03 魔族の港町

 新大陸へ行くには、まず魔族の大陸へと行かねばならない。


 人族の住む大陸、魔族の住む大陸。そして新大陸。

 この三つの大陸が俺たちの知っている大陸のすべてである。


 人族の大陸を移動している間は平穏そのものだった。

 人族の大陸から魔族の大陸への移動は帆船で数時間ほどの海路である。


 魔族大陸への渡航は無事天気に恵まれ、平穏だった。

 魔族の大陸では乗合馬車で移動する。当然、乗客のほとんどは魔族だ。


「おじたん、これたべる?」

「お、くれるのかい?」

「あい!」


 馬車に同乗していた可愛い魔族の子供がお菓子をくれた。

 魔族大陸の方も平和そのものだった。

 とても嬉しく思うと同時に、冒険者の役割が終わりかけているのだなと思う。

 ほんの少しだけ寂しく感じた。



 王都を発ってから数十日後、新大陸に一番近いというカリアリの町へと到着する。

 そこは小さな港町だった。いや、港町というより漁村である。


 カリアリに入ると、屈強な魔族の男に声をかけられた。


「お、人族だな。お前も新大陸とやらに行くのか?」

「その予定だ」

「そうか。人族は根性があるなぁ。あんな遠くによく行くよ」


 魔族の男はカリアリの漁師とのことだった。

 漁師たちも新大陸の存在は知っている。

 だが、わざわざ行こうとは思わないらしい。


「魚ならこの辺りで沢山捕れるし、危険を冒す必要はないだろう?」


 わざわざ数十日もかけ、命の危険を冒してまで新大陸に行く必要はない。

 そう心の底から思っているようだ。


「人族は好奇心が強いんだ」

「大したもんだなあ」


 漁師は、感心したようにうんうんと頷いていた。



 一般的なイメージと異なり、魔族には領土的野心が少ない。

 だが、強さを重視するので戦いたがる傾向はある。 


 魔族が攻め込む理由は、「力比べ」に近い。

 攻め込まれた側としては、いい迷惑だが領土を目的とした侵略ではないのだ。


 攻められると領土的野心の大きい人族としては、魔族も領土が目当てだと誤解する。

 それゆえに、こじれにこじれる。


 魔王討伐の後に和解できたのは、そういう魔族の文化、性格による。

 魔族の文化と性格に気づいた、勇者パーティーが「力比べ」に勝利し和解に持ち込んだのだ。




 そんな魔族の文化と性格を知っている俺には漁師の男の態度も理解できる。

 恐らく自分の力を試すために新大陸に向かうと誤解しているのだろう。

 魔族的には実際にそこに強者がいるとはっきりするまで向かう気にはならないのだ。


「お前さんたちの無事を祈っているよ」

「ああ、ありがとう」


 漁師と別れて、俺は波止場の方へと向かう。

 恐らく俺が乗るのであろう大きめの帆船が沖に停泊していた。

 普段、漁船しかとまらない波止場なので、大きな帆船は接岸できないのだ。


 俺が帆船を眺めていると、

「テオさん、待ってましたよ」

  俺に新大陸行きをすすめた王都冒険者ギルドのギルドマスターから声をかけられた。


「……ギルマスが、なんでここに?」

「私も新大陸に行くんですよ」

「左遷されたのか? 大変だな」

「違いますよ! 自分で希望したんです」


 詳しく聞くと、調査団の団長に立候補したのだという。

 むしろ調査団の計画を立ち上げて進めたのがギルドマスターだったとのこと。


「テオさんに参加していただくことができて、本当にありがたいですよ」

「そう言ってもらえると、頑張りがいがある」


 ギルマスは、七十歳を超えているドワーフだ。

 ドワーフは、人族より長命で老化が遅い。

 それでも、七十歳はもう若くはない。だというのに根性がある。


「テオさんにだけ危険な目にあわせるわけには行きませんからね」

「……本当のところは?」

「子供どころか、孫まで大きくなりましたし。私も好きに冒険したくなったんですよ」

「そういうものなのか」

 孫どころか子供もいない俺にはよくわからない。


「はい。そういうものですよ。それと今はギルマスではないのでヴィクトルと呼んでください」

「じゃあ、ヴィクトル。改めて今後ともよろしく」

「はい。テオさん。よろしくお願いいたしますね」


 ヴィクトルは、王都の冒険者ギルドのギルマスだった。

 王都の冒険者ギルドは、沢山あるギルドの中でも特別だ。

 そのギルマスともなると、冒険者ギルド全体の最高幹部の一人と言っていい。

 その上、ヴィクトルは生まれつきの貴族である。


 だというのに、一介の冒険者にもギルド職員にも偉そうにしない。

 誰に対しても、口調がとても丁寧で低姿勢。


 だが、「竜殺し」の称号を持ち、血風のヴィクトルと畏れられた戦士でもある。

 それを皆知っているから、荒くれぞろいの冒険者の誰もヴィクトルを舐めたりはしない。


「私もまだまだ若い者には負けませんよ」


 そういって、ヴィクトルは自慢の長いひげを撫でる。

 ヴィクトルが今でも超一流の戦力なのは間違いない。


「頼りにしているさ」

「はい。私もテオさんを頼りにしてますよ」

 ヴィクトルはにっこりと笑う。



 その後、ヴィクトルに調査団のメンバーを紹介してもらった。


 Bランクの冒険者十五名。若手の優秀な学者三名。

 それに俺と調査団長ヴィクトルを加えた計二十名だ。


 Bランクというのは一流冒険者のランクである。

 Aは超一流、Sは勇者やその仲間たちに与えられる例外的な規格外のランクである。

 ちなみにヴィクトルはAランク、俺は勇者の仲間だったのでSランクだ。


 調査団に参加した冒険者たちの種族は様々だった。

 俺と同じただの人族に、ドワーフ、エルフに、魔族までいた。


 三名の学者はそれぞれ地質学者、気候学者、魔物学者とのことだ。


「本当は職人さんたちも連れて行きたいんですけど……、まだ早いですから」


 調査の結果、人族の居住に適しているとなれば職人を連れてくる計画のようだ。


「それまでは、テオさんの製作スキルに頼らせてもらうかもしれません」

「ああ、俺にできることは、全部させてもらうさ」


 俺がそう言うと、ヴィクトルはにこりと優し気に笑った。


 俺は気になったことを尋ねる。


「そういえば、船乗りはどうするんだ?」

「他に専業の船員を用意する余裕がないので……」


 どうやら、調査団の冒険者たちは船乗りでもあるらしい。

 食料も水も専業の船乗りを乗せるだけの余裕がないようだ。

 船長もヴィクトルが兼任するようだ。


「魔法の鞄はありますが……限界はありますからね」


 調査団が持っていく魔法の鞄はギルドから貸し出されたものと俺の持つ二つだけ。

 魔法の鞄はとても高価なだけでなく、珍しいもの。

 一つだけとはいえ、魔法の鞄を貸し出したことからもギルドの本気がわかるというものである。


 調査団の皆に俺が自己紹介しようとすると、

「知っているさ。かの有名な、『何でも屋のテオ』だろう?」

「待っていた。あんたがいるなら、心強いよ」

 皆から好意的に迎えてもらえた。ありがたい話だ。



 調査団が新大陸へ向けて出発したのは、さらに三日後のことだった。

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