第8話 ゲーム 08

 2人は互いに言葉を発さなくなった。


 逢坂が、生野の反応を待つようにしてジッと見つめる。生野もまた逢坂の真意を捉えようと見返している。


 このままにらみ合いが続くかと思われたが、根負けしたのは生野の方だった。


「……あり得ないわね。そもそもこの中にリドルがいるという考え自体がどうかと思うわ」


「どうして、ない――と思うんですか?」


 生野は、ふぅとため息を付く。


「じゃあ聞くけど、もしこの中にリドルがいるのだとしたら、最初のルール説明をやったのは誰? ――っていう疑問が残るわよね?」


「たぶん録音です」


 逢坂は何の迷いもなく即答する。


「あのときの状況を思い出してみてください。リドルは一方的にルールの説明をするだけで、ボクたち7人の誰とも会話しなかったんですよ。それなら、録音でも十分可能だと思いませんか? それに、生野さんは記憶力がいいと言っていたので覚えていると思うんですが、リドルはルール説明の中で『この部屋』という表現を何度か使っていたんですよ。おかしいですよね? だって、リドルから見たら、になるはずなんです。じゃあどうしてこの部屋なんて言ったのか。考えられる理由は、最初からリドルがこのゲームに参加することは決まっていて、そのことを想定してルール説明を録音したから誤ってこの部屋と言ってしまった……どうですか?」


「ふぅん。……だとしても、何かしらの方法で音声を再生させないといけないわよね?」


「たしかに、誰かが再生ボタンを持っていてそれを押した可能性はあります。けど、持っていなくても可能なんです。例えば、どこか別の場所で予め録音しておいたものを再生しておく、最初の10分くらいを無音にしておけば、タイミングよくルール説明の音声が流れる……こんな感じです。そして、ボクたちの中で1番最初に目を覚ましていた生野さんになら、時間調整も可能ですよね?」


 生野が胸の前で腕を組んで、鼻で笑った。


「単なる偶然でしょ……それだけで私をリドル扱いするのは無理があるんじゃないかしら?」


 高圧的な態度に、逢坂は怯むことなく反論する。


「それだけじゃないですよ。これまでの生野さんの行動には、いくつか不思議なところがあるんです」


「……聞きましょうか」


 生野は肩にかかった髪を払い、眼鏡をクッと上げて、挑戦的な態度で逢坂の次の言葉を待った。


 そして、逢坂は自らの推理を展開した――


「まず気になったのは、最初に生野さんが机の引き出しを開けたときです。あのとき、生野さんは何の迷いもなく上から3番目の引き出しを開けました。普通、あのタイプの机の引き出しを空けろと言われたら、中央の引き出しか、右の1番上か1番下のどれかから開けようとすると思うんです。

 そして次は、おじいさんが答えを入力しようとしたときのことです。おじいさんが答えを入力するとき、エンターキーを押さずにボクたちのところに戻ってきてしまいましたよね。そのときは生野さんが変わりにエンターキーを押しに行った。だけど、間違った答えを入力したら眠ってしまうことがわかっていたはずなのに、なんの躊躇いもなくエンターキーを押すなんて普通できませんよね。それができたのはたぶん……自分は絶対に眠らいってわかっていたからじゃないですか?」


 逢坂はそこで生野を伺った。


 黙って話を聞いていた生野は特に焦った様子もなく、


「偶然でしょ……どれも、私がリドルであるという証拠にはならない」


 そう反論した。


「たしかに、偶然と言ってしまえばそれまでです。だけど、すべてを偶然で片付けるには厳しいと思いますよ。それに、エンターキーを変わりに押したときなんて、生野さんは事前に『エンターキーを押さないと答えを入力したことにならない』って発言してたんですよ。これって、その事をちゃんとわかってたってことですよね」


「そうだったかしら」


 生野は肩をすくめた。


「じゃあ生野さんは、パソコンの画面に文字を打ち込むところまでが答えを入力することを意味していて、エンターキーを押すことは関係ないと考えてるってことでいいですか?」


「ええそうね。だって、現に私は眠っていないでしょ? ……これが何よりの証拠よ」


「そうですか。……残念ですが、今の発言でまた1つ矛盾ができました」


 逢坂はどこか悲しそうな表情で生野を見つめた。


「矛盾ですって?」


 眼鏡の奥の切れ長の目をより細めて逢坂を睨みつけた。

 

「角田さんが答えを入力しようとしたときのことですよ。あのとき、生野さんはこう提案しました。角田さんを残すために乾さんに答えを入力させようって」


 生野は逢坂がこれから何を言おうとしているのかを察したようで、表情を強張らせた。


「そのとき、生野さんはパソコンに答えが打ち込まれている状態で、エンタキーだけを乾さんに押させようとしました。これって、さっきの発言と明らかに矛盾してると思いませんか?」


「…………」


 生野は下唇を噛み押し黙る。


「おじいさんのときは、生野さんがエンターキーを押したらおじいさんが眠った。なら、答えが打ち込まれた状態で、乾さんに無理やりエンターキーを押させても、眠るのは乾さんではなく角田さん――ということになりますよね」


 押し黙ったままの生野は、絞り出すようにして、


「そう、ね……たしかに発言と行動が矛盾していたことは認めるわ。けどそれは、焦っていたから……忘れていただけよ」


「そう言うしかないですよね。でも――」


 話を続けようとした逢坂の言葉を遮るように、生野がパンと手を叩く。 


「はい! この話はこれで終わりよ。そろそろ時間が迫ってきてるから、答えを考えないといけないでしょ」


 タイマーの数字は残り時間は30分を切っていた。


「大丈夫ですよ。すでに答えは見つけてますから」


 そう言って、逢坂は立ち上がってパソコンが置かれている机の前に立った。


「すでに見つけているですって!?」


 生野は驚きながら立ち上がって、逢坂の傍に移動した。


「そうです、すでに答えを見つけているからさっきの話をしたんですよ。もし答えを見つけてなかったら、そんなことしてる余裕なんてないですから……」


「それで、どんな答えを出したのかは聞かせてもらえるのよね?」


 逢坂はしっかりと頷いて、


「答えは『こびと』です」


「こ……びと、って。こびと?」


 逢坂がはいと首肯する。


「ちょっと待って……どうしたらそんな答えが出てくるの?」


「それに気が付いた切っ掛けは、乾さんの学生証と生野さんの言葉です」


「学生証に……私の言葉?」


 生野は首を傾げた。


「あのとき、生野さんは乾さんの名前は『さちこ』とも読めるし『しょうこ』とも読めるって言いましたよね。ボクは事前に名前を聞いていたから『さちこ』と読んだ。だけど、それを聞いていなかったら、たしかに悩むかもって……それで気付いたんです。この問題の中にも、ができるものがあることに」


 言われて、生野が問題用紙に視線を落として、


「ああ、なるほど……そういう答えの出し方もあるのね……」


 と、小さく声を漏らした。


「じゃあ、答えを入力しますね」


 逢坂が、パソコンに向きを変え答えを入力する――かと思われた瞬間、再度生野の方を向いた。  


「そう言えば、もう1つ、ボクたちの中にリドルがいると思った理由があるんです」


「またその話」


 生野が深い溜め息をついた。


 やれやれといった様子を見せる生野を気にすることなく、逢坂が話を続ける。


「リドルが言っていた『しかく』。あれってもしかして、暗殺者を意味する『刺客』のことだったんじゃないかなって思うんです。刺客に惑わされるな……つまり、ボクたちの中に紛れ込んでいる敵に惑わされるなって意味です」


「ないわね。どうして、敵がいることを自らバラすようなことするのよ、おかしいでしょ。――とにかく、さっさと入力しなさい」


 生野に促され、逢坂はパソコンの方に向きを変えて答えを入力した――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る