17 魔狼の事情

 敵意がないことを理解してもらったとはいえ、魔狼は完全に警戒を解いたわけではない。

 姿勢を低くして、こちらをうかがっている。


『ここで何をしていたんだ?』

「……」


 警戒しながらも答えてはくれた。

 魔狼たちは、やはり匂いにひかれてご飯を食べにきたらしい。

 お腹が空いていたのだろう。

 よく見たら、魔狼は痩せていた。


 今後は残飯処理は適切に行わなければなるまい。

 魔熊などを呼び寄せたらとても厄介だ。


『そうか。それはいいんだが、群れのみんなはいないのか?』

「…………」


 群れはいないという言葉が伝わってくる。

 どうやら魔狼は二頭で活動しているらしい。


『どうしていないんだ?』

「…………きゅおん」


 魔狼は悲しそうに鳴く。

 みんな熊にやられてしまったらしい。


 魔狼の群れを狩るとは、ただの熊ではないのは明らかだ。

 魔獣の熊、魔熊だろう。

 しかも、魔熊のなかでもかなり強力、凶悪な奴に違いない。


 魔熊にとっても、魔狼の群れは侮れない相手。

 餌が不足した環境では、魔狼の群れに狩られる魔熊すらいるぐらいだ。

 にもかかわらず、魔狼の群れを狩るとは、余程強い魔熊だということ。


 そして、昨日ヒッポリアスは猪を狩っていた。

 ヒッポリアスが一頭で食べた猪と、俺たちのために持ってきてくれた猪。

 合計二頭の猪をヒッポリアスは捕まえた。


 いくら強い魔熊でも、通常猪がいる状態で魔狼の群れに手を出すことはない。

 それに魔狼の肉はあまりおいしくないのだ。


 俺が食べたわけではない。昔テイムした魔物に聞いたのだ。

 美味しくない強力な魔狼を襲うとは、よほど好戦的で凶悪な性格をした魔熊なのだろう。


 あまりに好戦的だと、テイムが難しいので厄介だ。

 反抗心をねじ伏せなければならないからだ。


 テイムの基本は魔物に「テイムされてもいいかな」と思わせることだ。

 俺はさらに進んで「テイムされたい」と思わせようと努力している。

 そうでなければ信頼関係を築くことが難しい。


(熊はテイムするよりも討伐した方がいいかもしれないな)


 魔熊退治は難しいが、ヴィクトルならやれるだろう。

 魔熊のことは後で考えるとして、今は魔狼のことである。


『逃げて行ったあいつは何者なんだ?』

「……」

『そうか仲間なんだな。群れの仲間か?』

「…………」

『普通の狼には見えなかったが……。何かの病気か?』

「…………」


 狼が言うには、謎の生物と狼は血縁関係にあるわけではないとのことだ。

 赤ん坊のころに、魔狼の群れに拾われたらしい。

 だが、魔狼は大切な仲間だと思っているとのことだ。


「………………」

『そうか』


 魔狼がいうには、謎の生物は身体が弱くすぐ体調を崩すのだという。

 それに鼻も鈍く、どんくさくて狩りが下手らしい。

 だから自分がしっかり守ってやらなければならないと思っているようだ。


『お前は偉いな』


 仲間思いの奴は好きだ。それに信用できる。

 人も魔物もそこは同じだ。


『お前たちも俺たちの仲間にならないか?』

「…………」


 魔狼は俺のことを、今もまだ警戒している。

 だが、仲間になるという言葉に魅力も感じているようだ。


 群れが謎の生物と自分を残して全滅してしまったのだ。

 そして自分は幼いし、謎の生物は弱くてとろい。

 恐ろしい人の匂いにかかわらず残飯をあさりに来るぐらいだ。

 餌も満足に確保できていないのだろう。


『餌も俺たちと協力すれば、安定して確保できるぞ』

「…………」

『お腹いっぱい食べたくないか?』

「……」


 魔狼は迷っている。もう一押しっておところだ。


『柔らかい寝床も用意できる』

「…………」

『逃げたあいつも、食べ物と寝床があれば身体も壊さないんじゃないか?』

「……!」


 謎の生物の保護を持ち出すと、魔狼は大きく心を動かされたようだ。

 やはり仲間思いの魔狼である。


『俺がお前に名前と魔力、そして寝床と飯をやる。敵が襲ってきたら一緒に戦ってやろう』

「…………」

『かわりに俺の命令に従ってもらう。いいか?』

「……」

 魔狼から了承が得られた。


『ありがとう』


 さっそく俺は名前を考える。

 魔狼の特徴を観察する。毛並みは薄汚れてはいるが白い。

 そして、痩せている。ガリガリだ。

 痩せている狼。昔の言葉で餓狼を意味するフェタルはどうだろうか。

 いや、すぐ太るはずだ。毛並みの色から考えた方がいいかもしれない。


『……名前はシロでどうだ?』

「……」


 魔狼は名前を気に入ったようだ。


『じゃあ、魔力回路をつなげるぞ。痛くないから安心してくれ』


 俺は手のひらに魔力を集めて、魔法陣を作り始めた。

 そして魔狼の鼻先にかざす。


「我、テオドール・デュル――」

「うがぁああああ!」


 詠唱の途中で俺は真横から体当たりされたのだった。

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