第3話 ゲーム 03
パソコンから、答えが間違いであることを示すエラー音が鳴る。
「おい……うそ、だろ……?」
尾乃道がわなわなと机の前から離れると、モニターには赤い文字で『Error』と表示されていた。
「おい! ふざっけんなっ! なんでエラーな――」
大げさな身振りで声を張り上げ、カメラの方に向かって勢いよく振り返った――かと思うと、尾乃道は突然動きを止めて首を手で抑えながらそのまま床に倒れ込んだ。
6人の視線が倒れた尾乃道に集中する。
固まって動けなくなっている5人とは対照に生野が尾乃道に近づいていく。
しゃがんで、尾乃道の手首をとって脈を計る。
「し……死んだの?」
乾が震えた声で尋ねた。
「いえ……脈はあるわ……」脈を確認してから顔の前に手をかざす。「息もしてるみたいね。眠っているのかしら?」
「まあ、当然じゃろうな。リドルは誰かひとりでも正解できれば全員助かると言っておったんじゃ。これで死んでおったら説明がつかんわい」
「一体何が起きたんですかね?」
逢坂が言うと、尾乃道の首と首輪の間の隙間を覗き込みながら生野が答える。
「詳しい仕組みはわからないけれど……たぶん間違えた答えを入力すると首輪から針が飛び出して眠ってしまうんじゃないかしら」
「針が刺さると眠る……もしかすると麻酔のようなものが注入されるのかもしれんな」
腕を組んで様子を見ていた角田が、ひとり納得の声を上げる。
「ってことはさ、これ取っちゃえばいいんじゃない? あたしってばさえてるー」
言うが早いか、乾が自分の首輪に手を掛ける。
「わっ! わっ! 駄目ですよ!」
逢坂が慌てて乾の行動を止めた。
「言ってたじゃないですか、ペナルティを受けるって」
「あっ! そっか!」
乾は首輪に掛けた手を下ろして項垂れる――が、すぐに顔を上げて、
「まって! ひらめいたかも! ペナルティなんて受けてもさ、みんなが部屋を出るときに一緒に出ちゃえばいいんじゃない?」
鼻息荒く、得意げな表情を浮かべた。
「それは無理ですね。これは僕の予想ですが、無理やり外そうとすると彼と同じような状況になるんじゃないでしょうか?」
今城が尾乃道を指差す。
「関係ないよ! だってさ、そのときはさ、誰かに抱えて出てもらえばいいじゃん!」
「そいつはどうだろうな?」
「どゆこと?」
「例えばだ、この首輪から飛び出す針が2種類だったらどうする? 1つは解答を間違えたときに飛び出す麻酔薬。で、もう1つは……そうだな、ペナルティ行為を行ったときに飛び出す毒薬……とかな」
「たしかに可能性はありますね。生きて出ることはできないと言っていましたし、ペナルティというのが死を意味していても矛盾はないですからね」
それを聞いた乾は表情を固まらせていた。
そこで、小寺がわざとらしく咳払いする。
「そんなことよりもじゃ、次の答えを探さんとまずくないかの? 時間もないんじゃし……」
時間がないという言葉で、全員の視線がタイマーに向く。
「なに!?」「あ……」
角田と逢坂がほぼ同時に声を上げた。
「増えてますね……時間」
タイマーの表示が『00:49』になっていた。
「でもでも! ボクたちにとってはラッキーですよね!」
全員が訝しがる中、逢坂が明い声を発していた。
「そうじゃな、時間があるのは有り難いことじゃ」
「では、なぜ答えが間違っていたのかを考えながら、再度問題を解き直しましょう」
今城が言うと、角田以外の5人は再び部屋の中央で車座になって座ろうとしていた。
「どうかしたの?」
生野が座ろうとしない角田に声を掛けた。
「ん? あいつをあのままにしておくのもどうかと思ってな……」
角田の視線の先には、机の傍で倒れている尾乃道の姿があった。
「……そうね、あそこに倒れたままだと邪魔よね。部屋の隅の方に移動させたらどうかしら?」
「邪魔って……まぁ、そうだな」
角田は軽々と尾乃道を抱えて扉のない方の壁際に運んで静かに寝かせたあと、5人の輪に加わり再び問題に取り掛かった。
「それにしても、どうして答えは『2』ではなかったんでしょうか?」
「計算ミスかしら?」
「それはないだろ。もしミスだとすると5人が同じミスをしたことになるぞ?」
今城、生野、角田が議論を深める一方で、「うーん……うーん……」と、乾が両手の人差し指で頭の上にグルグルと円を書くような動作をしながら唸っていた。
そんな乾を訝しんで、逢坂が声を掛けた。
「あ、あの……なに、やってるんですか……?」
「え? 知らないの? こどものときにさ、こうやって問題を問いてるアニメやってたんだよー」
「は、はあ……」
「だからさ、おんなじことしたらさ、なにかひらめくかなーって」
「お前さんは仏教を信じてるかの?」
小寺が2人の会話に割って入った。
「ん? とくに信じてにけど」
「ならその方法では知恵は降りてこんよ。その方法は信心深い坊さんがやるから効果があるんじゃ」
「あれって、ただのアニメ上の演出じゃ……」
逢坂の声は聞こえていないようで、小寺はそのまま話を続ける。
「それに、あれは算数の問題を解くためじゃなくて、とんちを働かせるため……」
小寺が言葉に詰ると、それを見た逢坂が心配そうに声を掛けた。
「あの? どうかしたんですか?」
「ん? なにか忘れてるような気がしての……」
「あー、それはねー歳ってやつだねー」
乾はなおも頭に円を描きなら、チラリと小寺を見て言った。
「そうかもしれんの」
小寺がそう言うと、互いに「あははは」「ふぉふぉふぉ」と笑い合った。
そんな様子を見て逢坂は苦笑いを浮かべていた。
「いい気なもんだな……」
笑い合うふたりを見て、角田がやれやれと肩をすくめる。
「ん? んん?」
その横で、今城がなにかを思いついたみたいだった。
「どうした? 何かわかったのか?」
「もしかして、僕たちは思い違いをしていたのかもしれません」
今城が問題用紙を床に置いた。
「僕は計算には絶対の自信があります。ですから、先程の計算で出した『2』という答えは間違っていないはずなんです。それに、さっきも言ったとおり、5人が同じ答えでミスをするというのはありえないでしょう」
「なら、やはり答えは『2』ということか?」
今城は首を左右に振って、
「そうではなくてですね、僕たちは計算を間違えていたのではなく、問題を間違えていたんです」
そう言って、ここですと床に置いた問題用紙のある部分をペンで示した。両端の角田と生野がそれを覗き込んだ。
「ここに、『生存している』と書かれてますよね」
「ええ、書いてあるわね」
「つまりですね、この問題はロープを登りきることができる小人の数を聞いているのではなくて、生存しているこびとの数を聞いているんです」
「いや、だからそれがさっきの答えなんだろ?」
「違います――」今城が角田の発言をキッパリ否定した。そして続ける。「『D』に注目してくだい。14分後の『D』の小人がどういう状態になってるかわかりますか?」
「下から686センチのところにいるわね」
「そうです。そして、そのとき海面は588センチ上昇しています。つまり『D』の小人はロープにつかまった状態で生きているということになるんです」
「なるほど! つまり答えは『3』か!」
「そういうことです。――どうでしょうか?」
今城が伺い立てると、「いいと思うぞ」「いいじゃないかしら」と2人が答える。
それを総意としたのか、今城は「さて」と立ち上がった。
「え? なに? わかったの?」
相変わらず頭の上で指をクルクルと動かしている乾が、手を止めることなく今城を見上げる。
「なに……やってるんですか……」
そんな乾の姿を見て落胆する今城。
「はぁ……まあいいでしょう。これで終わりですから、見ていてください」
今城は画面の影になるように机の前に立った。
5人は座ったままでその顛末を見守る。
今城は左右の手首をほぐすように手を振って、それから大きく息を吐いて……
さして間を置かず、パソコンは2度目の警告音を発した――
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