第7話 ゲーム 07

 角田が倒れ込む姿を見届けたあと、生野は無言で仰向けになった角田に近づいて上体を起こした。それから、脇の下に手を入れて、そのままズルズルと部屋の隅に引きずって行く。


 角田を運び終えると、「ふう!」とわざとらしく息を吐いて、肩を怒らせながら乾のもとへ近づく。


 その様子を見て逢坂は何かを察したのか、慌てて生野に近寄っていく。


「ちょっとあなた! いい加減に――」


「う……うぅぅ」


 生野が横になった乾の肩に手を触れようとして前屈みになると、乾が小さなうめき声を上げた。


「え!? ちょっと、もしかして具合が悪いの? 横になってるのってそういう理由?」


 生野は一転して心配そうな表情になった。


「うぅぅぅ……わかったああぁぁぁぁ!!」


 大声を発しながら乾は勢いよく起き上がる。


「きゃぁ!」「うわっ!」


 驚いた生野が尻もちを付いて、すぐ傍まで来ていた逢坂にぶつかった。


「ちょっと! いきなり何なのよ……もう……」


 生野が臀部をさすりながら立ち上がって、突き飛ばしてしまった逢坂に手を貸して立ち上がらせた。


「なにって? ふっふっふ……わかったんだよ、答えがっ!」


 乾は驚かせてしまったことに対して悪びれる様子もなく答えた。


「なっ!? 嘘でしょ!? あなた寝てただけじゃない!」


 生野が再び表情を険しくさせた。


「嘘じゃないよー! 寝ながら考えてたんだよー!」


「と、とりあえず答えを聞いてみましょう?」


 逢坂が2人の間に入って、生野を諌めながら言った。


「そう……ね、わかったわ。答えを聞きましょうか」


 乾は2人の冷ややかな視線を浴びながら、ゆっくりと立ち上がって人差し指を立て高く掲げた。


「ズバリ! 答えは簡単なのです!」


 場が静まり返った……


「……で、何? さっさと言いなさいよ」


「だーかーらー。か・ん・た・んって入力するのー!」


「え?」「はあ?」


 絶句する2人をよそに、乾が笑顔で語る。


「あたしさ、思ったんだとね! リドルがなぞなぞがどうのって言ってたときに、答えはカンタンだって言ってたでしょ? だったらさ、そのまま答えはカンタンなんじゃないかなーって……」


「たしかに言ってたわね」


「でしょでしょ!」


「ただそれだと、これはどう説明するのかしら」


 生野が問題用紙を手に持ってヒラヒラさせた。


「んー?」


 乾が目を瞬かせ、首をかしげた。


「『んー?』――じゃなくて、この問題を解いてないでしょ!? あなたの答えが正解なら、この問題用紙は一体何だったのってことになるでしょ!?」


「えーっと、それは……」


 乾が答えに窮すると、


「もしかしたら、説明できるかもしれません」


 逢坂が横からフォローを入れた。


「どういうことかしら?」


 生野の鋭い眼光は、どうしてあなたが答えるのと言っているようだった。


「えっと、うろ覚えなんですけど……たしか、リドルってルール説明をしたときにこの問題を解けなんて一言も――」


「ちょっと!」


 逢坂が言い終わる前に、生野が遮る。その目は余計なことを言うなと語っていた。


「――あ」


 逢坂が慌てて両手で口をふさぐもすでに遅く。


「やっぱりそうでしょ!? 言ってないもんね! それにねー、耳から入ってきた情報で答えを見つけたんだから、見た目に惑わされてもいないでしょ!」


 乾は、水を得た魚ののように生き生きとしていた。


「はぁ……わかったわ。あなたがそう思うんなら入力してきなさい」


 生野が投げやりな態度を取る。


「心配しなくても大丈夫だよ、正解してるからー」


 そう言って、乾は軽い足取りでパソコンの前に立った。


「どこからその自信が湧いてくるのかしら」


 生野が呆れて額に手を合て頭を左右に振った。


「あ、そうだ!」


 画面を遮るようにしてパソコンの前に立った乾が、振り返って生野を凝視する。


「ここを出たら謝ってもらうからね」


 生野が何の話か理解できず首を傾げる。


「あたしのこと役立たず扱いしたでしょ。聞こえてたんだからね、さっきの会話」


 乾の物言いに、生野がバツが悪そうに顔を背ける。


 そして、乾はパソコンに向き直り答えを入力した。


 だがしかし、乾の期待も虚しく、パソコンは5度目の警告音を発した……


「うそ!? なんで!? なんでよー!! ――ヒッ」


 乾は地団駄を踏んだかと思うと、首元を押さえ、そのまま床に音を立てて倒れた。

 彼女が倒れた後のパソコンのモニターには『Error』の文字が表示されていた。


 ゲーム開始から約2時間、残りのプレイヤーは2人になっていた……


 …………


「えっと……すいません。ボクが余計なことを言ってしまったから……」


 逢坂が申し訳なさそうに言うと。


「気にしなくていいわよ。最初から彼女のこと当てにしてなかったから」


 生野は眠ってしまった乾のもとへと歩み寄って、彼女を抱きかかえた。


「意外と軽いわね……」


 そのとき、乾のポケットから何かが落ちたが、生野はそれに気づかず、乾を部屋の隅へと運ぶ。


 落ちた何かに気がついた逢坂が、パソコンの前まで行ってそれを拾い上げた。


「あの? 落ちましたよ、これ」


 逢坂が手にしたそれを掲げる。


「なに、それ?」


 逢坂は掲げていた手を下ろして、じっくりと見た。


「えっと……い、ぬ、い、さ、ち、こ……学生証ですね」


 生野が逢坂の手元を覗き込んだ。


「ふうん……でも、そのだと『さちこ』じゃなくて『しょうこ』かもしれないわよ」


「え!? さっき、自己紹介しましたよね?」


「わかってるわよ。だだ、そう読めるってだけよ」


「とりあえず返したほうがいいですよね」


 逢坂が学生証を生野に手渡そうとする。


「私のじゃないわよ」


「はい、わかってます。返してきてくださいっていう意味です」


「自分で行きなさいよ」


「え!? い、いくらなんでも女の人の服のポケットに手を入れるなんてできませんよ!」


 逢坂が顔を赤くして早口になった。


「ああ、そういうこと。気にしなくてもいいと思うけど……子どもなんだから……」


 そう言いいながら、生野は逢坂から学生証を受け取って、乾のもとへ向かった。


「そういえば、名前の読み方って言うと、ボクにも思い当たることがあるんですよね」


 そう言うと、逢坂はその場にしゃがみこんで自分の問題用紙にペンを走らせる。


 戻ってきた生野がそれを覗き込んだ。


「どうしたのよ。急に」


「これ、ボクの名前なんですけど、こう書くんですよ」


 自分の名前を書き終えた問題用紙の裏には、大きく『逢坂大和』と書かれていた。


「見てください。ボク名前は、『おうさかひろかず』です。だけど、逢坂は『あいさか』、大和は『やまと』とも読みますよね。実際にそうやって間違われることもあるんですよ。特に『大和』にいたっては、所見だとほぼ間違えます」


「ふぅん。そんなことより次の答えを考えましょう。幸い時間は結構あるみたいだし」


 生野があまり興味なさそうに言って、タイマーに目を向けた。


 逢坂は、自分の話に興味を持ってもらえなかったのが悲しかったのか、複雑な表情でタイマーに目を向けた。


 タイマーの表示は『01:24』。残り時間はおよそ1時間半。


 生野は5人が眠っている傍まで移動して腰を下ろた。


 逢坂は扉の近くの壁際に座って問題用紙をじっと見ていた。時折、問題用紙に何かを書き込んだり、生野の方を見たりしていた。


 …………

 

 20分ほど経過し、残り約1時間となった頃。


「リドルって、何が目的なんでしょうね?」


 逢坂が何の脈絡もなく言う。


「なに? ……急に」


 俯いていた生野は、顔を上げて逢坂の方を見た。


「いえ、その……リドルって、ボクたちにゲームをやらせて何がしたいのかなって思って……」


「その話って、重要なことかしら? それよりも答えを見つけるほうが先よ」


 生野は逢坂の話に乗ろうとせず冷たくあしらおうとする。。


「答えを見つけるのは重要ですけど、次は1人になっちゃうんですよ? だからこういう話って、もう今しかできないと思って……」


「そう……ね」


 その言葉を賛同と受け取った逢坂は、さっきの質問を繰り返した。


「どう思いますか? リドルの目的」


 生野は顎に手を当てて逡巡して。


「殺すこと……かしら」


「そうでしょうか?」


「どういうこと?」


 生野が訝しんで逢坂を見た。


「もしそうなら、『7人の中で誰か1人でも正解できたら全員出られる』ってルールにするのはおかしいと思うんですよね。だって、殺すことが目的なら、間違えた答えを入力した時点で死ぬ……そういうルールにしてもよかったと思いませんか? さらに言えば、わざわざ閉じ込めてゲームなんかさせなくても、そのまま殺しちゃえばよかったわけですし……」


「それじゃなに? ……私たち全員が間違った答えを入力するか、タイムオーバーになっても誰も死なないってこと?」


「そ、そうは言いません!」


 逢坂が目の前で手を振って、慌てたように否定する。


「ただ、リドルにとってボクたちを殺すことはついで――と言うか、結果なんだと思うんです」


「それで……リドルは私たちに何をさせようとしているというの?」


「たぶん――これを解かせることが目的なんじゃないかと……」


 逢坂は問題用紙を手に掲げる。


「問題を解かせること……ね。――で、それになんの意味が?」


「ボクは、ボクたちが問題を解く様子を誰かに見せたいんじゃないかなって思ってるんです」


 逢坂がその視線をパソコンとは反対側の壁上方に向ける。そこにあるのは監視カメラだ。

 

「あのカメラはリドルが監視するためのものでしょ?」


「たぶん、違うと思います」


 逢坂はカメラに向けていた視線を生野に向けた。生野もまた逢坂に視線を向ける。


「えっと……。なにが言いたいかと言うと、リドルって……実はボクたちの中にいるんじゃないかってことです」


 生野が睨むような目つきになって、


「それはつまり、私かあなたのどちらかが――いいえ、自分で自分がリドルだとは言わないわよね。つまり、私がリドルだって言いたいのかしら?」


 逢坂が首を左右に振る。


「いいえ、すでに脱落した5人の中にリドルがいる可能性も十分あります。さっきも言いましたが、間違えた答えを入力した時点で死ぬというルールにしなかったのは、最初の方で間違った答えを入力して脱落することを想定してのものかもしれません。最初に脱落してしまえば、ボロを出す心配もありませんしね」


 逢坂が真剣な眼差しで生野を見つめ、


「ただ、その事を想定しているからといって、必ずしも想定どおりに事を運ぶとは限らないわけで……」


 逢坂が言い淀む。


「なに? どうかしたの?」


 そんな逢坂に生野が声をかけると、


「やっぱりボクは、生野さんがリドルなんじゃないかと思ってます――」


 そう、はっきりと宣言した。

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