第6話 ゲーム 06
4人はあれこれと議論を重ねたが、これといった成果は得られないでいた。
そして、車座になっていた4人は、ひとり抜け、さらにまた抜け……といった具合に散り散りになっていった。
角田は扉の近くでの近くで壁に背中を預けて立ち、問題用紙をじっと見ていた。
生野は答えを間違えて眠ってしまった3人のそばで壁に背を預け横座りしていた。
逢坂はずっと部屋の中央に座って、時々思い出したかのように問題用紙に何かを書き込んでいた。
乾はそんな逢坂の直ぐ側で、逢坂に背中を向ける形で寝転んでいた。
…………
次に動きがあったのは、残り時間が約1時間ほどになった頃だった。
「ねえ、お腹空かない?」
乾が逢坂に背中を向けたまま言った。
「え!? えっと……そんなこと言われても……」
そう言いながら、手にしていたペンを置いて制服のズボンをあさりだす。そうして取り出したのは、包装された飴玉だった。
「あ! あの、よかったらこれ……」
「なに!? なんかあったの!?」
乾は勢いよく体を起こして逢坂の差し出す飴玉を見る。
「これって……アメ? もらっていいの?」
逢坂が「どうぞ」と言うと、乾は、獲物を捉えるカメレオンの舌のような素早い動きでアメを取った。包を解いて中身を口に放り込むと、その包を手を差し出した状態のままになっていた逢坂の手の上に置いた。
「…………」
逢坂は手の上のゴミを無言で見つめ、納得いかなさそうな顔で制服のポケットの入れた。
「それにしてもよくアメなんて持ってたね?」
「なんか、たまたまポケットに入ってたんです。……あ! でも、たまたまじゃないかも!?」
「どうゆうこと?」
そう尋ねられると、逢坂は目線を上に遣って、なにかを思い出しながら語り始めた。
「えっと……ボクはここに来る前って、たしか塾の帰りだったんですよ。勉強で頭を使うからって理由で、塾に行くときはいつもお母さんがアメを持たせてくれるんですよ。だからそれがずっと入っていたのかも」
「ふーん。あれだね、君ってすごく真面目そうな顔してるけど、フリョーだったんだね」
「ええっ!? なっ、なんで……ですか?」
「学校にお菓子持ってたら駄目なんだよ」
「いや……学校じゃなくて塾――」
「でも、今回はそのおかげでアメが食べれたからゆるすよー」
乾は逢坂の頭を撫でると、再び背中を向けて寝転がった。
「……よく、わからないです……」
逢坂は乾の背中を見ながら呟いた。
…………
「ポケット、か……」
逢坂と乾のやり取りを見ていた角田が呟きながらズボンのポケットに手を入れた。
ポケットから出した手には何かが握られていた。
「それって、ドッグタグよね?」
反対側で座っていたはずの生野はいつの間にやら角田のそばまで来ていた。そして、角田の手にしているものが気になったのか、声を掛けていた。
「ん? ああ……」
「やっぱり、見た目どおり軍人なのね」
「いや、俺は軍人ではなく傭兵だ」
そう言って、角田がドッグタグをポケットにしまう。
「それにしても……不思議よね」
生野が角田の前に立ち、眼鏡をクッと上げて、確かめるようにしてその体を舐めるように上から下、更に上へと視線を動かす。
「どうした、急に」
角田が訝しがると、
「だって、あなたその体格なのに、どうやってここまで連れてこられたのかなって思って。しかも、傭兵なんでしょ?」
「おいおい、傭兵だからって完璧超人なわけじゃない。それに、俺を運んだ奴が俺を超えるレベルの超人の可能性だってあるだろ?」
「たしかに……その可能性もあるわね」
「ああっ――! あたし重要なことに気付いたかも!」
唐突な乾の叫びに、生野と角田は同時に驚いて、乾に視線を向ける。
「重要なことってなんですか!?」
すぐ側にいる大和が振り返った。
「あたしたちってさ、まだ自己紹介してなくない?」
乾を見る3人の目が点になっていた。
「重要なことって……それですか?」
「そだよ」
乾があっけらかんと答えた。
「却下」
生野の冷たい声が響いた。
「えー、なんでよー」
乾が頬を膨らませると、生野は気にせず「時間がもったいないでしょ」と、あしらうように言い捨てた。
「まぁ、答えとは関係ないかもしれんが、そこまで目くじらを立てることもないだろ。それに、名前を言うだけなら大して時間は取らないさ。――ちなみに、俺は
「えっと、
「
最後に残った生野に3人の視線が集まる。
「そうやってだんまりを決め込んでると、それこそ時間を浪費するだけだと思うがな」
角田が促すように生野に向かって顎をしゃくった。
生野は観念して深い溜め息をついた。
「はぁ……
「うんうん! 満足満足!」
乾が無邪気な笑みを浮かべた。そして、その言葉どおり満足したのか、再び背中を向けて横になってしまった。
乾以外の3人が顔を見合わせると、同時に深い溜め息をついた……
…………
室内は再び静寂に包まれていた。
そんな状態がしばらく続いて、残り時間が20分を切った頃に、角田がパソコンに向かって行き、その前で立ち止まり腕を組む。
一体何をするのかと、逢坂と生野の視線が角田に向けられた。乾は気が付いていないのか、床に横になったまま視線を向けようともしていなかった。
「これしかない……か」
角田が呟いて、キーボードを操作し始めた。
それを見て、生野が慌てて止めに入った。
「ちょっと待って! 何をする気なの!?」
生野が角田に駆け寄るのを見て、逢坂もそれに倣った。乾は床に横になったまま動こうとしなかった。
「まさか、何も言わずに答えを入力するつもりなの!?」
「そんなことはしないさ。まあ……これを見てくれ」
角田がパソコンの前から離れると、
「こういうのはどうだろう?」
パソコンの画面には、『全員』と表示されていた。
「なに……これ?」「え?」
それを見た2人は首を傾げ疑問符を浮かべる。
「何って、俺の考えた答えだが……」
生野が、はぁと小さく息を吐いて額に手を当てる。
「答えって……答えになってないわよ。全員ってことはつまり7人ってことよね? それってさっきのおじいさんと同じ答えじゃない。それに、この問題は14分後に生きている状態のこびとの人数を聞いてるのよ。答えが数字じゃないってどういうことよ!」
角田はわざとらしく咳払いをする。
「まあ聞いてくれ。まず、なぜ数字じゃないかについてだが……例えば、『1+1=』と聞かれたらなんて答える?」
「バカにしてるの!? 2でしょ!」
生野が眉間にしわを寄せた。
「うん、まあ、普通はそう答えるよな。ただし、今の答えは単純に計算しただけに過ぎん。だが、これが“なぞなぞ”だったら答えはどうなる?」
角田が再度質問する。
「どういう、ことよ?」
生野が怪訝な表情で角田を見る。
「えっと……『田』ですよね、田んぼの……」
生野がなかなか答えを言わないのを見て、逢坂が代わりに答えた。
「ああ、そうだ」
「じいさんが――いや、正確にはリドルが、これはなぞなぞだと言っていたんだよな? なら、この問題はなぞなぞ的な答えの出し方をするのが正解なんじゃないかと考えたわけだ」
「だから、それに気が付いたおじいさんが『7人』という答えを導き出したんでしょ」
「たしかにそうだが、リドルはこうも言っていたはずだ『正しい答えを入力しろ』とな」
「なるほど!」
逢坂がポンと手を叩いて、
「このなぞなぞには複数の答え方があって、その中で正しいものを入力しろってことですね!」
角田が「ああ」と頷いて同意する。
「ちょっとまって。それって卑怯じゃない?」
「でも、なぞなぞってそういうものですよ。――有名なものだと『パンはパンでも食べられないパンは?』ってのがありますよね? フライパンって答えが定説になってますけど、正直それが唯一の答えとは限らないじゃないですか。短パンとか活版とかだって正解ですよね」
「あなた……よく活版なんて言葉知ってるわね……」
生野はそう言うにとどまり、特に反論することはなかった。
「逢坂の言うことももっともだが、俺がこの答えに至ったのにはもう1つ理由がある」
そう言って、キーボードを指差した。
「キーボードがどうかしたの?」
生野がキーボードをチラリと見遣る。
「こいつにはテンキーが付いてない」
「まさか――! テンキーがないから答えは数字じゃないとか言うつもり!?」
生野の角田を見る目が険しいものになる。
「ああ……そのまさかだが」
その表情は真剣そのものだった。
「でも、テンキーがなくても数字は入力できるわよね? 現に最初3人は数字を入力してるんだから」
「まあとにかく、数字じゃなくてもいいと思った理由は以上だ。それに、『全員』という答えにはちょっとした裏技もあるしな」
「裏技……?」
逢坂が首を傾げる。
「さっきも言ったが、これはなぞなぞだ、そしてこの問題文には舷に垂れるロープにしがみついたこびとに関する情報しか出ていない。だが実際は操舵士がいて、そいつを含めれば8人になる可能性もある。ほかにも乗組員がいる場合、答えは9、10と増えていくことになるが、こびとが何人いようが全員と答えればそれが正解になる。だろ?」
「まさか!?」
生野は驚愕した。
「問題用紙に出ていない情報を汲み取る事が前提なんて、いくらなんでも理不尽だわ!」
「じゃあ聞くが、『1+1=田』は理不尽じゃないといえるか?」
「うっ――」
角田の言い分に生野は言葉を詰まらせた。
「それにな、俺がガキの頃、耳にしたなぞなぞにはこういうのがあってだな。『夜行バスに14人の予約が入った。しかし、当日になってバスに乗った客は2人少なかった。キャンセルがあったということでバスはそのまま発進した。じゃあ、今バスに乗ってるのは何人か?』ってな」
「引っ掛けですね。みんな騙されて12人て答えがちだけど、実際は運転手を含めて13人ってことですよね?」
逢坂が自信に満ちた表情で答えると、角田がふっと笑みをこぼした。
「いいや、大抵のやつが12人か13人と答えて間違えるのさ。実際の答えは14人だ」
「え!? なんでですか!?」
「それはな……こいつが夜行バスだからだ」
それを聞いても、逢坂には何を言っているのかわからないようだった。対して、生野はなるほどと声を発した。
「夜行バス……つまり、2人体制ってことね。なかなかいい問題だけど、子どもに出題する問題としては難易度が高い気がするわね」
「たしかにな」
角田が理解できていない逢坂に夜行バスの仕組みを教えると、へぇと感嘆の声を上げた。
「とにかく俺が言いたいのは、船という情報が出ているのだから、少なくとも操舵士がいてもおかしくないだろうということだ。だからといって、じゃあ8と答えればいいのかというとそういうわけでもない。なぜなら、もっとほかにも乗組員がいる可能性もあるからだ……」
角田は「ふぅ」と呼吸を置いて、
「……とは言え、俺もこの答えが絶対に正しいと思っているわけじゃない」
「え……? だったらどうして?」
逢坂が尋ねると、角田は「あれだ――」と上方のデジタルタイマーを指差した。
「残り時間はもう15分を切ってる。このまま時間を無駄にして、解答権を残してタイムオーバー……なんてことになったら、彼らに申し訳ないだろう」
そう言って、部屋の隅で眠っている3人に視線をやった。
「つまり、時間を延長するために犠牲になるってこと?」
「ああそうだ。だからといって滅茶苦茶な答えを入力するつもりはない。この答えが今の俺が絞り出せる精一杯ということだ……」
そう言いいながら角田は指をエンターキーに伸ばした。
「待って!」
エンターキーを押そうとする丸太のような腕を生野が両手でつかんで止めた。
「ん? 何を?」
「たしかに残り時間は15分を切ったわ。それに、時間を延長するために犠牲になろうというあなたの考えも理解できる。でもね……あなたが犠牲になる必要はないんじゃない?」
「はぁ? 何を言ってるんだ?」
「私に考えがある」
生野がつかんだ腕を離すと、角田はエンターキーを押すのをやめて腕をおろした。
「考え?」
「ええ、そうよ。その答えを……彼女に入力させるわ」
生野は振り返って乾の方に顔を向けた。ほかの2人もそちらを向く。
「なっ! 正気か!? 大体、あの状態では答えを入力してくれるとは思えんぞ!」
生野は唇の前で人差し指を立てて、声のトーンを落とすようにとジェスチャーする。
「その必要はないわ。すでにパソコンには『全員』と入力されている、この状態でエンターキーを押させればいいのよ」
「えっ――?」
逢坂がなにか言いたそうにしているのに気づかず、2人はさらに会話を続ける。
「抵抗するに決まってるだろ!?」
「無理やり押させるのよ……あなたが……」
「おっ、俺が!?」
「そうよ、あなた以外には無理でしょ」
角田が深いため息をつく。
「わるいが、俺は人としての尊厳を失いたくない」
「尊厳? あなたさっき自分は傭兵だって言ったわよね? 傭兵は人を殺すのが仕事でしょ? 尊厳も何もないと思うけど」
「あんたが言うように、大半の傭兵がそうかもしれん。だが俺は人を守るために傭兵をやってたんだ」
「人を守るためだというなら尚更あなたが残るべきでしょ」
生野が横になって寝転がる乾を一瞬だけ目をくれる。
「彼女をこのまま残しておいても、まともな答えが出てくるとは思わないもの。だからここはあの子を犠牲にして、あなたが残るべきじゃない?」
「だとしても、だ。俺たちは自分自身で納得して出した答えを入力すべきだ」
頑なに意思を曲げない角田に、生野は諦めたように肩を落とした。
「……わかったわ。こうやって言い争いをしている時間がもったいないものね。どうぞ」
半ば投げやりに言って、生野は角田から離れて、答えを入力するよう手で促した。逢坂もパソコンから距離をとった。
「すまん……」
生野と逢坂の顔をそれぞれ確かめるように見てうなずき合う。そして、2人に背中を向けた。
「正解を出せなくても恨まないでよ」
生野がその背中に声を投げ掛けるのと、角田がキーを押すのはほぼ同時だった。
そして……パソコンは4度目の警告音を鳴らした……
「ふっ……まあ、そうだよな……」
角田がパソコンの前で膝をつき、ゆっくりと床に倒れ込んだ。
パソコンのモニターには『Error』の文字が表示されていた。
タイマーの表示が『00:49』になった――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます