心底驚いた。

 魔狼が足を止めたのは、テイムスキルによる強制力の結果だ。

 俺のテイムスキルには対話を強制する力がある。

 高位竜種などには通じないが、普通の魔物には通じる。

 それに強制といっても、ごく短時間、足を止めさせたり、落ち着かせたりする程度。

 何か労働させるなどといったことは不可能だ。


(あいつが高位竜種並みとは思えないが……)


 とはいえ謎の生物には強制力が働かなかったのは事実。

 そして、逃げられてしまったのは仕方がない。

 気を取り直して、俺は魔狼に話を聞くことにした。


『俺には敵意はないよ』

「…………」


 まず強制力で落ち着いている間に、俺が敵ではないと知らせる必要がある。

 そうしないと、強制力が切れた瞬間逃げられてしまうからだ。


『俺は君たちを傷つけたりするつもりはない』


 言い含めるように、もう一度言う。わかってくれるまで何度も繰り返す。

 害意がないことを知ってもらうのが、テイムスキルにおいて、一番大切なのだ。


 何度か繰り返すと、魔狼からわかったという意思が伝わって来た。

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