盗賊団でござる

第15話 噂

 2人の侍を8人で取り囲んでいた。

 数の不利は明らかであるのに、その2人の方は涼しい顔をしている。背の高い方は、冬の早朝に静かに降りた霜の如く佇み、小柄な方は、春風に吹かれているが如く佇む。

 じり、と、距離を縮める。

 息にさえも気を使うような静寂の中、チ、と鳴いてスズメが飛んだ。

 それを合図としたように、一気に止まっていた時間が動く。

「きえええい!!」

 背の高い方は、奇声を上げて飛び掛かって来る侍を、静かに佇んでいた姿勢から突風のような勢いで受け、斬り返す。

 小柄な方は、ふわふわりと剣を受けていたが、相手が崩れたとみるやいきなり雷光が空を切り裂くが如くに斬る。

 その豹変に動揺しながらも後に続く相手方は、瞬く間に全員が戦闘不能となり、地面に這う事となった。

「逆恨みも甚だしいな」

 納刀しながら小柄な方、佐之輔が言った。

 志村佐之輔、本名本宮佐奈。若侍の格好をしているが、大名家の姫である。

「自業自得という言葉を知らぬと見える」

 呆れたように秀克が言う。

 上戸秀克。佐奈の婚約者で、国家老の嫡男である。

「さあ、どこの家の者か、はたまたどの商人に雇われたのか、吐いてもらわないと」

 顔色も変えず、宗二郎が言って彼らを面倒臭そうに見る。

 内田宗二郎。彼らの通う道場の道場主の息子で、佐奈の幼馴染でもある。

「ちょっと手を借りて来るか」

 やれやれと言わんばかりにのんびりと光三郎が言う。

 林原光三郎。本宮家家中の侍の嫡男で、秀克の友人だ。

 先頃、横領をし、やりたい放題に不正をしていた江戸家老南方親子に切腹を申し付け、南方家には断絶の沙汰を下したのだが、南方について甘い汁を吸っていた親類縁者や商人にも、金子の返還や降格などの沙汰を下した。

 それで、それを不満に思う輩が逆恨みでこのように刺客を差し向けたりして来るのだ。

 しかしこの4人は並みの腕ではないので、片端から返り討ちにあい、彼らは余計に罪を重くしているだけとなっていた。

 家中にもめごとがあるとばれては困る。そうそうに屋敷から人手を呼んで来て、襲撃者を屋敷に運び込んだのだった。


 4人でお茶を喫しながら、のんびりと語らう。

「まあ、これで一応反撃して来るところはし終わったかな」

「慌ててすり寄る所も大体終わったし」

「やれやれ」

「……呑気だなあ」

 佐奈、秀克、光三郎がのほほんと言うのに、宗二郎がやや不安そうな顔をする。

「宗二郎は心配症だな。禿げるぞ」

「んなっ!?」

 宗二郎は慌てて頭に手をやり、光三郎がはははと笑う。

「佐之輔。新たに心配の種を増やしてどうする」

「案ずるな。まだしばらくは大丈夫だ、宗二郎」

「いや、あんまりそれ安心できないんだけど!?」

 事件らしい事件もなく和やかに過ごしていたのだが、それは、暇を持て余して退屈しているともいう。

 その話が飛び込んで来たのはそんな時だった。

「そう言えば、今年は米が不作らしいな」

 光三郎がスズメを見て思い出したように言った。

「そうなのか?国許もか」

 佐之輔が問うと、秀克が答える。

「幸い、我が国はそこそこ取れたらしい。だが、もう少し北の方では、軒並み酷い状態だと聞くな」

「噂なんだけど、盗賊団が出たんだってね」

 宗二郎が言い、皆が聞き返した。

「盗賊団?」

「出羽の方のお弟子さんに聞いたんだ。集団で、少ない米を盗んでいく荒っぽい集団らしいよ。それが点々と場所を変えて、出没してるとか」

 光三郎が頷く。

「飢饉の上に米泥棒か。それは難儀だな」

「難儀どころの騒ぎじゃないよ。税として納める分も備蓄米も根こそぎらしいからね」

「何!では税はどうなるのだ?その分来年に払えというのか?」

 首を振る宗二郎に安心した佐之輔だったが、答えを聞いて愕然とした。

「それでも払えという所もあるらしいよ」

「どうやってじゃ!?」

 宗二郎は肩を竦め、秀克と光三郎は軽く嘆息した。

「せめてウチの民は守らなければな」

 国許で育った秀克と光三郎は、余計にそう思うらしい。

「その盗賊団は、我が国許にも来るであろうか」

「残念ながら、近付いて来てるよ、佐之輔」

 言った宗二郎は、決意を秘めた佐之輔の顔に、嫌な予感を覚えた。

「佐奈?まさか……」

「決めたぞ。国許へ参り、盗賊団を迎えうってやる!」

「やっぱりぃ……」

 項垂れる宗二郎だった。

「しかし、江戸市中に忍び出るのとはわけが違うぞ」

 大名の妻子は、江戸住まいをしなければならない決まりである。もしも勝手に抜け出したのがバレれば、とんでもない事態になる事は間違いない。まさに、お家に関わる一大事だ。

「むう」

 むくれる佐之輔だが、流石に秀克も光三郎も、反対せざるを得ない。

「今回は無理だ」

「祝言が済んでいれば問題なかったのに。ちょっとの事なのに」

「そのちょっとが大きいのではないか?

 佐奈。マメに文を出すから」

「お土産も買って来るから」

「秀克にケガはさせぬようにするから案ずるな」

「そうと決まれば、殿にご相談をせねば」

 そそくさと秀克達3人は立ち上がり、それを恨めしそうに眺めていた佐之輔だったが、やがて、ニタリと笑ったのだった。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る