第19話 隠れ里
逃げた跡は、隣の領内へと続いていた。こうなると、このまま追うのは差し障りがあるので、一旦引き上げるしかない。
捕えた賊が口を割って居所を吐けば、やりようもある。
「それに期待するしかないな」
光三郎が言い、皆は上戸家へ戻った。
行克、昌克と4人との6人で剣の稽古をしたり、菊絵や雪絵も一緒にキノコ採りに出かけたりして、知らせを待つ。
4人共すっかり佐之輔にも宗二郎にも懐いていた。
待っていた連絡は、息を弾ませた坂口が持って来た。
「何。山の中に隠れ里が」
「はい。隣のご家中は年貢の取り立てが大層厳しいらしく、税逃れに深くて人の入らない山奥に逃れて住む者がいたそうです。それが今年の飢饉でいよいよ食べる物に困っていたところ、隠れ里を見付けた米問屋に米を盗んで売りさばく片棒を担ぐ事を提案され、どうせこのままだと飢えて死ぬだけだからと、計画に乗ったそうです」
「同情の余地はあるが、それでも犯した罪は小さくは無いな。それで他の者が困る事になると、わかっておったはず。自分勝手とのそしりを受けても仕方が無い。
しかし、その米問屋を捕まえんとな」
「ああ。儲けの為に困窮した者の弱みに付け込むなど、許せんな」
「坂口。それでその隠れ里はどこにあるかわかったのか」
上戸の問いに、例の地図をガサガサと広げる。
「この山をこう行った先にあると。何せ、道なき山中ですので、ハッキリとは言い切れない様子で」
「よし。どうせ人の来ない山なら、隣だろうと構うものか。何か言われたら、迷ったと言おう」
「佐之ぉ……」
「宗二郎は心配しすぎだ。グズグズしていると、傷が癒えて逃げてしまうやも知れんぞ」
「とは言え、少人数で行くべきだろう、秀克」
「そうだな。
という事ですので、父上。我ら4人で行って参ります」
上戸は頷きかけ、佐之輔を見て躊躇い、秀克と佐之輔からの無言の圧力を感じて、ようやく頷いた。
「気を付けて参られよ」
「はい!」
心中を察し、宗二郎は心の中で、佐之輔に代わって頭を下げておいたのだった。
握り飯と竹筒を持ち、4人は家を出た。
崖も、急流の間の岩を跳んで渡るのも、まるで平気で進んで行く。
「本当に大名家の姫か?」
「自信がなくなってきました」
光三郎と宗二郎がボソボソと言い合う。
2つの領地を隔てるようにそびえたつ山だが、深い上に利用価値がなく、どちらからも、ただそこにある山という扱いを受けるのみだ。
「秀克。ここに金とかが埋まっていたりしないのか?」
「金が出たなんて話は聞いた事も無いな。妖怪が出たとかは聞くが」
「妖怪!?会った事がないぞ。会ってみたいものだな!」
「ははは!佐之は面白いな」
「……やっぱりあれは、ただの野生児なんじゃないのか?」
「ははは……」
そんな事を言いながら歩いて行くと、何となくあった道とも呼べない道がとうとうなくなり、4人は足を止めた。
「さあて。この先だが……どっちに進む?」
切り立った崖、急流、生い茂る木。
「生きて行くのに水は必要だな」
「では、降りてみるか」
秀克と光三郎で話がまとまり、4人は崖下を覗き込んだ。
「落ちたら死にそうだな。どこかに降りられる場所がないかな」
探していると、折れた枝、それだけ苔の剥がれた岩が見つかる。なのでその辺りを重点的に調べて行く。
「この大岩の下に隠れるように横穴があるぞ。入ってみよう」
「待て、佐之。まずは先に――だから待てって!」
身軽に下の岩へ飛び降りて横穴へ入って行く佐之輔を、慌てて皆が追った。
階段状になった穴を進んで降りて行くと、川岸に出た。
「まさしく隠れ里だな」
怯えた顔で、或いは決意を込めた顔で、4人を囲んで立つ彼らを眺めて佐之輔が言った。
「そんなに我らを滅ぼしたいか」
中の1人が言い、4人は首を傾けた。
が、彼らを追う領地の者と勘違いされているのかと解釈する。
「我らは本宮家家中の者だ。米問屋とつるんでの強奪、昨夜捕えた仲間が吐いたぞ」
それに、今度は彼らが怪訝な顔をする。
「何の話だ?」
「とぼけるか」
「待て、秀克。ここが隠れ家なら、これまでの米や馬や荷車はどこだ?ここに運び込むのは無理だぞ」
「別の所に隠し場所があるのかもしれん」
「それだけじゃない。それなら何で、ここに食べ物がないのだ?これまでの強奪で米が手に入っているなら、ここまで痩せているのはおかしい。あれだけ奪っているのだ。取り分の分配がないままというのは変ではないか?」
佐之輔が言うのに、皆も辺りを観察し始めた。
彼らもこそこそと何かを相談し、やがて、先程の男が言った。
「昨日、大掛かりな捕り物があったそうだが、その下手人を追っているのか」
「そうだ」
「それなら、見当違いだ」
「……」
「もっと向こうに、食い詰めた百姓が逃げて集まった集落があるらしい。そこだろう」
「よく知ってるな」
疑いの目を向けてしまう。
すると子供が得意げに、
「だって俺達忍びの――もがが」
と言いかけ、口を塞がれた。
目を輝かせたのは、やはり佐之輔だった。
「もしや忍びの隠れ里か?おお!かっこいい!」
彼らは胡乱な目を向け、宗二郎と光三郎は肩を落とす。
「佐之……」
「人違い、いや、里違いだったな。済まぬ。
しかし、我が家中にこのような所があったとは。これはますます、嫁ぐのが待ち遠しい」
「待て、佐之。またここに来るつもりか?」
「だめか、秀克」
「……それは……こちらの意見も……」
また彼らは何か相談し、彼らは何か頷き合った。
「この方が佐奈姫か。また、変わったお方だなあ……」
「この姿の時は佐之輔じゃ」
「そこじゃないよ、佐之」
「バレたらまずいだろうが」
いきなりお互いが殺気立つ。
「待て、光三郎。そちらも。
黙っていてくれたらここの事も黙っておくが」
「待て。情報収集能力は確かなようだ。ここは、佐奈」
「――ああ、それはいい」
佐之輔と秀克は相談し、ニンマリと笑った。
「うちで召し抱えるというのはどうだ」
「本宮家諜報部隊というわけじゃな」
光三郎と宗二郎は、顎を外しそうになりながらそれを聞いていた。
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