序章
目が覚めると窓から朝日が差していた。
街からは賑やかな声がする。今日が祭りの日であることを起きたそばから感じられる。
この世界の人々には多かれ少なかれ精霊の力、霊力を持っている。
この力のお陰でこの世界の人々はは生活している。
その為10日に一度、この国では精霊を奉る祭り、恩霊祭が開かれるのだ。
恩霊祭の日は争いは止み、人々は商売を忘れる。
そんな恩霊祭でも仕事がある人間もいる。
「さて、早く用意しなきゃな。」
早朝の街を横目に、外用の服に着替えた。
「母さん、行ってくるよ。」
「いってらっしゃい、ヴォル。」
恩霊祭、それは彼の仕事場だ。
「おはようございます!
みなさまご存じ、ヴォルカス エン = リオレン でございます!
老若男女皆々様、今日は精霊の力に感謝の意を込めて、盛大な祭りを楽しみましょう!」
ヴォルカスの号令と共に人々の歓声が上がる。
観衆の頭上にはヴォルカスの出した焔の獅子が駆け回る。
リオレンの家に伝わる獅子霊の術で、街の恩霊祭の開始を報せる赤い獅子は街のシンボルにもなっている。
ヴォルカスの家の当主は代々街の長となり、次期当主は神職を担い、恩霊祭を始めとした街の行事に携わることになる。
「リオレンの獅子はいつ見ても美しい…」
「これでまた明日から頑張れる…!」
人々は歌い躍り、祭りを楽しみながら天を駆ける獅子を楽しんでいた。
朝から始まる賑やかな祭りは、日が落ちても続けられる。
はしゃぐ子供達は家に帰り、大人たちの宴が始まる。
そんな折、町の門のあたりが賑やかになった。
町の長、アグニ エン=リオレンが公務から帰ってきたのだ。
「やぁやぁ諸君、今日は息子の晴れ舞台に来てくれてありがとう。」
「長、こんなにも早く帰ってくるなんて。」
「祭りが終わる前に帰ってくるなど、記憶の彼方ですぞ。」
「父さん、城での儀式は終わったの?」
街の長は恩霊祭の日、公務として城下を束ねる国の城に集まり神の使いたる王に祈り、精霊への御礼を捧げる儀式を行う。
普段はそのまま城に泊まり、翌朝から街へ戻り職務を遂行する。
「ああ。たまにはお前の焔獅子が見れる内に帰って来たくてな。急いできた。」
「父さんの獅子にはまだ及びません。」
「長、久しぶりに見せてくださいよ、あの猛獣を。」
「子供達はもう家に帰りました。泣くようなのはいませんよ。」
「いやぁ、出来るかどうか…」
「俺も見たいです、父さん。」
アグニの本気の獅子は街の子供達が泣きじゃくるほど迫力があり、滅多に披露しなかった。
当主になってからは披露する場も無くなるためなおさらである。
街の人たちは長に酒を勧めた。祭りの最中に帰ってくるのは何百日と無い。
「そこまで言うのならお見せしよう。父親の威厳もあるしな。」
そういうと、父さんは広場の中央に立ち、人々を前にした。
「さぁさぁ皆様、久々の恐れ獅子、とくとご覧あれ!」
強い酒をショットで飲み、構えた。
恐れ獅子、父さんの焔獅子についたあだ名だ。
自分の霊力が引き込まれるんじゃないかと思うほどの力が、一気に形を成した。
辺りが静まり、獅子の咆哮が夜空を震わせた。
暫しの沈黙を経て、悲鳴にも似た歓声が街を包んだ。
「ヴォルカス君、まだまだだな。」
「あんたが言うな!だけど、長はやっぱすげぇよな。」
「はい、敵いません。」
ふと父さんを見ると、こちらに歩いてきていた。
「あ、父さん…」
肩に手を置き、少し自慢気な顔をしながら
「越えてもらわなきゃ困る」
と言って、人々の波に戻っていった。
こんな日々が、またこれからも続くことを、誰もが疑っていなかった。
恩霊祭が無い普段は神職として街に尽くしている。
といっても、精霊への祈りを普段にする人は多くない。
その為、町の治安維持や悩み相談など、何でも屋のようなことをして回っている。また行政が忙しいときは書類仕事もこなす。
リオレンの血筋の物は町の中核となり、人々の暮らしを支えている。
「ヴォルカス、今日は報告書の集計を手伝ってくれ。
数日前から国からの報告書が急に増えていてな。」
その様子から、この国周辺で何かよくないことが起こっていることは予測できた。
一刻も早く報告書をまとめて、事態を把握しなくてはならないのだ。
「分かった。準備ができたらすぐ行くよ。」
アグニは長として誰よりも早く働き始める。
先に出ていく父を見送り、支度を始めた。
「見ろ。今朝の報告書でさえこんなにもある。昨日までの報告書もまとめきれていないんだが…」
「外で何が起きてるんだ…?」
国から送られてくる報告書は大抵国外での出来事だ。
普段は一日に2,3件だが、ここ数日分は明らかに数がおかしい。
「とにかく、昨日までの集計資料を渡しておく。
軽く目を通してから作業に入れ。頼んだぞ。」
見ると神職人員はヴォルカスだけじゃなかった。
こういった状況ではまとめるだけでなく、状況を把握し、場合によっては町民に周知しなくてはならなければならない為、作業は急を要した。
ヴォルカスは書類を端から読み漁った。
人的な事件や大きな自然災害等の報告ではなく、どうやら前例の無い出来事が起こっているようだった。
「なるほど、とにかく5日後に徴兵をして国に派遣、二日間で全体会議、恩霊祭前日に決行か。
危険生物がいる可能性のある洞窟内を調べるための兵団に参加…。」
人手を確保した事もあり、午前中には集計作業が終わり、午後から全体での報告会になった。
「国からの決算報告は以上です。」
「分かった。ではヴォルカス神官、緊急報告書類のまとめをおねがいします。」
「はい。最近の国外の動向について、報告書が多数送られるのは未確認個体の亜霊の観測とその調査についてであると結論づけます。
前恩霊祭前に調査が始まっており、第一団は全員失踪しています。
討伐隊が出動し消滅を確認したものの失踪した調査団の捜索をする必要があるとのことで、第二調査団を募集するとのこと。
つきましては、各町から必ず神職官一人以上を含めて派遣せよとのことです。
期限は3日後ですので急ぎ検討する必要があると考えます。
また、国外生物調査報告も上がっていますが、前述と大きくは変わらないため省きます。以上です。」
「最近は平和だったのだがな…。
分かった。では次に…」
報告書をまとめると、結局は亜霊調査に関連するものが目立った。
会議では兵力調査などが話し合われる。
「神職を、というが町の代表が行くべきなのでしょうか…。」
「他の町に聞いてみてはいかがでしょうか。」
「いや、どの町も悩みは同じであろう。
むしろこの場で決定したことから伝えていくべきだ。」
「ここ数年あまり戦争や大規模討伐隊はなかったから、町のみんなはどう思うだろうか。」
会議は紛糾し、収束は困難を極めた。
「あ、あの!」
そんななかヴォルカスが声を上げた。
「私にこの件は任せていただけないでしょうか。
私が代表として参加し、兵力調査についても行います。」
「ヴォルカス神官、危険なことだとわかっているのか。」
「はい。しかし意思を変えることはありません。
他の町とも交流できますし、町の皆さんのお力を借りるならば私は適任だと自負しています。」
「町長、ここまでおっしゃるのだから行かせてあげたらどうです。
私は無事を信じています。」
「そうですよ町長、本人の希望なのですから。」
「うぅむ。」
父として、最前線に息子を行かせたくない。
町長として、親族であることを考慮してはいけない。
葛藤だった。
「町長、非常時にあなたが町から出れば民は混乱するでしょう。
ここは私に任せてください。」
「それは…そうなんだがな…。」
「ヴォルカス殿、落ち着きなされ。
次期町長たるあなたに万が一があれば、それこそ町は大騒ぎであるぞ。慎重にお考えを。
他の者も、己が出たくないという身勝手な考えは止めなされ。」
町長補佐官が場を静めた。
町長よりも長く神職を務める、町の長老である。
「さぁ、静まったところで。
今回は監視者として調査現場に同行せよとのことである。
調査員や討伐隊員になるのは我々ではなく民だ。
それをわかっておいでか?」
一同は押し黙ったままだ。
若者も多い神職官達は己に及ぶ危険ばかりを気にしており、それを自戒していた。
「神職とあろうものが民のことを失念するとは…
まぁ良い。その民が危険に晒されるのを、ただ見るのだ。
助けに入るかは国が決める。いままでの通りならな。
それに耐えられるか。その様を残った民に伝えることができるか。
それができる者が今回の適任者ではなかろうか。私はそう思う。」
その場にいた誰もが頷いた。
ヴォルカスも頭を冷やし、町長も落ち着きを取り戻した。
「長よ、ヴォルカス神官の言うとおり貴方が行くべきでは無いと私も思う。此度の件は何が起こるか分からないものでな。皆はどうだ。」
異議なし、と呟くものや黙って頷く者はいたが、否定する動きは無かった。
「うむ。では長以外から選ぶとしよう。
自ら名乗り出たヴォルカス神官、先ほど私が言ったことを踏まえ、今一度名乗り出たいのならば私は止めはせん。どうかね。」
突然振られヴォルカスは戸惑ったが、自分の考えを伝えることにした。
「わたしは、未だ未熟です。
先ほど補佐官が述べたようなことがこなせたという実績や、皆を説得できる材料があるとも思いません。。
しかしながら今回の件に参加したいと名乗り出たことは傲りなどではなく、責務ある仕事ができる人間になりたいと強く思ったからです。
もしも本件を私の成長の場として与えてくださるのならば、責務を全うしたいと考えています。」
思いの丈をすべて述べた。
民のことは第一に考えている。故の名乗りであった。
「長よ、どう思う、」
「ヴォルカス神官、いやヴォルカスよ。
立派だ。正直に言う。私は父として危険な場所に息子を行かせるのは反対だ。
しかし町の長として、これほどまでに民のことを考え、精進している者がいたことを嬉しく思う。そしてその意思をおることはしたくないとも思っている。
皆如何だろうか。ここはヴォルカス神官に任せたい。」
「私も異論は無いよ。彼の意思が伝わった。
皆は元から賛成だろうが、何か意見があるものは?」
異議は出なかった。
その日の内に町の掲示板が更新された。
翌朝には、広場一杯の志願者が列を成していた。
急な召集にもかかわらず町の力自慢達で広場は溢れていた。
「これは…」
ヴォルカスは家から出るやいなやその光景に言葉を失った。
「おぉ、ヴォルカス神官、見よこのたくましい民達を!」
補佐官も思わず声を張り上げた。
市長が演説台に立ち、民をまとめていた。
「ヴォルカス早く来い!お前の仕事だ!」
ヴォルカスは父の元へと急いだ。
町に貼り出された掲示には自分が主導ときちんと記されていた。
なぜこんなにも人が?
高揚感、焦燥感、不安、色々な感情が入り交じっていた。
ヴォルカスが演説台に着くと歓声が上がった。
「み、みなさん、今日はお集まりいただいてありがとうございます。
えっと、今日お集まりいただいたのは…」
「堅苦しいことは無しだぜ!ヴォルカス君の大仕事なんだろ?」
「俺達が協力出来るなんてこんな嬉しいことはねぇぜ!」
ヴォルカスの視界は涙でぼやけた。
こんなにも嬉しいことがあろうか。
「あ、ありがとうございます!」
しかし、喜んでばかりいられないのも事実だ。
「でも、今回の調査の件はかなり危険なものになるかもしれません。皆さんを無闇に巻き込みたくは無いのですが、人手が必要なことです。それだけは分かってください。」
「昨日の夜聞いたよ。お国の人が消えたんだろ?」
ヴォルカスの知らないところで神職官達が各家庭に事情を説明して回っていたのだ。
「国の危機に黙っちゃいらんねぇでしょう!!」
「農民でもやれることがあるならやりまっせ!」
誰かが声をあげる度にそうだそうだと民衆がざわめいた。
「みなさん…ありがとうございます!!
しかし大変危険な調査であることに変わりはありません。みなさんの健康状態などを調査し、派遣する兵を選出いたします。
ご協力をおねがいします!」
ヴォルカスが頭を下げるとそこかしこから同意の声があった。
「皆さんご協力ありがとうございました。
団員100人が決定いたしました。
3日後には兵団のみなさんには国家直属地域『フマーニ』に集まって頂くことになります。
時間がないことに関しては大変申し訳なく思っております。
次の恩霊祭を平穏無事で迎えるために、改めてご協力お願いします!!」
町全体からは拍手が上がった。
兵団と国の無事を祈って。
「ヴォルカス神官は一度会議に出向かれるのですよね。」
役場で荷を片していると、若い神職官が声をかけてきた。
「はい。フマーニへと行き、調査の重役との会議を開きます。
全体会議はほぼその報告となる予定です。」
「あの、民の移動は私が主導して参りますので、安心してお待ち下さい!」
ヴォルカスはてっきりリオレンの町に一度帰るものかと思っていたので驚いた。
それも若手の神職官だ。
「へ?いやしかし…」
「聞いていらっしゃらなかったのですか?さすがに二日で国と町を往復するのはヴォルカス様のお身体が心配だと、長や補佐官を含めた神職全体で話し合ったのです。」
「そ、そうだったんですか…。」
「はい。私も神職ながら兵団に申し入れをしまして、無事選出されましたので、兵団の代表として責任持って参ります!」
「頼もしい。名はなんと言いますか?」
「は、はい!ヒータ ライオと言います!少し前に神官使者になりました!」
神官使者とは、神職官の研修が終わった直後の役職だ。
まだ酒が飲めるか飲めないかほどの齢である。
「そんなに若いのですか…!」
「齢など飾りです!必ずやこの調査、成し遂げて見せます!」
初めての重責を喜んでいる。その姿がヴォルカス自身と重なった。
「ヒータ神官使者、頼みましたよ。」
「…!!はい!」
「皆様、私は本日フマーニへ向かい、今回の調査について会議をしてきます。
みなさんの移動に関しては兵団員でもあり、神職官であるヒータ ライオが責任を持って行います。
私が直接お願いしました。よろしくお願いします。」
演説台の端でヒータが慌てふためくのが見えた。
自然と笑顔がこぼれた。民も、神職官も、皆の顔が綻んだ。
「未熟者ではありますが、この町の未来を担う一人です。
彼を頼ってください。それでは、行って参ります。」
民に送り出され、ヴォルカスは一人フマーニへと向かった。
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