第4話 ゲーム 04
「そ……んな……」
その声は絶望に打ちひしがれているようだった。そして、今城はその場に力なく膝をついた。
そうなったことで見えるようになったパソコンの画面には、尾乃道のときと同様に、赤い文字で『Error』と表示されていた。
角田が立ち上がって今城の側へ行った。
「おい、しっかり――」
机の前で膝立ち状態になっていた今城の肩に触れると、そのまま横に倒れ込んでしまった。
「眠った……のか?」
角田が何度か呼び掛け、眠っていることを確認して、尾乃道にそうしたように今城を抱えて部屋の隅に運ぶ。
「終わりとか言って、答え間違えてんじゃん!」
声を荒げたのは乾だ。
「どう……しましょうか?」
逢坂が誰に言うでもなく力なく言った。
「どうするもこうするも問題を解くしかない。今の俺たちにできることはそれだけだろ?」
今城を運び終えて4人の輪に戻ってきた角田が座りながらそう答えた。
すると、生野が軽く右手を上げて、
「問題とは関係ないけど、私から1つ、いいかしら? ――タイマーを見て」
生野の発言で4人の視線がタイマーの方に向いた。残り時間は『01:03』。
「タイマーを見ていてわかったんだけど、時間が35分増えたわ。つまり、間違った答えを入力すると35分時間が延長されるってことね」
「なるほど……リドルが言っていた『最初の制限時間』という言葉が気になっていたんだが、そういうカラクリだったわけか」
角田が納得して何度か頷いた。
「……ってそれも大事なことかもだけど、時間があっても答えがわからなかったら意味ないよ! ねぇ!? 誰か答えわかる人いないの!?」
乾が両手を振りながら苛立ちを露わにする。
そんな乾の態度を見て、生野が「はぁ……」と盛大なため息をついて乾を指差す。
「あなた――! 他人を当てにしてないで自分で考えたらどうなの? 少なくとも彼は自分で考えて答えを出したんだから、あなたに彼を非難する権利なんてないわよ」
「だ、だって――」
「だって何!?」
生野のが凄むと、乾は「だって、だって」と消え入りそうな声を出しながら俯いてしまった。
「泣くの!? 言っておくけど泣いたって何の解決にもならないわよ!?」
逢坂と角田は圧倒されて2人の間に入り込めずにいるようだった。
だが、小寺は違った。
「まあまあ、よさんか。――喧嘩をするなとは言わん。それぞれ違った考えを持った人間が集まれば、上手くいかないことのほうが多いのも事実じゃからな。しかし、今は状況が状況じゃ……喧嘩している時間がもったいのう」
小寺が生野に顔を向ける。
「見たところ、お前さんのほうが大人なんじゃから我慢すべきところでは我慢しないと駄目じゃ」
「そう、ね……ちょっと大人気なかったかも知れないわね」
生野は顔を背け、素っ気なく言った。
そんな生野の態度を見て、乾は顔を上げてニシシと下卑た笑いを浮かべていた。
「それからお嬢ちゃん――」
小寺が乾の方に向きを変えると、
「は、はひぃ!」
自分が呼ばれるとは思っていなかったのか乾が、頓狂な声を上げた。
「お嬢ちゃんもじゃ。わしらは誰かひとりでも正解を出すことができれば全員が助かるんじゃ。いわゆる運命共同体、一蓮托生じゃったか? ――とにかくそういう状況じゃ。じゃからの、たとえ問題がわからなくても協力的な態度は必要じゃ」
小寺が乾と生野を交互に見て、
「……お前さんたち。いいかの?」
「はーい……」「ええ……」
2人は同時に返事をしたが、その態度はどこか仕方なくといったふうだった。
「ふむ。年の功というやつか……」
静観していた角田が顎を撫でながら呟いた。
その呟きを隣で聞いていた逢坂が角田にだけ聞こえるような声で、
「でも……おじいさん自身もあんまり協力的じゃないですよね。さっき、あの2人は一緒に笑ってましたし」
「聞こえておるぞ、少年」
小寺が視線を逢坂に向けた。
その視線を受けて逢坂の体がビクリと跳ねた。
「あ、いや、その――」
なんとか取り繕うとする逢坂に対して、
「いいんじゃよ。たしかに今まではあまり協力できんかったのは事実じゃからの……じゃが、それはあくまでこれまでの話じゃ」
「え!? それって……?」
逢坂が期待に満ちた視線を向けていた。角田と生野も期待を寄せるような視線を向けた。乾はよくわかっていなさそうだった。
「そうじゃ、答えがわかったんじゃ!」
小寺は、シワの寄った顔にさらにシワを寄せて笑みを作った。
「ほんと!」
驚きの声を上げたのは乾だった。
4人の注目が集まる中、小寺が問題用紙を見ながら口を開いた。
「まず、ここに『ふなばた』と書いてあるじゃろ……」
「待っておじいさん!」
小寺の発言を早々に乾が遮った。
「なんじゃ?」
「あのね、あたしの問題用紙にね、『ふなばた』なんてどこにも書いてないよ?」
「そんなはずないわ! みんなに問題用紙を配る前に確認したときは全部同じ問題だった……はずよ」
生野がすかさず反応した。だが、確かな自信があったわけではないのか声は尻すぼみになっていた。
「あ、あのー……」
逢坂がおずおずと手を挙げ、
「ボクの問題用紙にも、書いて……ないです」
申し訳なさそうな表情を作る。
「そうなの!」
「ちょっといいか?」
角田が隣りにいる逢坂の問題用紙を覗き込んだ。
「……ふむ、ちゃんと書いてあるぞ……ここに」
逢坂の問題用紙を指摘すると、
「え!? これって、『げん』って読むんじゃないんですか!?」
「え!? これ『ふね』じゃないのー!?」
逢坂と同時に、反対側から問題用紙を覗き込んでいた乾も声を上げた。
「いや……この字は『げん』と読むことはできるが、『ふね』とは読まんぞ」
「あなたの場合、字自体を間違えて認識していたってことね……」
「た、たしかに間違ってたかもだけど……。でもさ、ちゃんとふりがなつけてくれないと読めなくない? それかいっそひらがなで書けばいいのにぃ」
乾は頬を膨らませて怒りをあらわにする。
「ふりがなって意見は理解できるけど、平仮名で『ふなばた』と書いてあったら何のことかわからないんじゃないの?」
「そ、そうかもだけど……」
「おっほん!」
小寺が空咳すると、4人が注目する。
「話をもとに戻してもいいかの?」
小寺は4人の了解を取らずにそのまま続ける。
「正直、字の読み方はどうでもいいんじゃ。重要なのは言葉の意味での。『舷』と言うのは『船の端』という意味なんじゃ。つまり、この問題の舞台となっている場所は船の上ということなんじゃよ」
そこで、生野、角田、逢坂の3人が何かに気が付いたような反応を見せた。
「どうやらお前さんたちは気がついたようじゃな」
「うん?」
唯一首をひねっていた乾に逢坂が話し掛ける。
「えっとですね、船は水に浮いているんですよ」
「そんなのあたりまえじゃん。知ってるよ!」
「つまり、海面が上昇すると上昇した分だけ船も上がる。だからロープは水に浸からない。ロープが水に浸からないということは、こびとは一人も溺れることはない。そういうことだろ?」
角田の解説が進むに連れて、乾の表情が明るくなっていく。
「ああそうじゃ。つまり、こびとは全員助かるんじゃ」
「すごい! すごいよおじいさん!」
ようやく理解した乾は、小寺の手を取ってブンブンと上下に振った。
小寺は満更でもないといった表情を浮かべて、「ふぉっふぉっふぉ」と笑ていた。
「しかし、よく気が付いたな」
「それはの、このお嬢ちゃんが自分お頭の上で指をくるくるさせているのを見て思い付いたんじゃよ」
すると乾は「あたし!?」と自分を指差した。
「あれを見てとんちを利かせる坊さんを思い出しての、それで思い出したんじゃ。リドルが『なぞなぞ』という言葉を使っていたことをの」
「なぞなぞ……そういえば、たしかに言ってましたね」
「正確には、『なぞなぞの答えは簡単だ。だが、しかくに惑わされていては決してそのなぞなぞを解くことはできないだろう』ね」
生野がリドルのセリフを諳んじてみせた。
「ほう。記憶力がいいんだな」
角田が感心して唸った。
「記憶に関しては人並み以上に自身があるのよ」
「まあとにかく、なぞなぞと言うからには単純に計算して答えを出すわけではないのかもしれんと、そう思っておったところで気が付いたんじゃ」
そう言いながら、小寺はゆっくりと立ち上がった。
「それじゃあ、答えを入力してもええかの?」
「待っておじいさん!」
パソコンに向かおうとした小寺を乾が呼び止めた。
「なんて入力するの?」
「うん? 人数を聞いとるんじゃから、もちろん『7』じゃよ」
そう言って小寺がパソコンの方に歩いていく……そして、パソコンの前で少し立ち止まって、しばらくして4人のもとへと戻った。
小寺が離れた後のモニターには『7人』と表示されていた。
「ん? どうかしたのか?」
その行動を訝しんだ角田が、小寺に尋ねた。
小寺は、何を言われているのかわからないといった表情で、
「どうもせんぞ。それより、何も音がせんということは……正解じゃったんかの?」
どうやら、それで答えを入力した気になっているらしかった。
「あのね……エンターキーを押さないと答えを入力したことにならないでしょ」
生野は呆れて立ち上がり、パソコンに向かって歩いていった。
「え? あ、あの……」
パソコンに向かって行く生野に対して逢坂が何か言おうとしたが、その声は生野には聞こえていないようだった。
「うぅむ。パソコンなんぞ普段使わんからのう……操作方法なぞ知らんわい」
小寺がぼやくのとほぼ同時に、生野がパソコンの前に立った。
そして――
パソコンは3度目の警告音を発した……
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