もののけつき

夜川青湖

第1話 噂

その子の噂は、聞いたことがあった。


その子は、近所でもちょっと見ないほど珍しいとても美しい女の子であって、髪は緑がかった漆黒で、唇はぷっくりと赤く、目はくっきりとした大きな二重の持ち主である。

だが、不思議なことに、髪はいつも不揃いで、肌は生気が感じられないほど白く、表情はいつも暗かった。


微笑めば誰もが振り返るような美貌の持ち主であるというのに、その子の微笑を見たことのある人はいなかった。


噂、というのは、その子のそんな気性から来ているのかもしれない。

それは決して、良い噂とは言えない。


噂というのは七十五日というが、私が知る限りその噂は何年も前から学校どころか地域中に広まっている。

多少の起伏はあれど、ずっとご近所中の意識の底辺に住み着いているかのように消えない噂であった。


さて、その噂というのはとても不可思議な内容である。


なんでも、彼女に関わろうとすると不幸が起きる、という、それだけを取れば嫌がらせのような、いじめのような、決して良いことではないが、珍しい噂でもないのである。


しかし、その詳細はいささかやはり、ゾッとするものがある。


彼女がまだ保育園に通っていたときのこと。母親が彼女の髪を切ろうとしたところ、誤って自分の親指を怪我してしまった。

思いの外深く切れてしまったので、また後日、指の怪我が良くなってから切ろうとしたところ、今度は人差し指を深く傷つけてしまった。

母親は自分の不器用さに嫌気がさし、美容院で切ってもらうことにした。

美容師が髪を洗い、いざハサミを入れようとしたところ、なんと母親と同じようにぱっくりとハサミを持つ親指が切れてしまった。

仕方がないので、他の美容師が彼女の髪を切ろうとしたところ、バタンという大きな音と共に停電してしまった。


偶然なのか、何なのか。


親娘は居心地が悪くなって美容院を後にした。

程なく、美容院の停電は復旧した。


また、こんな噂もあった。

彼女は怪我をしないのだという。


これは比較的新しい話だが、学校脇の横断歩道の赤信号で待っていた中学生の集団に、不注意のワゴンカーが突っ込んだ。

幸い死人は出なかったが、皆がなんらかの重軽症を負った。


しかし、その集団の中で彼女だけが、かすり傷一つしなかった、ということらしい。


通常なら偶然であろうが、彼女にまつわる大小様々な噂が、それを特別に気味の悪いこととして扱った。


不揃いの髪。

生気のない肌。

美しすぎる容姿。


それら全てが、彼女を異質なものと感じさせていた。


彼女はますます、表情を無くして行った。

小学校に入学した頃は数人の友達も居たようだが、次第に離れていき、彼女はいつも一人であった。

身体が弱いことを理由に体育には参加せず、班行動や集団行動にはまるで影のように息を潜めて参加していた。


彼女にとってそれが当たり前になっていた頃、私はひょんなことから彼女と知り合いになったのである。

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もののけつき 夜川青湖 @aoko-y

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