15 深夜の来訪者

 板の床の上で横になる前に、俺は魔法の鞄から毛布を取り出す。

 長い間、魔王討伐の冒険中に使っていたものだ。


 過酷な冒険では、野宿が基本である。

 だから、毛布も分厚くて大きい。雨に降られたときのために撥水効果も付与してある。


「板の下は石だからな。体温を奪われる」

「きゅ」

「ヒッポリアスは寒くないか?」

『さむくない』


 やはり分厚い脂肪があるから体温の保持は得意なのかもしれない。

 海の中で暮らしていただけのことはある。


 俺が敷いた毛布の上に横になると、ヒッポリアスが寄ってくる。

 大きな体と尻尾で俺を囲むような位置取りだ。

 ヒッポリアスの大きな鼻先は俺の顔の近くである。


「ふーっふんっふん」

 ヒッポリアスの鼻息が俺の顔にかかった。


「よしよし」

 俺はヒッポリアスのことを撫でる。


 ヒッポリアスをテイムしたのは結構前だが、一緒に寝るのは初めてだ。

 俺は船上、ヒッポリアスは海中で眠っていたからだ。


 ヒッポリアスをテイムしてから今までずっと観察してきてわかったことがある。

 ヒッポリアスは甘えん坊で寂しがり屋なのだ。

 ケリーはヒッポリアスはまだ子供だと言っていたが、きっとそうなのだろう。


「ヒッポリアス、今日も凄く頑張ってくれたな」

「きゅう!」

「ありがとうな!」


 今まで寂しい思いをさせた分、めいっぱい可愛がってやろう。

 俺は褒めながら、わしわしとヒッポリアスを撫でまくる。


「冬に備えて、みんなとヒッポリアスの寝床と毛布を作るべきだな」


 冒険者たちは俺と同様に、自前の毛布は持っている。

 冒険に毛布は必須だからだ。


 だが、冒険者たちもさすがにベッドは持っていない。

 冒険者たちの快適な睡眠のためにも、急いで作らねばなるまい。


「井戸も作らないとだし、製作しないといけないものは沢山あるなぁ」


 照明器具も作って各部屋に配りたい。

 照明があれば、夜の活動がはかどるようになる。

 夜に活動しないとしても、照明なしでは日没後は寝るぐらいしかやれなくなる。


「日没と同時に眠り、夜明けとともに起きるというのもありなのか……」


 そう考えてから、「いやなしだな」と思いなおす。

 夜間に行動する必要にかられるときが、きっと来るに違いない。


 照明器具を配るとなると燃料が問題になるが、木材を使えば何とかなるだろう。


 燃料で思いだしたが、冬までには各家に暖房も用意したい。

 暖炉を作るならば、同時に煙突も作らなければならないだろう。


「屋根に穴をあけて……。いや煙突は壁から出した方がいいな……」


 今後製作する物に思いをはせると楽しくなってくる。


「とはいえ、優先順位をしっかり考えないとな」


 特に暖房などは冬までは無用の長物である。

 優先順位は、あとでヴィクトルと相談して決めよう。


 そんなことを考えていると、ヒッポリアスの寝息を立て始めた。


「ぷぴーーっぷしゅー」

「……俺もそろそろ寝るか」


 俺はヒッポリアスを撫でて、ゆっくりと眠りについた。




◇◇◇

 真夜中。俺は気配を感じて目を覚ました。

 起きてすぐに窓から外を見る。

 星の位置から考えるに眠ってから五時間ぐらい経っている。

 夜明けまではまだ三時間ぐらいありそうだ。


「……むぅ?」


 その気配は、仲間である冒険者たちや学者たちとは違う。

 家の外を、知らない何者かが静かに歩いているのだ。


「殺気は感じないし……」


 俺たちを害そうとしたり、ましてや殺そうとしているわけではなさそうだ。

 とはいえ、俺は非戦闘職。

 修羅場をくぐって来たから、肌感覚でなんとなく殺気がわかるだけ。

 かつてパーティーメンバーだった勇者や戦士たちのように、超人的な感覚は持っていない。

 つまり、俺は自分の感覚をあまり信用していないのだ。


(強い奴ほど気配を隠すのがうまいし、殺気をごまかすのもうまいからな……)


 勇者など、殺気を微塵も出さずに魔神デーモンを斬り捨てたりしていた。

 すぐ隣にいた俺は、何が起こったのか一瞬わからなかった。

 斬り捨てられた魔神ですら、きょとんとしていたほどだ。


(きょとんとする魔神を見る機会なんて、これからはないんだろうな)


 少しだけ、感傷に浸ってしまった。

 勇者たちとの旅を思い出して、懐かしく思う。

 死闘を繰り広げていた壮絶な暮らしを懐かしむことがあるとは当時は思わなかった。


 そのとき、

「ぷぅ~しゅぅ~」

 ヒッポリアスが間の抜けた寝息? いや寝言を言う。

 もしかしたら、寝言でなく海カバのいびきなのかもしれない。


「ふふ」


 ヒッポリアスの鳴き声が可愛すぎて、少し笑ってしまった。

 それにしても、ヒッポリアスは警戒心が薄い。

 俺ですら気付いた気配に、まるで気付く気配がない。

 野生を失っているのだろうか。それとも強者の余裕だろうか。


「子供だから仕方ないか」


 俺は窓にそっと寄る。そして慎重に外をうかがった。


「…………あれはなんだ?」


 拠点の中央、肉を焼いたかまどの近くに四つ足の影が二つ見えた。

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