第20話 仮契約

 彼らの里は攻め滅ぼされ、辛うじて生き延びた者がここに落ち延び、隠れ暮らしていたという。当然、暮らしは貧しい。それでも、武器である諜報能力と自然の中で生きる術を頼りに、どうにか生きているという。

 首尾よく盗賊団の隠れ里を見付ける事ができれば、抱える。そういう事で仮契約を交わした後、早速数人が調査のために里を出て行った。

「ガセネタをつかまされたなあ、坂口達は」

「情報は大事だからな、何事でも」

「否定はしないけど、忍びと聞いて喜んだよね、佐之」

「う、それは、まあ、ロマンだ!」

「おお、開き直ったぞ、宗二郎、秀克」

「ははは!」

「いや、あんたの許嫁、無鉄砲で型破りすぎるから。わかってるのかな、秀克」

 ぎゃあぎゃあ言いながら待つ4人を、彼ら「烏丸衆」は面白そうに見ていた。

「国家老の嫡男も器が大きいし、あれでも決して油断していなかった」

「ああ。もしもあの姫に少しでも何かするそぶりを見せたら、一瞬のうちに首を飛ばされていただろうな」

「恐ろしい夫婦になりよるな」


 そうこうしているうちに、もう戻って来た。

「わかったぞ。隣の山の滝つぼの奥だ。荷車と馬と米は、港近くの倉に運び込んでいる」

「早いな!」

 ドヤ顔をして、報告を続ける。

「ケガ人も、ここに運び込まれて寝かされていた」

 それを聞いて、表情を引き締める。

「倉に米を運び込んでも、売られた米を運び込んだだけと思われたんだろうな」

 光三郎は半ば感心したように言った。

「ケガ人のいる今踏み込んでしまえば、米問屋諸共、言い訳ができないだろう」

「その倉のある港は、どちらの領地だ」

 秀克が訊く。

「本宮家か、それとも」

「白井家です」

「すぐに国家老に文を書いて、白井家にも話を通してもらおう。

 まあ、俺達はこのまま倉を見張って、可能なら援軍を待つ。逃げそうなら先に捕縛する」

 秀克が方針を決め、佐之輔が同意し、急いでそこを目指した。


 港近くの倉庫街は、物を運び込んだり運び出したりする人々がたくさんいた。

「イカか。これが気に入ったぞ」

「私はイワシの煮付けがいいなあ」

 倉の見える食堂でまずは腹ごしらえと、見張りながら食事を摂っていた。

「この辺りは新鮮な海の幸が豊富だからな。大きな貝を捕ってすぐ焼いて食うのも美味いぞ」

「わあ。いいなあ」

「いずれ、浜で楽しもう」

 秀克が穏やかに笑って佐之輔に言い、佐之輔は嬉しそうに、

「だったら、これも捕ってみたい」

とマグロを指した。

「それは、ちょっと難しいな。大物だから、漁師に頼まないと」

「そうか」

 言いながらも、諦めていない目付きの佐之輔だった。

「あ」

 坂口が部下と2人で現れたので、手招きして呼ぶ。

「どうだ」

「はい。今頃あちらに知らせが届いているかと」

 丼を食し、見張りを続ける。食べ終わったので、酒を注文し、チビチビとやりながら居座る。

 それもそろそろ限界かと思いかけた頃、倉に商人が入って行き、荷車が倉の前につけられた。

「まずい。もう待てん」

「行くぞ」

 一同はすっくと立って、倉を目指した。

「待ってもらおうか」

「何でしょうか」

「あ、お前らは――!」

 浪人がこちらに気付いて指を指し、商人がチッと舌打ちをしてから、笑顔を浮かべた。

「お役人様ですか。勝手に入り込んだネズミがおりまして、困っておりました。どうか退治をお願いいたします」

 ギョッとしたように、浪人達やケガ人達が体を固くした。

「貴様、裏切るか!」

「何の事でしょう」

 それに、佐之輔がフフフと笑う。

「大黒屋とやら。この者達はネズミと申すか」

「はい、その通りでございます、お武家様」

「そうか。貴様はそのネズミの親玉ではないか。のう?」

「何を仰います」

「坂口!倉を閉めよ!1人として逃がすでないわ!」

「ははっ!」

 坂口が倉を閉め、逃げ道がなくなった。

「な、な」

 狼狽える米問屋大黒屋主とケガ人達を見、全員殺してやると言わんばかりの目付きの浪人達を見た。

「抵抗いたすな。証拠、証人は揃っておる」

「黙れ、黙れ、黙れ!」

 血走った目で睨みつけ、反撃の意志があるのは、浪人4人と軽症の百姓者3人ほどだった。

 その浪人の中の1人が、スッと前へ出た。中々の手練れと推測できる構えだ。

「大人しくしてはもらえぬか。仕方が無いのう。秀克、光三郎、宗二郎。猶予は与えた。それでも向かって来る者は斬れ」

 言いながら、刀を抜く。同時に皆も抜いた。

「御意」

「我ら、ここで死ぬ気はない。参る!」

 浪人達がかかって来る。

 まずは最初の1人が、秀克に向かった。秀克は静かにそれを待つかの如く見え、いきなりこちらから仕掛け、押し、危なげなく斬り捨てた。

 ほぼ同時にかかって来たのは佐之輔へと向かったが、それを佐之輔はふわりふわりと受け、相手がじれて乱れたところで電光石火の如く攻撃に転じ、顔色も変えずに斬り捨てる。

 それを見ていてやや怯んだ様子の2人は光三郎と宗二郎に向かう。

 光三郎は呑気そうな表情のまま、初手を受けてそのまま押し込み、一気に決めてしまう。

 宗二郎はおろおろとしたような顔で、

「やっぱりこうなったよなあ」

と言いながら、相手の攻撃を受け流し、位置を変え、相手がイラッとしたところを一気に突き込んだ。

 4人共、息の乱れもない。

「ああ……」

 これで残りも抵抗の意志を失い、ヘナヘナと座り込んだ。

 そこで、外から声がかかった。

「白井家ご家中の方々が到着されました!開けます!」

 重い扉が開き、ドヤドヤと捕り方がなだれ込んで来て、中の光景に足を止めた。

「抵抗され、やむなく」

 秀克が言い、大黒屋主が頭を抱えた。

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