第13話 虫干し
強い日差しに庭の濃い緑が映える。そんなある日、大広間に注文していた嫁入り道具の数々が並んだ。
そして、それを扱った商人達が、一人残らず集められていた。
「なぜでございましょう?」
「佐奈様が是非お礼を自分から言いたいと仰せになったらしいですな」
「噂の佐奈様とは、どんなお方でしょうねえ」
ひそひそと囁き合う商人達は、この日に金子を支払うので証文も持って来るようにと通達してある。
「お、いらしたようですよ」
1人が気付き、彼らは澄まして襟元を整え、待った。
本宮が胸を張って、佐奈は静々と入って来ると、その後に警護の家臣と南方親子が続く。
南方はなぜ息子の琢磨までがと思ったが、
「将来のために同席して見ておればよい」
と言われ、なるほどと出席したのだ。
しかし、琢磨は内心、面白くなかった。というのも、佐奈を息子の嫁にとそれとなく父にプッシュしてもらったのに上手く行かず、「大名家の姫だから、よその大名家に行くのかな」と思っていたら、国家老の嫡男のもとに嫁ぐという。
家格も年周りも変わらないのになぜだ!?と、甚だ面白くない。
しかし、佐奈を嫁にと願ったのは、佐奈の血筋だけが目当てである。花魁朝顔を落籍せて囲う事を楽しみにしていた。
が、部屋へ入って来た佐奈を見て、不満が頭をもたげて来た。美しいという噂は、本当だったと知ったからだ。
それに、自分で礼を言いたいなどと言い出すならば、高慢でもないだろう。
(国家老の嫡男とやらは、何が俺と違うのだ?江戸に来ているとか言ってたな。よし。どんなやつか見に行ってやろう)
琢磨は密かにそう考えた。
その間にも、佐奈が礼を言い、商人達はおめでとうございますと頭を下げてことほぐ。
「では早速じゃが、金子を支払おう」
それで勘定方が廊下から現れ、商人達が順に証文を出す。
「おや。近江屋。聞いていた金子の半額ではないか」
勘定方が言うのに、南方親子はギクリとし、近江屋はいかんいかんというように頭を低くした。
「申し訳ございません。それは南方様用でございました。お家へはこちらでございます」
「どういう事じゃ?」
「さあ。こうせよと南方様より聞いてございますが?かかりの倍を記したものをお出しせよと、御用達の仲介料をお支払いした折に」
言って、南方親子へ顔を向ける。
「な、何を言っておる!」
とぼける南方に、本宮が訊いた。
「説明せよ。仲介料というのもどういう事じゃ」
「は!覚えがございません!何の事やら」
平服する親子を前に、佐奈が声を上げた。
「その言葉、まことか?」
「ははっ!」
「そうか。
では皆に訊く。近江屋の申すような証文を作成した者はおるか」
商人達は、お互いに様子を窺うように視線を動かしたり、完全な南方派の者はふてぶてしい笑いを浮かべている。
「後からそれが偽りとわかった暁には、本宮家を陥れたる者として、家財没収の上獄門もあると、そう心得よ!」
唖然とした顔で、数人が叫ぶ。
「さ、佐奈様、それはあんまりではございませんか!?」
「黙れ!国許の民が汗水たらして納めた税を何と心得るか!その上将軍家の血をも引く我が本宮家を謀るとはいかなる事や?江戸家老という地位、心得違いも甚だしい!
じゃが、今正直に申せば、罪を減じる事もやぶさかではない」
「お、恐れながら佐奈様!私どもも同じでございます!」
恐怖のあまりに1人がそう言いながら頭を畳にこすりつけると、雪崩を打つように、我も我もと後に続き、南方ベッタリの商人も素早く計算し、恐れながら自分もだと言い出す。
本宮と佐奈は、横目でニタリと笑い合った。
呆然としているのは南方親子だ。
「そんな……おい、越後屋!桔梗屋!ええい、松前屋もか!」
「ち、父上……。朝顔は……?」
佐奈は澄まして、琢磨に言った。
「楼主も来ておるぞ。自分で訊くが良い」
すると、廊下から朝顔を抱える遊郭の主が、宗二郎と内田に挟まれて現れた。
「毎度御贔屓にありがとう存じます、南方様」
「ぐうっ」
笑顔で挨拶され、琢磨は潰れたカエルのような声を上げた。
「身請け金900両、いかがされますか」
「ほう。それはそれは剛毅な事よのう、南方」
「は、ははっ」
本宮に言われ、親子は慌てて平伏した。
「こたびの仔細を調べ、さきに起こった横領についても詮議をせねばならぬ。無論、下手人には責を問い、横領した金子を一族郎党から取り立てる所存じゃ」
「と、と、と」
「ここに鶏はおらぬぞ、南方」
佐奈が口を挟み、数人がこらえきれずにプッと笑った。
「各人、これより仔細に詮議をいたす。このままここで待っておれ。南方はあちらで事情を訊く。
そうそう。各店、南方家、役人が調べに参っておる。食い違いが生じた時は……わかっておろうな?」
商人達が一層平伏し、南方は虚脱して呆け、琢磨はプルプルと震えた。
「お、お、おのれぇ。おなごのくせに――!」
言うや、脇差を抜いて目の前を通って退出して行く佐奈に飛び掛かる。
が、その顔面を打掛が襲った。
「うわっぷ!」
「救いようのないうつけじゃな、お主は」
佐奈は、羽織った打掛の下で、最初から袖を帯に挟んでたすき掛けをしていた。そして、挟みこんでおいた脇差を構えている。
「佐奈様!」
聞いていなかった警護の者が慌てる。
「た、琢磨!?お前は何を――!?」
南方も腰を抜かしそうだ。
「終わりだ。だったら!」
言って、突っ込んで来る。
「なっておらんな」
佐奈は難なくそれを弾き、腕の筋を斬って脇差を取り落とさせた。
「う、うわああ!痛い!血が!」
「騒ぐでないわ。
全く。もう少し手強いかと思っておったのに、がっかりじゃ」
心からがっかりな顔付きで佐奈は言って、痛いと泣きじゃくる琢磨を冷めた目で眺めた。
それを、後ろ暗い事をした覚えのある商人達はゴクリと唾を呑んで見ていた。
「佐奈様はまこと、清廉なお方ですなあ」
近江屋がのんびりと言って、役人達と入れ替わりに出て行く本宮と佐奈を見送った。
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