第11話 チャンス到来

 また今日もこっそりと出かけようと、袴を着け、髪をひとつに束ね、刀を掴んだところで、声がかかった。

「佐奈。入るぞ」

「ゲッ」

「げ?」

 障子が開き、父親が入って来た。

「……佐奈……」

「おはようございます、父上。今日もいい天気でございますよ!ご覧になりましたか。池の奥の木にかけられた鳥の巣の雛が、飛ぶ練習をしておりますよ」

「おお、そうか」

「はい。それはもう、かわいいもので」

「ほうほう。見に行って――違う。佐奈、どこへ行くつもりじゃ」

「稽古です!」

「佐奈。わかっておろうな?嫁入り前であるぞ?今ケガでもいたしたらどういたす」

「唾でもつけときゃ治りますとも!」

 父親はがっくりと肩を落とした。

「祝言の許可は頂いたが、まあ、一度くらいはその前に顔を合わせても良かろう。どうじゃ」

 佐奈は即、首を振った。

「今は忙しゅうございます。それに、もう決定しておるのならば、祝言当日でも構いますまい。

 それより、これは大事な事にございます」

「祝言よりもか」

「はい。藩の浮沈にかかわるやも」

「何!?佐奈。そなた、何をしておるのだ?」

 父親は心配そうな顔になったが、『藩の浮沈』という言葉に表情を引き締めた。

「詳しく申してみよ」

「ああ……刻限です。続きは後程帰ってからという事で」

「佐奈、待て」

「師匠がその件で来るはずですから」

「何?内田は知っておるのか」

 少し拗ねたような顔をする。

「宗二郎が昨日のうちに話している筈ですから」

「そうか。昨夜か」

「ではこれにて」

 ダッと走り出す。

「あっ!おひい様!!」

 慌てたばあやの声がしたが、後ろを見ずにとっとと逃げた。

 いつも通りなまこ塀の向こうに出ると、そこには宗二郎がいた。

「宗二郎。おはよう、どうしたのだ?」

「おはよう。父上とここまで一緒に来たんだよ。

 それより、妙に息が上がってるけど?」

「ばあやが若党達に捕縛命令を出したのでな。危ないところであった。ふう。

 しかし、まだまだ温い」

 佐奈――いや佐之輔はフッと笑い、2人は並んで歩き出した。


 道場の皆は、首を捻った。昨日と違い、秀克がやけにスッキリとした様子で調子がいいのだ。

「何があったのだ?」

「女か」

「女ぁ?佐奈様との祝言を控えてか?」

「実は昨日の夜、吉原に入って行く秀克を見かけたんだ」

 佐之輔は竹刀を取り落とし、光三郎は嘆息した。

 佐之輔は、白菊という遊女の事を思い出していた。

(志津と呼んでいたなあ。向こうも秀克を知っているみたいだったし。

 そうか。秀克も男なんだなあ。そういう所に行くんだ。ふうん)

 そう思うと、知らず、拾い上げた竹刀を握る手に力が入り、ふふふと笑いながら左の掌にパン、パン、と打ち付ける。

「ど、どうした佐之輔?」

 年上の弟子が、怯んだように言った。

「佐之輔も宗二郎もまだこど――若いからわからないだろうが、いずれわかる。男はそういうものだ。不実でも何でもないぞ?」

「そ、そうだぞ?その内お前らも岡場所に連れて行ってやるから。な?」

「ふふふ。お気遣いありがとうございます。別に、不実だとか思ってないですから。

 秀克!相手をしろ!」

 その背中を見送って、彼らは小声で言った。

「いや、思い切り思ってるよな?あれ、清廉だと思っていた兄がそういう所に行ったと知って、弟が怒ってるようなものだろ?」

「お子様には早かったか……」

 苛烈に打ち合う佐之輔と秀克を見ながら、宗二郎と光三郎は嘆息した。

 散々打ち合って、息を弾ませながら壁際に座り込む。

「白菊か」

「ああ。気付いたか」

「一緒になりたいのなら、何とか協力してやるぞ」

「あれとはそんなんじゃない」

「そうか」

「帰りに話す事がある」

「わかった。

 ようし。もう1本!」

 知らず、佐之輔も秀克も、笑っていた。


 稽古を終え、4人は直太朗とも合流して、宗二郎の部屋で相談していた。

「――というわけで、近々南方は身請けのための金子を調達する筈だ」

 秀克の報告に、皆が唸った。

「公金を何だと思っておるのだ。全く」

「身請けかあ。数百両でしょう?そんな大金どうやって?今は普請もないのに」

 宗二郎と直太朗は首を捻る。

「いくら何でも目立つ。しかし、今ならば目立たなくなる方法がある。佐奈様のご婚礼だ」

 秀克の言葉に、皆が膝を打った。

「なるほど。支払先もたくさんだし誤魔化しやすそうだな。例えば、50両請求するところを100両請求させて、差額の50両をいただくというやり方か」

 光三郎は言った。

「では、お仕度に利用されるお店を調べればいいのですね」

「しかし、認めるかな、店側が」

「認める店を使えばいいんじゃ?」

 ニタリと佐之輔が笑い、秀克が

「近江屋だな」

とニタリと笑い返す。

「お主ら、似て来たのう」

 光三郎が言った。


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