序章 -2-

ヴォルカスが向かう先 フマーニは国家直属で、官邸や研究所などが集まる国の重要拠点だ。

5つの町に囲まれるように位置しており、恩霊祭や国家会議では代表が集う場でもある。

「リオレンの亜霊調査代表、ヴォルカス エン=リオレンです。」

フマーニに入るには国または各町の長の発行した許可証が必要になる。一般の民は入ることができないのだ。

ヴォルカスは自信と緊張に揺れながら許可証を見せた。

「確認いたしました。調査の件は中央会議所で行われます。

国家の安全のため、ご協力感謝いたします。」

ピシッとした警務官が許可証に通行印を押した。

国家の安全のためなら自分よりもこの警務官のほうが適役なのでは、と思うほど凛々しく見えた。


中央会議所にはすでに数人の代表が集まっていた。

町代表らしき二人の所へヴォルカスは話しかけた、

「失礼します、リオレン代表のヴォルカス エン=リオレンです。この度はよろしくお願い致します。」

「オーシャーナ リュウ=シャルカ、シャルカ代表よ。

初めまして、よろしくね。」

「トルトイのアーサー リョク=トルトイだ。

やはり若いのが集まるのかぁ。

そうだ、あそこに国家代表のヘキサ フマーニ司祭がいる。

一緒に挨拶にいこう。オーシャーナさんも是非。」

シャルカの町は代々女性が代表を務める水の町だ。

オーシャーナはシャルカ家直系なのか、髪の毛は海の底のような深い青色で艶やかだった。

「オーナで良いわ。民にもそう呼ばれているわ。

ヴォルカスと言ったかしら、アーサーさんはトルトイの長様の弟なのよ。」

トルトイの町は陸亀がシンボルだ。神話の一説ではこの島国は亀が運んだとも記述されている。

アーサーは優しく、ヴォルカス達をエスコートした。

こういう場に慣れているようだった。

「司祭、ご無沙汰しています。」

「おお、アーサー君。トルトイの代表は君だったか。」

「いやぁもっと若いのを連れてくれば良かったですよ。リオレンやシャルカに習ってね。

ほら二人とも、挨拶しよう。」

「ヴォルカス エン=リオレンです。

父がいつもお世話になってます。」

「あぁリオレンの子息か、いつも自慢話を父親からされてるよ。いずれ君もあそこに立つのだな。」

司祭の目線の先には六精の祭壇があった。

恩霊祭の時には、司祭と5人の長がそこで祈りを捧げるのだ。

「はい。この調査で相応しい器になると誓います。」

「心強いな。よろしく頼むよ。さて君は。」

「オーシャーナ リュウ=シャルカです。

此度の調査はシャルカの名に賭けて成功へ導きます。」

ヴォルカスを押し退ける勢いでオーシャーナが司祭に近づいた。

「はっはっは、元気がいい。

母君から聞いているよ。一人で背負いすぎるな。

ここには仲間がいるんだ。」

「は、はい!」

強気な態度だが、司祭を前にして緊張しているようだった。

無理もない。司祭からはとてつもないほどの霊力が見てとれるのだ。

アーサーがなぜ躊躇なく近寄れたのか理解できないほどに。

「そうだ、我がフマーニからも代表を紹介しなければいけないな。私は調査全体の代表がゆえ、その立場にはいられないんだ。フォーレ!こっちへ来なさい。」

司祭が呼び掛けると、一人の男が反応した。

ただ駆けてくる訳でもなく、気だるげに近寄ってきた。

深い緑髪は茂みのようにボサボサで、長身に汚れた白衣を着ていた。もはや細った木のようだった。

「会議までには身なりを整えておくことだ。

まぁいい、彼らに挨拶をしなさい。」

前髪でほぼ隠れた目でヴォルカス達を上から一瞥し、

「フォレート フマーニ

よろしく。」

と早口でいい放つと会議室を出ていった。

ヴォルカス達は目をテンにして立ち尽くした。

「いやいや、すまない。ああいうやつなんだ。

あれでも国家研究所で所長を務める有望なやつだ。

仕事となればピシッとするんだがな。

他の代表も既に到着している。挨拶してくるといい。

ではまた後に。」

司祭が気まずそうにその場を後にした。

「なんか、すごい人なんですね…。」

「色々と…ね。」

「…さぁ、他の代表に挨拶しに行こう。」

三人が取り残されてポカンとしていると、会議所の端から怒声が聞こえてきた。

「なんだその態度は!仮にも代表として参加しているのならばもう少し責任感を」

「うっせーな。俺だって来たくて来た訳じゃねぇ!」

「ウェルク!やめないか!」

言い争いが聞こえた。

「ふたりとも、行ってみよう。」

「は、はい。」


「どうしたんだい?」

アーサーが言い争っている3人の間に入った。

「っ…!すいません、大きな声を出してしまって。

セルペナの代表兼討伐隊隊員、アトマ ドウ=セルペナです。」

風の町セルペナは討伐隊の初代隊長の出身地であることから、討伐隊の志願者が多く、アトマもその一人だったようだ。

そのためか名乗る際はすこし自慢げだ。

「サンダ デン=ファルヌです。

ファルヌからは私達は兄弟共同で代表をやらせていただくことになりまして…」

サンダの後ろには瓜二つの顔をした人物がふてくされていた。

「なんだ、僕らと同じ町代表だったんだね。」

「ちっ、俺はやらねぇぞ。」

「ウェルク!いい加減にしないか!」

兄弟となると、ウェルクと呼ばれるその男もファルヌの出のようだ。

「すいません、ウェルク デン=ファルヌ、愚弟ですがこの調査で何か変わってくれればと思い同行させたのですが…」

サンダは申し訳なさそうに弟を紹介した。

「勝手に決めやがって…」

「いいじゃないか、こんな責務を負うことなどそうそう無いぞ。よろしくな、ウェルク君。」

アーサーは例のごとく寛大な心でウェルクに向き合った。

「うっざ 」

が、ウェルクには届かなかったようだ。

ウェルクは立ち去った。

「ま、待てウェルク!」

「着いてくるんじゃねぇ。俺は帰る。」

「おい!」

サンダはウェルクの後を追った。

「俺のせいかな…。か、会議までには戻る!」

なぜかアーサーも後を追った。

「逆効果なんじゃ…」

というヴォルカスの呟きも届かなかった。

言い争いの事情が知りたかったヴォルカスはアトマに近寄った。

「アトマさん、正義感が強いんですね。」

「…いつも周りからは冷静になれと言われる。

だが、あの態度では此度の調査の見届けなど勤まらないだろう!」

補佐に止められた時の自分を思い出したヴォルカスは、アトマに少し親近感を覚えた。

そして、危機感も覚えた。

「でも、態度がいいだけでもこの調査は務まらないと思います。」

「…何が言いたい。」

「いやあの、すいません。町の長老に言われたことを思い出してしまって。

今回の任務は、ただ見るだけだ、と。

アトマさんは討伐隊として自ら戦うことに慣れてるかもしれませんが、今回は討伐隊の方々や民が戦うのを…見て、見届けて、それを町に伝えるんです。

命が途絶えるかもしれない、苦しんでいるかもしれない。

でも僕らの任はその盾になることじゃない。

己ひとりに責任感や態度があるからと言って務まらない、って。

私も長老に言われてハッとしました。」

ヴォルカスを見るアトマの瞳孔が開いていた。

「そうだな…。

やつもここまで来たということは何らかの決意を持っていたのかもしれん。だが…」

「まぁ、正義は人それぞれってことで良いんじゃないのかしら。」

三人はウェルクが出ていった扉を見つめることしか出来なかった。


会議の開始時刻が迫り、アーサー、サンダ、ウェルクが姿を見せた。

「…ウェルク デン=ファルヌ殿、先程の大変失礼な振る舞い、申し訳なかった!同じ任を持った同志に言うことではなかった。」

アトマはすぐにウェルクの元へ向かい、周囲を気にせずに頭を下げた。

軍人らしい振る舞いだった。

「っ…こっちも悪かった。」

ウェルクも気まずそうに謝った。

どうやら売り言葉に買い言葉で、本心で帰ると言ったわけでは無かったようだ。

「…ねぇ、あの緑髪って…」

見たことがない好青年が同列にいた。

長身で痩せ型、場に相応しいパリッとした礼服を身につけ、きれいに切り揃えられた髪の毛の色は、深緑。

「あの…もしかして、フォレートさん…?」

声をかけると座っていながらも見下される。

目が同じだ。

「…文句あるか」

「いえ…いいと思います…。」

「これより、特別調査会議を始めます。

皆様ご着席お願い致します。」

会議が始まり、国の重役たちが報告書にあった内容を総ざらいするように発言し始めた。

国の重役には当然研究所所長のフォレートも含まれている。

「外生研の意見としましては、洞窟内の環境生物が突如消息を絶ったことから、洞窟の中を最奥部まで重点的に調べるべきだという事でまとまりました。」

会議は各部署の調査に対する意見やそれに対する質疑等が繰り返し行われ、順調に進んでいた。

フォレートが会議の時は普通にハキハキ喋るのにヴォルカスは驚いていた。

「なにか質問は。」

「調査レポートを併せて拝見した上での意見ですが、やはり洞窟外へと逃げた可能性はありませんか。」

「それが最も高い可能性であったが故に、周囲環境をしらみ潰しに調査し直したが、亜霊どころか、洞窟生物が他の洞窟に移動した形跡もなかった。

増して洞窟外の痕跡など塵ほども見つからなかった。

これは明らかに異常であり、…まぁこれは個人的な考察だが、今回の本題である調査隊失踪と同一現象じゃないかと考えている。」

なにも痕跡を残さずに突如失踪した調査隊、そして環境生物、関連がないと考えるほうが難しいだろう。

「解答は以上です。他に何か。

なければ外生研からは以上です。」

「では次に…」…

会議はそのまま大きな問題もなく終わり、各町の兵団員の到着を待つのみとなり、それぞれが来るべき時に備えて英気を養っていた。

しかし、厄災はそれを待たなかった。

「ん?外が騒がしいな…」

ヴォルカスは借室から外へ出ると、町は大混乱に陥っていた。

「ヴォルカス君!これは一体…?」

同じ建屋にいたアーサーが出てきた。

それに続いて続々と人が出てきた。

「分かりません、とにかく事情が分かる人を探しましょう!」

「ああ、司祭やフォレートさんも探さないと…」

「ちょっと待て!もう兵団員達が町を出ているはずだ!」

ウェルクが駆け出した。

「ウェルク待て!」

「ふざけんな!あいつらに危険な目は合わせらんねぇ!」

「す、すいません!私も追いかけます!」

サンダも後を追った。

「私は兵団員を信じています。とにかく外で何が起こっているのかを探りましょう。」

ヴォルカスはヒータを信じ、まずは状況の把握に努めた。

「あ、ああ、俺は司祭を探すよ。あ、オーナ!」

「話は聞いてたわ。私は近くの人たちを会議所に非難させるわ!あなた達も終わったら来てくれる?」

「わかった!」

集合を誓って各々は自分の持ち場に向かった。


「なにが、何があったんですか!?」

ヴォルカスはうずくまってる男性に声をかけた。

「分かりません、急に町の外から轟音が響き、何かが迫っているのは分かるのですが…」

「ありがとうございます。

会議所を避難所にしました。向かってください。」

「は、はい!」

男性は会議所へと駆け出した。

「くっ、人が多すぎる…、そうだ!

会議場へ!みなさん会議場へ向かってください!

会議場が避難所になっています!

私の獅子が案内します!」

ヴォルカスは高台に立ち、火の獅子を出して人々を誘導し始めた。

「ヴォルカス殿、町の外が大変なことになっています!」

アトマがヴォルカスの獅子を見つけて駆け寄ってきた。

討伐隊員であるアトマは何かを知っているようだった。

「とにかく、この町だけでも混乱を収めましょう。

会議場に人々を誘導しています。協力してください。

はやく!これでは話も悠長にしていられない。」

アトマは一時でも早くヴォルカスを連れていきたそうだったが、眼前の人並みを見てそうも言えないと理解した。

「分かりました。」

アトマはヴォルカスから離れ、混乱している民の誘導を始めた。


「はぁ…はぁ…頼む、無事でいてくれ…」

ウェルクは人波に逆らいフマーニから出た。

だが眼前に広がる光景はあまりにも非情だった。

「な…なんだこれ…」

「ウェルク!…これは…?」

おそらく脅威に立ち向かったのであろう人が大勢いた。

しかしもうそれを人と言って良いのかもはやわからない。

人の形を模した作り物、石像と言ってもさしつかえないだろう。

その視線の先に、獣とも呼べない化け物は悠然と存在した。

件の亜霊と思わしきそれはナメクジのように這って進み、フマーニの方角へ向かっていた。

「あぁ…あああぁ…」

亜霊は時々進行を止め、象の鼻のような器官から霧のようなものを吐いていた。

ウェルクの目には確かに見えた。

その霧のなかから霊力が吸われていくのを。

霊力を空にされた人間は灰の固まりになると、ウェルクは聞いたことがあった。

確かにそれは人間だったものだった。

脅威に勇敢にも立ち向かった兵団員だった。

「ふざけんな…ぉぃ、ふざけんなよ!!」

ウェルクは亜霊に突進していった。

なりふり構っていられなかった。

「バカ野郎!お前まで灰になりたいか!」

サンダの声がした。

「黙れ!こんな状況でじっとしてる方が無理だ!」

「よく聞け、こうなった人間は、人の形をしていれば霊力を与えることで応急処置ができる。

化け物に一人で突っ込むよりも、その進路の人を助けよう。」

サンダも逃げることなど考えていなかった。

冷静に、人を助けることを考えていた。

「っ…!仕方ねぇ。俺は奥からやっていく!」

「立ち止まったときは逃げることを最優先にしろ!

共倒れじゃどうにもならん!」

「分かってる!」

ウェルクは石のような人の胸に優しく手を当てて、ゆっくりと力を流し込んでいった。

すると、肌の色が徐々に戻っていった。

「っ、ここまでが限界か…

おい、あるけるか?」

「うぅ…」

助けたはいいがギリギリ命が繋がっている状況で、当然亜霊から自力で逃げることは不可能と行って良いほどだった。

「ちっ、人手が足りねぇ…誰か!人を呼びに行け!

俺ら二人じゃどうにもならねぇ!」

「町の代表がいるはずです!彼らを呼んでください!」

近くにいて無事だった兵団員数名が町に駆け出した。


「会議所がもう満タン…これ以上は…」

避難所にいたオーナだが、あまりの人の多さに会議場は入りきらなくなっていた。

すると背後から男の声がした。

「町の施設を全解放した。討伐隊や調査隊が守っている。そこへ流し込め。」

フォレートだった。

「お前らが民の誘導をしてるって聞いてな。

だが町の外の事を考えたら俺たちはここにいる場合じゃないだろう。出るぞ。」

「ええ、ちょ」

「民よ!我々は亜霊討伐に出る!

各避難所の神職官に従って動け!」

オーナを担ぎ上げてフォレートは急いだ。


「ヴォルカス殿!もうこれ以上は待てない!

あとは町の神職官に任せよう!」

アトマとヴォルカスの誘導も大分落ち着き、神職官がそれを手伝えるまでになっていた。

「分かった。すぐに行く!」

「こっちだ!」


アーサーは司祭と合流し、情報を集めていた。

「司祭、あなたは町にいてください。

あなたがいるだけで混乱は大分収まるはずです。

ここは俺に任せてください。」

「いやしかし、」

「もし、町から民が出てしまうようなことがあれば一大事です。

こちらは任せてください。」

「…わかった。だが民衆を収めたらすぐに行く。

頼んだぞ。」

「はい。」


他の代表達は兵団員達の呼び掛けもあり、サンダとウェルクが救出活動をしている現場にたどり着いた。

「あ、みなさん!」

「サンダさん!ウェルク君!」

「今無力化した人たちの応急処置をしています!

ですがいたちごっこで… 」

「我々も協力します!」

「奴の情報が少なすぎる。なにか知っていることは」

「あいつは霧状の息で人の霊力を吸い取る、

吐くときは必ず立ち止まり、前方にいる人間に被害がある!灰化した人には霊力を注ぎ込むことで命は取り止めることができる。

あとは…あいつはこの町に直進してきてる!

もうこれで良いだろ!!!」

サンダももう冷静では無くなっていた。

今この瞬間にも何人もの命が失われていっているかもしれない。

「霧の範囲は。」

「10人長くらいだ!!」

「充分だ。引き留めてすまなかった。行くぞ!」


町の代表たちはすぐさま亜霊の元へ向かった。

まだ動ける兵団員もおり、犠牲者を最小限に抑えながら救助活動を続けた。

しかし亜霊は徐々に、そして着実にフマーニへと向かっていた。

「く、これじゃあ町がまるごと飲み込まれる…」

「霧を防ぐ方法は無ぇのか!」

「霧を防ぐ方法は思い付かないがやつを潰せるかもしれない方法なら思い付いたぞ。」

サンダとウェルクのところへフォレートがやってきた。

「はぁ?もっと早く言え!」

「たった今思い付いたことだ。

どうやらやつは霊力を吸い取るごとに動きが鈍くなっている。

俺の仮説が当たっていれば、やつは霊力を餌にしてどんどんでかくなっていると思われる。

だからやつが生物なのであれば、霊力を大量に送り込めば許容量を超過し、消化不良をおこすはずだ。うまくいけばそのまま倒せるかもしれん。」

「しかし、それが間違っていたら…」

「やってみればわかんだろ!悩んでる時間はねぇんだ。」

躊躇するサンダにウェルクが反論した。

フォレートは少し驚いた。

「君とは気が合うみたいだなウェルク デン=ファルヌ。

だがこの作戦には少なくとも司祭の術が必要だ。

そこの君、フォレートが司祭を呼んでいると伝えてくれ。亜霊を止める手段があるとな。お前らはみんなを関所に集めてくれ。」

フォレートはフマーニの方へ向かった。

残された兄弟は顔を見合わせた。

「分かっただろ兄貴、このままなにもしないよりゃマシだ。」

「そうだな…。俺はこっちに行く。向こうはまかせた。」

サンダもヴォルカス達に作戦を伝えに向かった。

ウェルクも逆回りに作戦を伝えに回った。


「ヴォルカスさん、フォレートさんが作戦を思い付いたそうです。

成功するかは分かりませんが、集まりましょう。」

サンダはヴォルカスを召集しに声をかけた。

しかし返事はなく、ヴォルカスは灰人形に霊力流しながら、その髪の毛を鋤いていた。

明らかに上の空だった。

「ヴォルカスさん?」

「あ、すいません…。

あの、緋色の髪の青年は見てませんか?」

「えっ…いや、すいません、覚えてないです。」

「そうか…あ、すいません!なんでしょう!」

「関所に一度集まりましょう。

フォレートさんが亜霊を倒す方法を思い付いたとのことです。」

「ほんとですか!わかりました。すぐに向かいましょう!」

全員が一度関所に集まった。

「集まったな。これより作戦を伝える。」


作戦はこうだった。

六精の陣を霊力で作り、その中心に亜霊が到着した瞬間に司祭が莫大なる霊力を注ぎ込むというもの。

六角形の各頂点にそれぞれ町の代表が立ち、陣を維持し続ける必要がある上、陣は一回張れば動かせず、チャンスは一度きりだった。

「ファルヌ代表の二人、どちらが霊力の扱いに長けている?」

「扱いだけで言えば私ですが…」

二人は顔を見合わせて、サンダが名乗りを上げた。

「ではサンダ デン=ファルヌ、君は陣の場所を設定し正六角形を亜霊の進路上に描け。

かなり広範囲になる陣だ。正確に描くにはそれが一番だ。」

「っ…。分かりました。

陣の維持に向いてるのも私よりウェルクでしょうし、私がその役をお受けします。で、その大きさは?」

「やつは肥大化を続けていて、もう7,80人長になってる。

近い頂点同士の距離をそのくらいにしろ。」

「そ、そんなにですか!?それは私の霊力では…」

「おい、この関所が陣の頂点のひとつだったとしても問題はねぇな?」

ウェルクがフォレートに突っかかった。

「ん、それではもしもの時に…」

「ここで、二人で、陣を作る。」

「それはダメだ。

陣を作るのと型を作るのを同時でやるのは不可能だ。どちらか一方が…」

「黙れ!兄貴は生まれつき霊力が少ねぇんだ。

そんなデカい形を作るとしたら数分で兄貴はぶっ倒れるぞ。」

「やめろウェルク、命を引き換えにしてでもおれは陣型を」

サンダはフォレートに突っかかるウェルクを止めた。

霊力が少ないということに負い目を感じていることもあり、あまり言われたくなかった。

しかしウェルクは止まらなかった。

「うるせぇ、途中で倒れられたら作戦失敗だろうが。」

サンダに向き直ったウェルクは胸を小突いた。

サンダは反論出来なかった。

フォレートも少し考えた、

「君なら、陣型と陣両方出来ると君は言うのか?」

フォレートはウェルクにそれほどの力があるとは思えなかった。

「言っただろ。二人でだ。」

ウェルクはサンダの首に手を回し引き寄せた。

サンダは驚きつつも、弟のたくましさに安心したのか、微笑んだ。

「ふん、まぁいい。誰が欠けても作戦が成功しないのは確かだ。

どこを始点とするかも、雷点をどうするかもお前らにまかせる。」

「時間がない…避難させた人たちがまた灰化してしまうぞ!」

「行くぞ兄ちゃん!」

ウェルクがサンダのことを兄ちゃんと呼ぶのは物心がついかない頃ぶりだった。

兄ちゃん兄ちゃんと呼んでサンダの後をついて回っていた少年時代のウェルクの面影を、サンダは今のウェルクに重ねた。

「立派になったな…。今行く!

みなさん!私たちはここ関所の前から陣を描きます!

皆さんは頂点が見えたら六精の配置についてください!」

六精の配置とは、自然の三精と法則の三精が正三角形を作り、頂点が互い違いになるように六人が並ぶ配置で、向かい合う頂点は均衡の属性同士だ。

「真正面に対峙すると結構ビビるな…」

今ファルヌ兄弟は亜霊の正面にいる。

かなり距離は離れているが、亜霊の大きさから見れば目の前だ。

「いつもの威勢はどうした。あんなやつ、さっさとはじけ飛ばしてやろうぜ。」

「…おめぇには言われたくねぇよ。いつもなよなよしやがって。制御は任せたぞ。」

構えたサンダの背中に手を当てて、そして目を瞑った。

次に目を開けたときに、亜霊が居なくなっていることを願って。

サンダの体にはウェルクから莫大な雷霊力が流れ込んでいた。

「…敵わないな、お前には。」

すぅと息を吸って、辺りに響き渡るほどの大声で叫んだ。

「行きます!」

両手を地面に重ね、図形を念じた。

サンダから出た二筋の電気流は空気中を放電することなく直線系に伸び、まずそれぞれの頂点を描いた。

そこから角度をつけ、また直線系に伸びた。

もう一度角度をつけると、やがて電気流は合流した。

図形は完璧な六角形を描いた。

電気流の描く各頂点に他の代表の5人が、それぞれの意思を確認しながら位置についた。

町のため、国のため、民のため、己がため、友のため、家族のため。

6つの思いは力となり、一気に陣形が力を増した。

「行くぞ!」

陣形の頂点で力が解放された。

そして、亜霊が陣の中心についたとき、亜霊は何やら雄叫びをあげた。

苦しんでいるのか、喜んでいるのかは当然わからない。

暴れだす可能性もあった。

しかし7人は微動だにしなかった。

そんな中、関所から一筋の閃光が亜霊に向かっていった。

「今だぁぁ!」

司祭が空中に飛び出し、亜霊の頭から莫大な霊力を撃ち込んだ。

その霊力は陣の効果は加速的に威力を増していき、亜霊に到達した。

司祭が放出した霊力の後に続いてさらに霊力の塊が亜霊に叩き込まれた。

フォレートの仮説が当たっていれば亜霊は要領限界により消滅するはずだ。

亜霊は霊力を吸収し続け、体を膨らましていった。

霊陣の大きさよりやや小さいかくらいで亜霊は叫びだした。

地響きがするような規模の音が辺りに響き渡った。

「そのまま消えろぉぉぉぉおおおぉぉぉぉ!!」

「いっけぇぇぇぇぇえええぇ!」

「うおぉぉぉぉおおおおぉぉぉぉ!」

「お願い!」

「頼む!」

「この命に変えても、この作戦は失敗してはいけないんだ!」

「くたばれぇぇぇえええぇぇぇ!!」

7人も負けじと叫んだ。

亜霊の雄叫びは止んだ。

「…っ!」

しかしその場に亜霊は存在し続けた。

霊力の灯火は消えかかっていた。

悠然と立つ山のような亜霊を前に、7人は絶望を感じ始めていた。

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