第12話 準備
佐奈のばあやは、佐奈が一転して急に祝言の準備に熱心に取り掛かった事に、妙な不安感を抱いていた。
「何かを企んでいらっしゃるのでは……」
それを聞いて、佐奈は
「人聞きの悪い」
とむくれてからニヤニヤと笑い、父親は、
「まあ、心配せずともよい」
とニヤニヤ笑う。
「何ですか、本当に。親子してそっくりなお顔で」
ばあやは呆れたように言って、追及は諦めたらしい。
「では、稽古に行って参ります」
「まあ!熱心に衣装やタンスをお選びになったかと思えば、まだ稽古!」
「そうは言うがな、ばあや。この格好でやり合う練習もしておかんとな」
「佐奈様。何ゆえその必要が?」
「念のためじゃ」
「……もう、ばあやには理解不能にございます」
項垂れるばあやだった。
5人は今日も集まり、ヒソヒソと報告会をしていた。
「父が聞いて来た所によると、最初南方は『御用達ではないから』って近江屋さんが加わるのを渋ってたらしいんだけど、『佐奈様の御意向』と聞いて、渋々認めたらしいよ」
宗二郎が言うと、それに光三郎が続ける。
「近江屋からの報告では、南方が店に来て、『佐奈様のご婚礼のためのお召し物を、こちらで用立てても良い』と恩を着せて、まずは仲介料を取ったらしい」
「南方は仲介してないのになあ」
「せこい」
「小者っぽいやつだ」
ボロクソである。
「いやあ。出来上がる日が待ち遠しい」
くっくっくっと笑う佐之輔に、直太朗は不安そうな顔を向ける。
「それはそうなのですが、佐奈様に申し訳ないのではと……」
それに、光三郎が唸る。
「自分の花嫁道具を揃えるのをあぶり出しに使うんだからなあ。ゲンが悪いとか思われるかな」
「いや、もしそういう流れになりそうだったら、『悪を裁いた、清廉潔白の御品ですね』と感激しておこう」
真面目な顔で秀克が言い、
「何気に秀克って悪知恵が働くよね」
と宗二郎が言った。
「まあ、そんな事は言わないよ。と、師匠から聞いた」
佐之輔はそう請け負う。
「だったらいいんですけど……。佐奈様には幸せになっていただきたいです」
「直太朗。ありがとう」
「?」
「と、きっと佐奈様なら言う。うん」
宗二郎以外が少し妙な顔をした。
「まあとにかく、敵はエサに食いついた」
佐之輔は不敵に笑った。
秀克、光三郎、直太朗と別れた後、佐之輔は道場で宗二郎と向き合っていた。
ただし、上から長い打掛をまとい、脇差のみを帯びた姿だ。
「お覚悟!」
「なんの!」
脇差でかかって来る宗二郎に、脇差で対峙する。
が、袖や裾が邪魔で仕方が無い。
「邪魔だなあ」
「とは言え、いつもの格好というわけにはいかないよ、佐奈」
2人がしているのは、本番のシュミレーションというやつだ。南方親子が逆上して暴れ出したら、という事に備えるのだ。
「裾を踏んだら危ないな。端折るか」
「どこに、裾をからげる姫がいるんだよ!?」
「だめか」
「だめ!」
「そうだな。そんな時間もないしな」
「いや、そういう問題じゃない」
2人は裾や袖をバッサバッサとさせながら、いかにしてスムーズに素早くいつものように動くかという練習を続けた。
秀克と光三郎は並んで、神社の木陰で涼んでいた。
「志津の事はそれでいいのか」
「ああ、いい」
志津が迫って来たくだりは省いて、志津に呼び出されて会った事を話した。
「板垣殿も、どこでどうしているのやら……」
光三郎が溜め息をついた。
「しかし、志津はお主を好いておったようだぞ。お主も満更ではなかっただろうに」
「……まあ、子供時分の事だ。今は、佐奈様とのお話が整っている。佐奈様に不義理をいたすわけには参らん」
秀克はそう言って、笑い声を上げて走り回る子供達を見た。
「もし佐奈様が高慢な方だったり面白みのない方だったりへちゃむくれだったりしたら?」
「武士たるもの、おなごの容姿を気にするものではない」
と言いつつ、秀克の目が軽く泳ぐ。
「それこそ、落籍せて囲うという手もあるぞ」
「それはできん。志津もそれは望まんだろう。
それにな、光三郎。あれは、白菊だ。もう志津ではないのだ」
「そうか。秀克、一生添って生きると決めたのだな」
しんみりと光三郎が言うのに、
「ああ」
と答えた秀克だったが、なぜかここで佐之輔を思い出した。
「できれば、楽しい方だといいがな」
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