序章 -3-

「だめ…なのか…」

「なんて顔をしているんだ、ヴォルカス。」

背後からヴォルカスの父、イグナが息子に手を添えた。

「お前達がいなければこの国は本当に終わっていただろうな。

良くやったぞ。ここからは親に任せろ。」

「父さん…」


「嘘でしょ…」

陣から手を放しかけていたオーナの手を母ポセディアナが繋ぎ止めた。

「オーナ、いつもの威勢はどうしたの。

まだ終わっていないわよ。」

「お母さん?なんでここに、」

「あなたの姉だってこの一夜くらい町を守れるわ。」


「まだだ!」

「肩に力が入りすぎだアトマ。

ほら力を抜いて、そうだ。霊力を感じろ。」

父シスレーが息子の背中を優しく撫でた。

「ち、父上…!ここは危険です。」

「ふん、息子を見殺しにして親が語れるか。」


「サンダ、ウェルク。俺も力を貸すぞ。」

長兄クウロが二人のもとへ駆けつけた。長である父マグナイトの姿はない。

「兄さん!」「チッ、クソ親父はどうした。」

「話は後だ。集中しろ!」


「アーサー、いつまでも一人で背負うな。」

「グラン…体は大丈夫なのか?」

体の弱い兄グランがアーサーと共に陣に力を加え始めた。

「人の心配をしている場合か。なに、すぐに解決するさ。」

「…ああ!」


「フォレートあなたいつ家に帰ってくるの?」

「姉さんその話後にしてくれないかな…。」

マイペースな姉エンヴァは口調に反して絶大な霊力を流し始めた。

「お父様が来るもの。もう終わるわ。」

「いつものその自信はどこから来るの。」


それぞれのところへ応援が届いた。

ヴォルカス達が亜霊の気を引いている間にそれぞれの町から駆けつけたのだ。

切れかけた霊力はまた息を吹き返した。

亜霊は倒れないものの、陣に押し込められ動きを封じた。


「お前の失敗からまたひとつの仮説が生まれた。」

フォーレストの父親も到着した。

「そりゃどうも。」


「おめぇらいつからそんな仲良しになったんだよ。」

全身に雷の霊力を滾らせた男が現れた。

ファルヌ町長であるマグナイトだ。


関所から出てきた二人の父親は子供の無事を確認してから亜霊の元へ向かった。

フォレートの父トロフィアは亜霊に左手で触れると右手から何かの塊を作った。物質を複製する霊術だ。

「マグナイト!実証しよう!」

その塊をファルヌ兄弟の父マグナイトが受け取った。

「応!」

受け取った物質に手を施した。

それをまたトロフィアに手渡した。

「さて、これでお前は消えてなくなるよ。文字通りにね。」

二人の作り出した物質が亜霊の体内に組み込まれていった。

変化はすぐに表れた。

霊力を吸い上げる毎にそれを打ち消し、体を肥大化させていた亜霊が、霊力を打ち消さなくなった。

むしろ逆で、吸収した霊力をどんどん体内で増やしているようだった。そして肥大化する代わりに、体がどんどん縮んでいく。

「皆の衆、手を緩めるな!あとは時間の問題だ!」

亜霊はその後も縮小を続けた。霊力は大きさに反比例して増大して、亜霊から徐々に漏れ出ているようだった。

「司祭、もう下がって下さい。これ以上は命に関わります。」

「…そうだな。ここは任せた。」

司祭は亜霊のそばで体を維持する為にも余計に霊力を使っており、体の一部は灰化し始めていた。

亜霊も人間サイズに近づき、誰もが勝利を確信していた。

増やした霊力が放出され、霊力を失っていた人々に徐々に自然と霊力が戻り始めた。

そのときだった。

亜霊はトロフィアとマグナイトに向かって霊力を全身に込めた協力な突進をした。

流石の二人もこれをまともに食らえばひとたまりもないであろう強烈な一撃が予測された。

そこにいたほぼ全員が突然のことに反応できずにいた。ただ一人を除いて。

「陣を変形します!!」

霊陣の下書きとなっていた電気流の図形の直線が組み変わり、網状になった。

そして地面から離れて亜霊の小さな塊を捉えた。

ほんの一瞬の出来事だった。

減速したその塊をマグナイトが掴んだ。

「良くやったサンダ!お手柄じゃねぇか!」

そしてそのまま上空に蹴り飛ばした。

するとしばらく上昇したときに炸裂した。

その勢いすさまじく、辺りいったいに強風が吹き荒れた。

そして、まるで最所からそこには何も無かったように、何事もなかったかのように大地は静けさを取り戻した。

気が付けば陽が水平線から顔を出していた。

「…終わった… 」


「なんだったんだ…」

関所に集合した町の代表たちはまだ何が起きたかを理解できないでいた。

「全く、いいか?」

フォレートの父親であり、権威ある研究者であるトロフィアが事態を解説し始めた。

「まず始めに、亜霊には霊力を吸収して体を肥大化させる性質があったと予想される。

吸収から肥大化の過程で霊力が無色化していたのが根拠だ。

フォレートの作戦ではこの肥大化に限界があるだろうと仮定し、霊力を出来る限り吸収させた訳だが、奴の体がその分大きくなっただけだった。

それを見た私の作戦は奴の性質を霊術で逆転させることだった。

逆転させれば霊力を吸収させればさせるほど、亜霊は縮小していくだろうということだ。

そこで私は、命霊術により奴の性質をコピーした物質を作り出し、マグナイトが電霊術でその物質の性質を真逆にした。

そして、その物質を私が亜霊の体に組み込んだ。

亜霊の体組織はその反転物質に蝕まれ、フォレートの作戦が活きてきた。

霊力を吸収するほど反転物質は力を増していき、体の性質は完全に逆転した。

極限まで体を小さくしながら霊力を増やし続ける状態になったわけだ。」

普段聞きなれない専門用語ばかりで困惑しつつも何とか理解した。

「だがここでひとつ誤算があった。

我々は霊力の無色化については変わらないだろうと踏んでいたが、そこも逆転してしまってな。やつは縮めた体に膨大な霊力を溜め込んでいた。

最後の最後に奴は一番近くにいた我々に襲いかかった。

サンダ君の機転が利かなければあのまま逃げられていたか、もしくは我々に当たって共々爆散していただろうな。」

長ったらしい説明にウェルクは頭をチカチカさせていた。

サンダは誉められたようで、少し照れていた。

「流石はサンダ、ファルヌの宝だ!」

長兄のクウロはサンダの頭を雑に撫でた。

サンダは嬉しさの反面、犠牲者のことを悔やみ続けていた。

その複雑な表情を、ウェルクだけが読んでいた。

「よもや親子の力で町を救うことになるとはな。

よくやったぞフォレート。」

「でも、完全に元通りになったわけではありません。」

フォレートは握りしめていた灰を宙に放った。

「これは救えなかった命です。

彼らは戻ってきません。

今被害状況を確認していますが、少なくないと聞いてます。」

冷静に語るフォレートの手は震えていた。

「そうだな…

誰の責任でもない、などと言ったら綺麗事になるな。

我々全員の責任だ。

この作戦に関わった上層部全員のな。」

トロフィアは空を見つめた。

フォレートも同じ方を見た。

なにも見えないが、そこには思いがあった。

志半ばにして、自らの危険を省みずに人々を守った人々の思いが。

「彼らにはそのなかに親しい仲間がいたと聞いてます。慕ってくれていた民が居たと聞いてます。

私にはいません。灰になった彼らを誰も知りません。」

フォレートは状況確認をする他の代表を見て呟いた。

彼らの表情からは複雑な心情が見てとれる。

「そうだな…フマーニの者に被害は少なく、死人もいない。」

亜霊の出現は他の町からフマーニの関所へ向かう途中だった。その集合場所に亜霊は出現した。

フマーニの軍はまだ町のなかにいたのだ。

「私と彼らは背負うものが違うと思っていました。

彼らは町を背負っている。

私は国を背負っている、と。

私の方が重いと思っていました。

でも今は、…彼らの方がずっと重いものを背負っているように感じる。

彼らは人を、思いを背負っていた。私には見えないものを。私は自惚れていたんです。それが、今何よりも悔しい。」

「自惚れだと気づけたのならお前はまた成長できる。

強くなれ、フォレート。」

フォレートは遠く、奔走する仲間を見つめていた。

この距離は空間的なものだけではない、と感じていた。

「私が強くなる頃には、彼らはその上を行くのでしょうか。」

弱気な息子に、トロフィアは少したじろいだ。

自信家な彼からは想像できない発言だった。

「…そうかもな。

だからといって成長を諦めたら差は開くばかりだぞ。」

フォレートは黙って両手に力を溜めた。

それを地面に投げた。

着地した霊力は周囲を青々と染め上げた。

それぞれの中心から芽が出た。

一方は するすると背を伸ばし、いくつか葉を広げ、すぐに花を咲かせた。

もう一方は 中々伸びないが、しっかりとした太い茎を伸ばして葉を大きく広げ、華も咲かせてないのに、いつの間にか片方を抜かし、そして大輪を咲かせた。

トロフィアはフォレートが言いたいことが分かった。

「フォレート、その小さな花はどうやってこの大輪の花を越える?」

「…僕なら、こうします。」

フォレートは小さい花にさらに力を加えた。

花は実を膨らまし種を落とした。

「今のままでは無理です。決定的になにかを変えないと。そして…同じではダメです。」

落ちた種はまたスルスルと伸び始める。

葉をつける前から枝分かれし、ひとつの芽からたくさんの花を咲かせた。

「彼らのように、町の太陽になることは私にはなれない。しかし美しさには別の形がある。」

トロフィアは、息子はもう前を向いている、と思った。

状況確認のため点呼を一人ずつ取るヴォルカスは、一番始めに呼んだ名だけ、返事がないことに気付いていた。表には出さないが、心の底では今にも膝から崩れ落ちて泣きたかった。

「これで名簿の名前は全て呼んだ。

多くの点呼に応答があったことを嬉しく思う。

あの状況では全滅していてもおかしくはなかっただろう。

それを救ったのは…救ったのは…」

もう、声を発することも出来なくなっていた。

うつむき、足元に涙を落とし、肩を震わせていた。

帳簿の一番上にある名前は、ヒータ ライオ。

町を発つヴォルカスに声をかけてきた青年だった。

ヴォルカスの気持ちはその場にいた全員が同じ気持ちだった。

ヒータは町を出る前に一人一人に声をかけ、無邪気な笑顔を振りまいていた。

亜霊の出現にもいち早く気づき、他の兵団員を避難させたという。

他兵団の逃げ遅れを見かけると、彼は危険を省みずに救いに行った。

ヴォルカスは涙を圧し殺しながらまた続けた。

「まだ、彼には…返事をもらってない…

彼は、この件の一番の功労者だ。

彼の尽力があってこそ…被害はここまで抑えられた…。なのに…なのになぜ…なぜヒータからの返事がない!!」

ヴォルカスは感情を抑えきれなかった。

他の兵団員も口をつぐみ、俯き、悔いた。

「私が…昨夜町に戻って入れば…」

兵団員の一人がヴォルカスの呟きに反応した。

「それは違います!」

ヴォルカスは声の主の方を向いた。

「ヒータは喜んでいました。

私はヴォルカス神官にこの件を任せられた、神官のお役に立てるんだ、と。

神職官になってよかった、これまで生きていてよかった とまで言っていました!!

あなたのその後悔を、彼は望みません!

どうか悔やんでやらないで下さい!」

涙に濡れた、心の叫びだった。

「…そうだな。その通りだ。

特別兵団員 指揮官 ヒータ ライオに感謝と追悼の意を込めて!敬礼!!」

陽が薄雲から顔を出し、また日差しがジリジリと大地を焦がし始めた。響いた声は他兵団の耳にも届き、大地から天に向けて敬礼がされた。

陽はまた薄雲に隠れた。その敬礼が自分に向けてではないことを知っていたかのように。

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