第6話 襲撃

 つつつっと立木の間に入り込み、辺りを見回してからなまこ塀の一部を押す。すると、この間の台風で空いた穴がポッカリと現れた。どうにか体を横にすれば通れるくらいの亀裂である。そこを通って外へ出ると、欠片をまたはめ込み、何食わぬ顔で佐之輔は歩き始めた。

 ほんの数歩進んだ時に、背後の角から秀克と光三郎が現れ、

「おう!佐之輔ではないか」

と声をかけ、片手を上げる。

「おはよう!」

 佐之輔は笑って、返事をした。


 秀克と光三郎は道場へ向かうべく屋敷を出た。

「一雨来そうだな」

 言いながら角を曲がった時、佐之輔が見えた。

「ん?おう!佐之輔ではないか」

 光三郎が片手を上げると、向こうもちょっと驚いたような顔をしてから、

「おはよう!」

と笑った。

(本当にこの辺か?にしても、ここに立っていたのか?)

 武家屋敷の並ぶこの辺りは長い壁が続き、ここにこのタイミングで会うならば、屋敷を出た時に姿を見かけていてもいいんだがな。

 それとも走って行きたとか?そうも見えないが……)

 秀克は顔には出さずにそう考えた。

(気になるやつだな)

 いきいきとよく動く表情で光三郎といつ降るかと予想し合っている佐之輔を見ながら、秀克はそっと口の端を上げた。

「ん?どうかしたか?」

 佐之輔がキョトンとする。

「いいや。今日はどんな打ち込みをしてやろうかと思ってな」

「フフフ!私も色々考えたぞ。必殺剣!」

「必殺剣?ほう。どういうものだ?」

「グルグルと剣先を回して小声で子守歌を歌う」

「……」

「すると相手は眠くなって――」

「来ないだろうなあ」

「来ないな」

 光三郎も秀克も即否定し、佐之輔は肩を落とした。

「だめかあ」

 想像して、秀克は笑い出した。

「本当に飽きないなあ、佐之輔は」

「全くだ」

 曇天の空を憂えていた事も忘れ、笑いながら道場へと向かった。


 雨は降りそうで降らず、ただただ湿気で蒸し暑い。

「降れば涼しくなるのに」

「でも、家に着いてからにして欲しいよね」

 朝のメンバーに宗二郎を加えた4人で歩いていると、何やら、1人の若侍を4人の浪人が囲んでいるのが見えた。

「何だろう?」

 佐之輔は、そう言った時にはもう走り出している。

「あ、待てって、佐之!」

 慌てて宗二郎が後を追う。

「本当に、飽きないな」

「先に走り出すところがなあ。放ってはおけん」

 秀克と光三郎も、足早に後を追った。

「待て!何があったかは知らぬが、4人がかりで1人を襲うのは卑怯であろう」

 囲まれていたのはまだ10代かと思われるような若侍で、青い悲愴な顔で刀を構えていた。

 浪人達は無言で刀を構えていたが、彼らは余裕しゃくしゃくという顔付きだ。ちらりと目配せをしあうと、

「きえええい!」

と声を上げ、上段に構えた刀を振り下ろした。

「あああ、だから言わんこっちゃない!」

 宗二郎がおろおろと言いながら、抜き放った刀でがら空きの胴を斬る。それでその浪人は膝をついた。

 同時に突きを放って来ていたもう1人は、佐之輔の居合術で腕を斬られ、刀を取り落としてよろよろと後退している。

「刀を納めよ」

 佐之輔が言うと、残りの浪人は少し迷うように視線を交わし合ったが、秀克と光三郎が合流するのを見て、踵を返した。

 斬られた2人も、死ぬ程の傷は負わせてはいない。ヨタヨタと後を追って走り出した。

 それを見て、皆は襲われていた若侍を見た。ケガはなさそうだ。こういう事は初めてなのか、青い顔をしており、刀を指が白くなるくらいに握りしめている。

 羽織も袴も刀の鞘も、そう高価そうにも見えないが、貧窮している風ではない。

「もう行ったぞ」

 佐之輔が言うと、ハッと思い出したように刀を見て、慌ててそれを鞘に納めようとしたが、手が小さく震えていて、時間をかけてようやく収まった。

「あ、ありがとうございます」

「気にするな」

 佐之輔が笑う。

「私は、本宮家家中の者で、植村直太朗と申します」

 若侍が言うと、佐之輔と宗二郎は何とも言えない顔をして、視線を交わし合った。

「大事がなくて何よりだな。我々も本宮家家中の者で、俺は林原光三郎。こっちは上戸秀克」

 光三郎が笑って言い、何か言いかけた様子の直太朗に、秀克が訊く。

「家臣の数は多い。顔を知らぬ者の方が多いよな。それより何があった?ぶつかったとかそういう手合いか?」

 それで直太朗は、縋り付くような目をして、

「父の無実の証拠と真犯人を調べようとしておりましたら襲われました。上戸様、林原様。どうかお力をお貸しください!お願いいたします!」

と言うや、深々と頭を下げた。

「父の無実?」

 真面目な顔で聞き返す佐之輔に、秀克が思い出したように言う。

「では、今日はここで。

 植村。家中の話だろう。中で聞こう」

 それで直太朗もはっとしたらしい。よそに不祥事の話がもれたら、場合によっては、家の恥というだけでは済まず、改易、おとり潰しなどという沙汰につながる可能性もあるのだ。

「はっ、これは、申し訳ありません!」

 焦って、まず赤い顔に、続けて青い顔になって頭を下げる直太朗だったが、光三郎が磊落に笑った。

「ははは。そうかしこまるな。ほら、立った立った」

「佐――佐之輔。帰ろうか。送るから」

 言う宗二郎に、佐之輔が真面目な顔をして答える。

「仔細を話して欲しい。事情は言えぬが、私は本宮家ゆかりの者であり、無実で裁かれた家臣がおるというのならば、看過するわけにはいかぬ」

 秀克、光三郎、直太朗は顔を見合わせ、宗二郎は溜め息をついた。

「仕方ないなあ。

 秀克、光三郎、植村殿。その点については、私も父上も必ずその通りだと保証しよう。ただ、これ以上の詮索はしないでもらいたいんだけど」

 気弱気ながらも強い光をたたえた目でそう言われ、秀克は頷いた。

「いいだろう」

「おい、秀克」

「構わん。もしこれが漏れたりしたら、俺に見る目が無かったという事。腹を切ってお詫びする。

 とにかく、静かな所へ場所を移そう」

 5人はそそくさとその場を離れた。




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