第3話 剣友

 板張りの道場はよく磨かれ、見所には背筋をピンと伸ばした内田が座り、打ち合う弟子達を見ていた。

「えええい!」

「とおおお!」

「おりゃあ!」

 一心不乱に打ち合う彼らの間を師範が見て歩き、悪いクセを注意したり、アドバイスを送っている。

 この内田道場は、千葉道場などに比べるまでもなく無名に近くて小さいが、活気に溢れ、皆熱心だった。

「意外だな」

「うむ」

 壁にかかった札を見ると、皆伝を許されたのは、師範、師範代、佐之輔、宗二郎の4人だ。

「若いのに、大したものだ」

 見学させてもらっている秀克と光三郎が囁いていると、稽古着に着替えた佐之輔と宗二郎が出て来た。そして、礼をして稽古に加わる。

 足運び、視線、身のこなし。

 不意に、内田が話しかけて来た。

「どうです」

「はい。活気があって、大変素晴らしい。是非、私もご教授願いたいと存じます」

「どうか、我らの入門をお許し願えませんでしょうか」

 秀克と光三郎が頭を下げようとするのを押しとどめ、

「うちは、来るもの拒まず。うちで宜しければ、どうぞ」

と笑う。

「ん?うずうずしておるような」

「はい!」

「稽古着も持参しておるな。じゃあ、是非そなたらの剣も見せてもらおうかの」

 秀克と光三郎は、案内されて着替えて行き、それを佐之輔と宗二郎は横目で見た。

「見てるだけじゃつまらなくなったんだね」

「強そうだから、楽しみだな」

「あのねえ。どうしてそう向こう見ずなのかな、佐之輔は。さっきだって」

「済んだ事だ。もう忘れたー」

「本当にもう。アザができたら困るよ?」

「宗二郎こそ、よそ見してたらたんこぶができるぞ」

 小声で言い合い、じゃれ合うように打ち合うのだが、そのスピードや勢いは遊びではない。

 やがて秀克と光三郎が着替えて現れ、一度稽古を中断すると内田が2人を新しい弟子だと紹介し、自己紹介代わりに、光三郎と宗二郎、秀克と佐之輔が打ち合う事になった。

 まずは光三郎と宗二郎の立会いを皆で見る。

 宗二郎は心配症で、自信なさそうに見える。しかし、宗二郎は相手を良く見ており、隙も相手の不意の攻撃も見逃さずに対処する。その上ちょこまかと動いて、相手はそれに翻弄されるのだ。

 光三郎はおおらかな性格が出るような剣筋で、素直で力強い。巨体から繰り出される上段からの面などは、まともに受けると腕が痺れる。

 お互いにお互いを手強いと感じて警戒していたが、宗二郎が上手く動いてどうにか制して試合が終わった。

 次に、秀克と佐之輔が向かい合い、1度打ち合って離れたが、誰からともなく声が漏れる。

「これは、また……」

 佐之輔はふわりとした構えで、打ち込まれた手をふわりふわりと春風のように受け流す。そして機と見るといきなり、突然の雷光のような素早さで打ち込んでいき、気付いたら勝負が付いている、というものだ。

 対する秀克は、冬の早朝に降りた霜の如く、静謐にそこに佇み、そして突風がいきなり吹くように剣を繰り出して行く。

 2人の剣は驚く程似ており、同時に、印象は正反対だった。

 固唾を呑んで見守る中、勝負はつかず、内田が

「そこまで!」

と声をかけた時には、どよめきのような溜め息と、知らず見入って息を詰めていた事による深呼吸がそこここで生まれた。

「不思議な剣だな」

「佐之輔、お主こそ」

 お互いに礼をし、笑い合う。

「いい剣友になれそうだ。よろしく頼む」

「こちらこそ」

 その後は出会った相手ととにかく打ち合う乱れ試合となった。自己紹介代わりというわけだ。

 それを経て、彼らは一門の仲間となった。


 稽古の後は、内儀の稲荷寿司と甘酒、日本酒とで歓迎会となった。

 佐之輔は甘酒、秀克は日本酒だが、秀克はザルというかワクらしく、全く酔わない。光三郎は気持ちよく飲んで食べ、宗二郎は乾杯の1杯の後はお茶だ。

「そうか。上戸は祝言が決まったのか」

「結構ではないか。部屋住みの俺には縁のない話だ」

「めでたい。まあ、飲め!」

「気に入らん嫁だったら、跡継ぎの子供だけ作って、念弟でも持てばよかろう?」

 酔っぱらった彼らは、上機嫌で好きな事を言う。

「念弟ですか。

 そう言えば、佐之輔などはそういう誘いがありそうだ」

 ふと秀克が言い、宗二郎はお茶を噴いた。

 当の佐之輔はケラケラと笑う。

「私は背中から膝上まで火傷の痕がある、そう言うと向こうが離れてくれますので」

「すまん。悪い事を聞いた」

「気にしないでください」

「のの飲んでますか?秀克、酔ってないじゃないですかあ」

 宗二郎が言って、酒を注ぐ。

「こいつ、強いんだよなあ」

 光三郎が言うと、

「よし。飲み比べだ!」

と誰かが言い出し、急遽飲み比べ合戦が始まった。





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