第4話 白昼の押し込み強盗
秀克と光三郎は稽古が済めば、江戸屋敷の方へと帰って行く。それに、佐之輔と宗二郎も同行する。
佐之輔は事情があるらしく、どこに住んでいるとか、親が何をしているのか言わない。ただ、武士なのだろうというのはわかるし、秀克達と同じ道を歩いて来るので、どこかの藩に仕えているのだろうという事は察せられる。
しかし宗二郎は、道場の隣が自宅だ。完全に、佐之輔を送って来ているだけだ。
(この2人もよくわからないな)
そう思うが、気の合う2人だし、どうでもいいという気がした。
今日も4人揃って道場を出、ブラブラと散歩がてら、今度別の道場とする対抗戦の必勝祈願でもしようかと、神社へ寄り道したところだ。
人通りの少ない堀沿いの道を歩く。
と、前方の商家の裏口から、荷を担いだ人がたくさん出て来た。それだけならそうも怪しまなかっただろうが、先頭の1人が秀克達を見てギョッとしたように足を一瞬止めた事、彼らがあまりにも素早く無口でそれを裏口前につけた船に積もうとしている事に違和感を覚えた。
それは秀克以外の3人も同じで、ウナギでも食べに行くかなどと言っていたがピタリと口を閉じ、様子を窺った。
ふと2階に目をやった佐之輔が押し殺した声で言う。
「こいつら夜盗――昼間だと夜盗とは言わないか。押し込みだぞ」
「え!?」
宗二郎は言うのに、
「窓という窓がこの暑さだというのに全部閉められているし、あの手すりにかかっている手ぬぐいに、返り血が飛んでいる」
と答え、足を速める。
「真昼間からなんてことをしやがる」
秀克も足を速めた。
「ちょっと!?佐之輔!?ああ、また先に突っ込んで行くんだから、もう」
宗二郎が泣き言を言いながらも後に続く。
「苦労するのう」
笑いながら光三郎も足を速める。
「そこまでだ!!」
「覚悟!!」
佐之輔と秀克が刀を抜いて真っすぐに飛び込んで行った。
「チッ!やっちまえ!」
怪しいそいつらは荷を下ろし、懐から短刀を抜いて構える。
全員を残らず叩き伏せ、縛り上げ、荷を光三郎と秀克で取り敢えず中へ運び込む間に、佐之輔と宗二郎が家人の安否を確認しに中へ踏み込む。
運び出そうとしていた籠や長持ちの中には千両箱から移された小判が詰められていた。
家人も奉公人も縛られて2階に集められており、奉公人の1人が腕を斬られていた。
「大丈夫ですか!賊は捕えて縛ってありますし、荷も無事です」
佐之輔が言いながら、宗二郎と2人で、戒めを解いて回る。
「助かりました。
助松、大丈夫か!?誰か……ああ、清松!お医者様を呼んでおくれ!それと町方も!」
「はい!」
小僧が転がるように走り出て行き、女将や娘などは、抱き合って泣き出した。それを放って置いて、男達は1階に降り、賊と荷を確認した。
「良かった」
「旦那様ぁ」
大番頭と主人は喜び合い、秀克と光三郎に代わって、奉公人達で荷を運びこんで行く。
「何とお礼を申し上げればいいのか。この近江屋、商売が立ち行かなくなるところでした。本当に感謝いたします」
主人と奉公人達が、揃って深々と頭を下げた。
「たまたま、通りかかっただけだ」
秀克はそう言い、
「真昼間から、大胆なやつらだな」
と光三郎は呆れたように言った。
「裏の川に船が付けてありました。あれで運ぶつもりだったのでしょうね」
宗二郎が言うと、賊の頭はふてくされたようにそっぽを向いた。
「是非お礼をさせていただきとうございます。どうか皆様のお名前を」
それを聞いて、佐之輔が視線を動かす。
「い、いや、気にするな。当然の事をしたまでだ」
「しかし、お調べにいらっしゃる町方に説明もしなければ」
そこで、宗二郎がにこにことして言う。
「内田道場の倅の宗二郎です。この3人は門弟で、こちらの上戸さんはさる御家中の御子息、こちらの林原さんも同じ御家中にお仕えしていらっしゃいます。
まあ、若輩者ですので、あまり目立つのもいかがかと仰いますので」
秀克と光三郎は、
(そんな事は言った事は無いが……まあ、面倒臭いからそれでいい)
とそれに乗った。
「そういうわけだ、主殿」
秀克が言い、佐之輔はこくこくと頷いて、
「じゃあ我々はこれで!」
と、町方が来ない内にと引き上げにかかる。
「では。ごめん」
4人はそそくさと店を出て行った。
背後では主や奉公人達が、
「なんて奥ゆかしい方達だ」
と言い合っていたのだった。
十分離れたところで、足を止め、息をつく。
「佐之!いきなり飛び込むなって!」
「いやあ、体が勝手に。えへ」
「えへ、じゃない!」
宗二郎が佐之輔に説教を始める。
しかし、宗二郎のフォローを見れば、佐之輔のこの行動はいつもの事と嫌でも察しがつく。
「苦労してるんだなあ、宗二郎」
光三郎に優しく肩を叩かれて、宗二郎は項垂れた。
秀克は笑いながらも、考えていた。
(佐之輔の名前も、偽名かも知れないな。よほど、身元を隠しておきたいのか。
しかし宗二郎も内田先生もそれを納得済みな様子だしな。
もしや、高貴な方のご落胤という事もあり得るな)
しかし、この考えも、外れてはいないが当たりというわけでもない。その事情を知るのは、まだ当分先の事だった。
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