「顔デカイからや」
どうも顔がデカイと、帽子が似合わぬものらしい。
今日も実家の掃除をしに家を出た。白Tに黒ズボンに下駄を合わせ、緑のキャップを被った今ドキのスタイル。バスに飛び乗り、奥の方に陣取って、一息。はたと思う。「いやに脇が蒸れるな……」そこで初めて、自分がデオドラントを塗り忘れたことに気づいたのだった。
このご時世、たまの外出だからとキメた格好をしたはずだが、そもそものエチケットを忘れ、まさに画竜点睛を欠くといったところで、恥ずかしい思いをしながら片道2時間の旅が始まる。近くにいた人、臭っていたら、ゴメンなさい。
供に持っていったのは、やはり「書を捨てよ、町へ出よう」である。前にも書いたが、この本のいいところは、乗り換えの時に紙面から目を離しても、文脈の保持について気にしなくていいというところだろう。
いつも通り、いち、に、と読んでいき、
「母さんはぼくと寝たがらないが」
のところで、はっとなる。いつかみた母の海苔まみれの性器を思い出し、頭を振る。自分のモツの具合を感じる。
大丈夫だ、反応はしていない。
毎回のことだ。毎回。これで何度目だろうか……。
おれはマザコンではないと自認しているが、客観的に見てそうではないと、果たして言い切れるだろうか。
いや、マザコンもいいじゃないか。母思いってことだろ。
だとしても、ちょっとなあ……。
そう思いながら、毎度手早く読み飛ばしていく。この心理について、前に座っている爺さんは気づいていないだろうな。気取られたらことだが。
爺さんは本に夢中なようだった。
顔を上げると、 窓に映った男の姿が見える。
こいつ、ちょっとおかしくないか。
じっと観察して見ると、どこがおかしいのかがわかった。映った男の頭のシルエットがどうも不恰好なのだ。膨らんだ顔の上に、まるで野菜のヘタか何かのように帽子が張り付いていて、奇妙な形をしている。帽子をかぶった人の頭は、普通、トマトのようなシルエットになるが、自分の頭は、玉ねぎのよう。もしくは、締め付けられた水風船みたい。気づかなかった。おれはこんなにも不思議な格好で歩いていたのか。
おかしいのは頭部だけである。よく観察すると膝の向きも少しおかしいが、そこはちょっとした特徴程度で済んでいるので置いておく。
一言で表すなら、「顔がデカイ」。
何故こうも、こんなデカイ頭をしているのか。恐らく、学生の頃から座り作業が多かったために、下半身に栄養が行き渡らず、結果、頭部が異様に成長してしまったのだと考えられる。これで、頭が良かったのなら、
「あいつら、顔が小さいともてはやされてはいるが、どうだい、脳みそもちっちゃい阿呆ばかりじゃないか」
くらいは吹けただろうが、おれの学力なんざ下の下であり。人とのコミュニケーションも上手くいかないときて、無様なことこの上ない。顔がちっちゃく、スタイルのいい奴に限って勉強もできるのがこの世の条理なのが、悔しいばかりである。
唯一まともに相手できるのは犬畜生くらいなものだ。ちなみに、猫は駄目。こっちから近寄ろうとすると、そっぽ向かれてしまう。おれは猫派なのだがなあ。
こうやって顔のデカさに打ちひしがれる時、決まって、ある妄想をする。
”1人の爺さん(婆さんでもいい)がつかつかと近くによってきて、
「おっと、宇宙人がいると見て寄ってみたが、あんた人間じゃないか」
「いや、顔デカイからや。顔がデカイから宇宙人に見えんねん。宇宙人こんなところにおらんやろ」
「あんた、服のサイズが合ってないよ、やっぱり宇宙人だね」
「いや、顔デカイからや。顔がデカイから服のサイズ小さく見えんねん。よく見てみい、ぴったりや」
「あんた……」”
と、FUJIWARAフジモンの例のくだりを組み立てる。自分の中で笑いのネタにすることで、コンプレックスを昇華できるのが素晴らしい。
フジモンさんは偉大だ。なんか自分と顔似てる気がするし、親近感わく。顔のデカさも、愛嬌の一つに思えてくる。
でもやっぱり、おれは顔がデカイ。顔がデカイと、帽子が似合わない。普通の人は帽子をかぶると、帽子と顔の大きさで対比が発生し、顔が小さく見えるものだが、顔がデカイおれみたいな人間は、帽子をかぶると、より顔が大きく見えてしまうので、かぶるだけ損している。なのに、夏の日差しと言う奴はどんな人間も平等に照らしてきやがるので、帽子を被らざるをえない。必然的損失が発生している。おれが経理だったら、夏の間中おれという男を部屋に閉じ込めておくだろうな。
実家の掃除はいつも通り終わり、帰りのこと。
帰宅まであと半分といったところで、鍵のかけ忘れに気づき、反対車線に乗り換える。
はあ、顔デカイのに、脳は普通か、普通以下のサイズなのか。
代わり映えのしない日々を送っていると、どうも記憶力が落ちるらしい。変化のある日々とは、どうすれば手に入るのだろう。
2度目の実家の前に、ファミマでサンドイッチを買った。
実家には家具の類はほとんどないので、畳の上に直接ブツを置いて食べる。
玄関の方で物音がした。
玄関のドアは建て付けが悪いので、恐らくは風の悪戯だろうが、どうもおれの精神は怪談を仕立てたいらしい。
”包丁を持った押し入り強盗が、ずんずんと足音を鳴らしながらやってくる。
「人がいるたあな。おめえも運が悪い」
「……最後の晩餐がサンドイッチたあ、しけた話だぜ。しかも、こんなところでじゃあ死体の発見もかなり遅れて、見つかる頃には骨になってらあな」
「おれにも情けがねえわけじゃねえ。食い終わるまで待ってやる」
そうして、ただサンドイッチを食うおれと、包丁を持って佇む強盗。静かな、奇妙な時間が過ぎる。
「しかし、この食べ物は、サンドイッチと呼ぶのか、サンドウィッチと呼ぶのか、どっちが正しいんだろうな」”
このあたりで食べ終わったので、話の続きはない。
今度は鍵がかかったか確認して、実家を出る。500m離れた頃になると、3度も確認したはずなのに、鍵をかけていないような感覚になるのだから、不思議なものだった。
帰りの電車、足が痛むので、下駄から外し見ると、足の裏が真っ赤だった。その形も、心なしか潰れて広くなっている。気取って下駄でくるんじゃなかったな。しかし、あのファッション界の重鎮ドン小西は、ファッションとは多少の不都合を孕むものだ、と言っていたので、これもお洒落の道だと思えば我慢でき、いや、やっぱり痛いものは痛い。今度からは靴で来よう。
将来的には、着物に運動靴を合わせて街を歩きたいものだが。帯が解けてパンツ一丁になるおれの姿が容易に想像できて、気後れしてしまう。
足腰が痛むなら、素直に椅子に座ればいいかというと、そうでもなく、爺さん婆さん、マタニティに席をゆずる億劫さを考えると、やはり立っていた方が精神的に気楽だろう。親切のカロリーは、我慢のカロリーより高い。
あとは家に帰るだけの描写だが、何も書くことがないし、良いオチも思いつかないので、素直に筆を置かせていただく。
顔デカイからや。
おれの顔がデカく見えるのは、おれの顔がデカイからそう見えんねん。
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