第14話 散歩

 秀克、光三郎、宗二郎、直太朗、近江屋は、本宮に呼び出されて座敷に通されて待っていた。

 と、そこへ佐奈が現れ、皆は頭を下げる。

「水臭いな。普通でいいよ」

「ん?」

 顔を上げた秀克、光三郎、直太朗は驚き、

「佐之輔!?何、女装してるんだ!?」

「しししかも佐奈様のですよね、それ!?」

 光三郎と直太朗が慌てる中、秀克は宗二郎と近江屋を見た。

「そうか。宗二郎は知っていたから、何かとかばっていたのか。近江屋は、この間の一件でか」

「はい。この時までは面白いから黙っていろと佐奈様が」

「ははは。すいません。護身術の稽古をして以来、佐奈が思った以上に剣術も町をうろうろするのも気に入ったもので……」

 近江屋はイタズラ成功という顔で笑い、宗二郎は申し訳なさそうに笑った。

 佐奈は勿論、得意げに笑っている。

「待て。どうやって抜け出していた?表から堂々とか?」

 秀克が気付いたように訊くのに、

「台風で、塀に穴が開いたところがあってな。そこから最近は出入りしておった」

「そうだったか。すぐに点検して塞いでおかんとな」

 本宮が言いながら入って来、佐奈以外は慌てて平伏した。

「よいよい。同じ、虫干し作戦の仲ではないか。楽にいたせ」

 本宮は笑い、一緒に入って来た内田と並んで座った。

「こたびの事、大儀であった。

 特に、植村には済まない事をした。連絡があろうが、家禄も元に戻す。母御にもよろしく伝えよ」

「はは!勿体なきお言葉にございます!」

 そして、調査の結果、南方親子が横領の犯人であり、帳簿と金子の不一致に気付いた直太朗の父に罪を着せ、今腹を切ればすぐに相続を認めるとの約定を交わして、切腹させたというのがわかった。

 帳簿のごまかしも袖の下の要求もしまくりで、南方家の家財を没収し、甘い汁を啜った者に返金させてもまだ足りないくらいだという。

「国の民が収めたものを、何という心得違いか。あのような者に江戸家老を命じたとは、わが身の不徳といたすところだ」

「殿……」

「このような事がないように、気を引き締めんとな。

 近江屋も、感謝いたす」

「勿体なきお言葉でございます。

 元々は、佐奈様はじめこちらの方々に手前どもが助けて頂いた、その御恩返しにございますよ」

 それからは何だかんだと和やかに話をし、皆は家へと帰って行った。

 ただ、秀克は残り、佐奈と庭を散歩していた。

「何か事情があって素性を明らかにできないのだとは思っておりましたが、まさか……」

 秀克が、やられた、と小さく笑う。

「私はこの通り、噂とは違って大人しくなどない。じゃじゃ馬だ。一応お稽古事は収めたが、どちらかと言うと、剣術の方が好きだしな。がっかりさせただろうな。済まぬ。

 もし何だったら、側室を置け。志津さんとやらでも構わぬ」

「何を言い出すかと思えば……」

 秀克は笑った。

「志津は幼馴染でした。父親は7年ほど前に辻斬りに遭って、刀も抜かず、後ろから斬られ、士道不覚悟と。その後志津の兄で嫡男だった男は女と家を出て行方をくらまし、家は廃絶。後で聞いた事ですが、その後残った母君は病に侵され、それで志津は吉原へ来たそうです。

 あれは、元は志津でしたが、今は白菊です。お互いに、それを確認いたしました。ですので、どうかお気になさらず」

「秀克。いつも通りにいたせ」

「しかし」

「私はそなたの何だ。妻に敬語を使うバカがおるか」

 佐奈は口を尖らせた。

 秀克はそれを見て、笑った。

「では。

 正直この話をいただいて、どんな方だろうかと思った。美しくて聡明で思いやりがあるという噂だが、正直言ってあてにならないだろう。客観的には、部屋から出て来ない謎の姫だ。高慢で贅沢を好むのかも知れないし、大人しすぎて面白みがない方かも知れない。そう思っていた。

 だが、正義感に溢れ、明るく、無鉄砲で、とても飽きそうもない、楽しい毎日になりそうな方で良かった」

「そ、そうか。ええっと、それは一応褒めておるのかな?

 私も、きっと真面目で詰まらない人だと思っていた。もしくは、南方のようなやつか。お前で良かった。きっと毎日、私も楽しいと思う。

 それから、剣術はやめないぞ」

「いいだろう。家で思い切り打ち合い稽古ができるな」

「フフフ。私が勝ち越しているのを忘れるな」

「いいや。最後のアレは引き分けだろう。ならば、五分だな」

「むっ。では今ここで決着をつけるか?」

「面白い。手加減はせぬ」

 木刀を持って向かい合おうとする2人にばあやが青筋を立てて怒り出す。

「いかん。ばあやの説教は長いのだ。逃げるぞ、秀克!」

「おう!」

「待ちなされ!誰か!佐奈様と上戸様を捕まえて納戸に入れてお仕置きするのです!」

「わははは!温い、温いぞ!」

「こうやって抜け出してたのか」

 2人は手に手を取って、町へと走り出て行ったのだった。



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