第5話 蛍狩り

 秀克と光三郎は、庭を眺めながら酒を飲んでいた。

「あの佐之輔は何者なんだろうなあ」

 面白そうに、秀克が言う。

「頑なに家の事は秘密にする。名前も本当の名前やら」

「そうだな」

 言いながらも、秀克の表情は柔らかい。

「大丈夫か?まあ、悪いやつには見えないが、厄介ごとに巻き込まれたら、国家老の嫡男としてはまずいぞ」

「まあ、そうなんだが、大丈夫だろ」

「何を呑気に。呑気は俺の役目だろう」

 光三郎は言って、グイッと盃を干した。

「正義感が強くて無鉄砲だが、いいやつだ」

「それは認めよう」

「先生も事情をご承知のようだ。何より……」

 光三郎は先を待った。

「何より?」

「退屈しないし面白い」

 それを聞いて、光三郎は噴き出した。

「お、お前なあ」

「ははは!」

 ホタルが、ぽおと光った。


 同じ頃、宗二郎も庭を見ながらお茶を啜っていた。

 と、襖が開いて部屋の主が入って来る。豪華な着物を着た不満そうな女の子。

「かなり絞られたみたいだね、佐奈」

 佐之輔ならぬ、佐奈だった。

 佐奈はムスッとして座ると、侍女の淹れてくれたお茶を飲んだ。冷たい玉露は、舌に甘かった。

「ばあやったら酷いんだぞ。祝言を挙げたら剣術は禁止って」

「まあ、普通はそうだよね」

「いやだ。うっぷんがたまるし、いざという時になまっていては困るじゃないか。

 それに、いつもこんな格好をしていたら動き難くてかなわない」

「いや、普通はそうだよ、佐奈。というか、どこからつっこんでいいのかわからないよ」

 宗二郎は諦めながらも言ってみた。

 佐奈がもっと小さい頃に「護身のために嗜む」ために内田の教えを受けたのだが、筋が良すぎて、内田もつい色々と教え、佐奈も楽しくて、こうなってしまった。同じ年の宗二郎が同じ頃に剣術修行を始めたのも励みになり、いいライバル兼幼馴染として今日まで来たのだ。

 あの頃はまさかここまで強くなるとは誰も思わなかったし、輿入れが決まろうという頃にもなって、男装して町を歩き、刀を振り回して厄介事に突入するとは、計算違いも甚だしい。

 着替えや汗を拭いたりするとバレるので、大きな火傷の痕があるとして、佐奈を別にしたのは内田と内儀の苦肉の策だった。

「祝言かあ」

 嘆息する佐奈に、宗二郎が訊く。

「嫌なの?」

「仕方ないとはわかってるよ。でも、どうせバカ真面目で詰まらない人に決まってる」

「決めつけなくても――でも、佐奈ほどさばけた人も少ないだろうなあ。

 でも、佐奈がお嫁さんかあ」

 しみじみと言い、噴き出した。

「嘘みたいだ。旦那さんを蹴飛ばしたりしてね」

「むっ!」

 庭で、ホタルが明滅した。


 植村直太朗は、溜め息をついた。

 どうやって父の汚名を晴らせばいいのか。何せ新人だ。覚える事があり過ぎるし、巧妙に隠された証拠を見つけるのは、新人には荷が重い。

 上役にそれとなく相談してみたが、及び腰だ。これではっきりと二大派閥の片方の長がターゲットだと言ったらどうなるか。及び腰どころか、腰を抜かして止めにかかるに違いないと直太朗は確信している。

「誰に言えばいいんだろう」

 再び溜め息をついた時、庭でホタルが光り、ついでに直太朗の腹の虫もぐうぅと鳴った。




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