第2話 ゲーム 02

「ここどこ? ねえ? ねえ!?」


 乾が生野の腕をつかんで必死の形相で問いただしていた。


「ちょっ――と、落ち着きなさい! あと、服が伸びるから引っ張るのもやめなさい!」


「ってか、なんでそんなに落ち着いてるの!? はっ!? もしかして誘拐犯!?」


 乾が生野の腕からパッと手を話して、少しだけ距離をとった。


「違うわよ! 落ち着いているのは焦ったってしょうがないからよ」


 そんな生野を睨みつけて、


「あやしー……」


 乾は声のトーンを落として言った。


「どうかしたんですか?」


 乾の叫び声を聞いて、モニターの前にいた4人が何事かと2人のもとへ来る。


「はっ、犯人がたくさん!?」


 4人を指差して乾が声を上げた。


「はあ? 犯人だぁ? アホかお前。だいたい俺が犯人だったら一緒になって部屋に閉じこもるかっつぅの」


「閉じこもる……? え!? 閉じ込められてるの!?」


 乾が弾じかれたように部屋の鉄扉に顔を向けた。


「ああ、さっき扉を調べたんだが開く様子はなかった」


 角田が乾と生野に事情を説明した。その説明が終わると今度は今城がモニターと机を調べたときのことを説明した。


「つまりこの部屋から出ることができないし、出る方法もわからないってことかしら?」


 生野が言うと、4人はそれぞれ肯定の意を示した。


「でも……もし仮にこの部屋から出られたとしても、これをどうすればいいかわかりませんよね?」


 逢坂が顎を上げて、首輪を指で示した。


「え? え? うそ? なにこれ?」


 その仕草を見て自分の首にも首輪が付けられていることを知った乾は、自分の首輪を確認するように触った。


「ちょっと、これどうやって外すの?」


「それがわからねぇから俺ら全員首に輪っか付けたままなんだろぅがよ。アホか」


「ちょっと! あたしバカじゃないもん! それにバカって言ったほうがバカなんだよ、知らないの?」


「はん。やっぱお前アホだな、俺は一言もバカなんて言ってないぜ。あーあれか、アホだから閉じ込められたんだな。ははっ」


「じゃあ……ここにいる全員アホじゃん……」


「ははっは……あ……」


「はぁ……。なにをやってるのよあなたたちは……」


 生野は額に手を当てて深い溜め息をついた。


「と・に・か・く! ――ですね、みんなでこの部屋を出る方法を探して……」


 今城が手を叩いて音頭を取ろうとすると、


『さて、そろそろ時間かな……』


 その声を遮るように機械を通した様な声が響いた……


『今日君たちをここに集めたのは。この私――リドルの謎に挑戦してもらうためだ』


 室内に合成音声が響く。


「な、なに!? なんなの!?」


 乾が不安な様子であたりをキョロキョロと見回す。


『挑戦してもらう謎はたった1問。君たち7人の内、誰かひとりでも正しい答えを導き出すことができれば、7人全員がこの部屋から出ることができる。もちろん君たちの首についている首輪も外に出れば自然と外れるようになっているので安心してくれたまえ』


「おい! あんた誰だよ!? そっから見てんのか!?」


 尾乃道がカメラに向かって叫ぶも、リドルは意に介することなく淡々と説明を続けていく。


『次に解答方法についてだ。――すでに気がついていると思うがこの部屋には1台のパソコンが置かれている。そこに自分が正解だと思った答えを入力してもらう。入力した答えが正しければその部屋の扉が解錠される仕組みになっている』


「パソコン? 電源が入ってないのにどうやって……?」


 今城が誰に言うでもなく呟く。するとまるで、その呟きに答えるかのようにリドルの説明が続く。


『そのパソコンはゲーム開始と同時電源が入るようになっている……そしてここからはゲームに関する注意事項だ。1度しか言わないのでよく聞きたまえ』


「ってか、無視すんなや! おい! きいて――」


 尾乃道が再度声を荒らげようとすると、


「黙って! 聴き逃したらどうするの!?」


 生野の冷たい声がそれを静止する。


『君たちに与えられた解答チャンスはひとり1回。最初の制限時間は35分だ。全員が間違った答えを入力した場合や、制限時間内に答えを入力できなかった場合、君たちは生きてここを出ることができなくなる。また、君たちの首輪についてだが、それを無理やり外そうとした者にはペナルティを受けてもらう。ペナルティを受けた人間は、たとえ脱出の条件をクリアしたとしてもこの部屋から出ることができなくなるので気を付けることだ』


 不安そうな顔で聞いていた逢坂は、「ペナルティ」と小さく呟いて自分の首に触れた。


『最後に私からの助言だ。これから出題されるなぞなぞの答えは簡単だ。だが、“しかく”に惑わされていては決してそのなぞなぞを解くことはできないだろう……。それでは机の引き出しを開けたまえ。その瞬間が、このゲームの始まりだ』


 リドルの説明が終わって、しばらく無言が続いた。


「終わった……のか?」


 静寂を破ったのは角田だった。


「おいおいおい! 結局自分の言いたいことだけ言って終わりかよ!」


 無視されたことが気に食わなかったのか尾乃道が吐き捨てた。


「それより重大なことがありますよ! 謎ってなんなんですか!?」


 今城のその言葉で、場が静まり返った。


「あれ? もしかして……問題の出し忘れ?」


 乾が5人の顔を見ながら言った。


「まだゲームは始まっておらんのじゃよ」


 それまで、ずっと壁際で休んでいた小寺が6人に向かって言い放った。


 6人の視線が座っている小寺に集中する。


「え!? この人誰!?」


 乾はこのときになって初めて小寺の存在にきすいたようだった。


「そんなことよりじいさん、始まってないってのはどういう意味だ?」


 乾の疑問を無視して、尾乃道が尋ねた。


「ん? 言っておったろ? ゲーム開始と同時にパソコンの電源が入るとな」


 小寺がパソコンを指差すと、6人の視線がパソコンに向く。画面は真っ暗なままだった。


「それにのぅ、机の引き出しを開けたときが始まりだ、みたいなことも言っておったのぉ」


「ということは、つまり……」


 今城が小寺に顔を向けると、互いにゆっくりと頷いた。


「やることは1つってことね」


 生野がパソコンに近づいていく。


「でも、さっき調べたときは開きませんでしたよね?」


 逢坂が今城に同意を求めると「ええ」と首を縦に振った。


「とりあえず、やるだけやってみましょう」


 机の引き出しは全部で5つ。中央から左にかけて横長のものが1つ、残り4つは机の右側に縦に並んでいる。


 生野が机の右に4つ縦に並んだ引き出しの上から3番目に手を掛けて、開かなかったという言葉を聞いていたせいか、勢いをつけて引き出しを引いた。


 すると、勢いよく飛び出した引き出しは、勢いそのままに生野の右の脛を強打した。


「イッ――た……。もうっ! 普通に開くじゃないの!」


 そんな生野の姿を見て、乾がぶっと吹き出して慌てて両手で口を抑えて笑いをこらえた。


 生野は右脛をさすりながら机の中にあったものを取り出すと、その瞬間、部屋中にゲーム開始を告げるブザー音が響く。


 パソコンの電源が入り、画面いっぱいのサイズのテキストボックスが表示され、デジタルタイマーの表示が『00:00』から『00:35』に切り替わった。


「な、なんだ!?」


 尾乃道が狼狽え、小寺はゆっくりと立ち上がり5人に合流するように部屋の中央に移動した。


「たぶん、ゲーム開始を告げる合図じゃな」


「で、何が入ってたんです?」


 今城が尋ねると、生野は「これよ」と言って茶封筒を掲げる。そして中身を確認して、中から7枚のA4サイズの紙を取り出し、それを扇状にして6人に見せた。


「ちょっと待てよ! 1問って言ってなかったか!?」


 尾乃道が言うと、生野は取り出した紙をサッと検めて、


「大丈夫。全部同じ問題が印刷されてるわ」


「つまり問題用紙は人数分用意されてるってことか……」


 角田が言いながら生野に向かって手を差し出した。


 生野は持っていた紙の1枚を角田に渡す。それから、ほかの5人にも1枚ずつ配っていった。 


「ちなみにこれだけですか?」


 今城が尋ねると、生野は首を横に振り、茶封筒の中に手を入れた。


 中から取り出したのはペンで、それも人数分用意されているらしく1本づつ渡していった。


「さて、そのなぞなぞとやら拝ませていただきましょうかね」


 リドルから出題された問題は次のような内容だ。


 ――問題――


 舷から長さ700cmのロープが7本の伸びている。

 ロープはすべて海面まで伸びており、海面側の先端にはそれぞれひとりづつ計7人の小人が捕まっている。

 この小人は全員泳ぐことができず、溺れまいと必死にロープを登っている。

 それぞれの小人をA、B、C、D、E、F、Gとしたとき、それぞれのロープを登る速さは以下の通りである。


 A:分速77cm

 B:分速7cm

 C:分速21cm

 D:分速49cm

 E:分速89cm

 F:分速28cm

 G:分速35cm


 海面が分速42cmで上昇するとき、14分後に生存している小人は何人か?


 ――――――


「うげっ! あたし数学苦手なのにー」


 問題用紙を受け取った乾が頭を抱える。


「数学ではなく、算数ですね」


 嘆く乾に、今城がすかさず訂正を入れた。


「やっぱ、アホだな」


「ん! 算数も数学もイッショだからいいでしょ!」


 乾が尾乃道に食って掛かると、


「それは違いますよ。いいですか? 算数というのは――」


 今城が口を挟んで、説明しようとした。


「そこまでにしろ。もうゲーム始まってるんだ無駄口をたたいている暇はないぞ」


 角田が3人を注意してタイマーを親指で示した。


 タイマーの表示は『00:31』で、既に4分が経過していた。


 誰が言ったわけでもなく、7人は部屋の中央で車座になって問題に向き合っていた。


「この問題を解いてパソコンに数字を入力しろってことかしら?」


「つまりあれか? 14分以内にロープを登りきれるこびとの数を答えりゃいいってわけだな。楽勝だなこりゃ」


 得意げな表情で言って、尾乃道は問題を解き始めた。それに倣うようにしてほかの6人も問題に取り掛かる。


 それから数分間、7人がそれぞれ問題に取り掛かる姿が映し出されるだけで、目立った動きはなかった。


 動きがあったのは、ゲーム開始から10分ほど経過した頃だった。


「よっしゃ! 終わったぜ」


 黙々と問題に取り組む7人の中で、最初に声を上げたのは尾乃道だった。

 乾がその声にいち早く反応して、意外そうな表情を向けていた。


「僕も終わりました。ほかに問題を終えた人はいますか?」


 今城が全員に尋ねると、生野、角田、逢坂も問題を解き終えたらしく、それぞれ返事をした。


 そして、5人の視線が隣り合って座る乾と小寺へと向いた。


「すまんのう、算数などもう何十年も前の話じゃから、解き方がようわからんのじゃ」


「あ、あたしも昔のことだから……あは、あははは」


「はあ? おめぇほぼ現役だろ? それとも何か? その服はコスプレで実はアラサーとかか?」


「ちがうよ! まだ17だもん!」


 笑って誤魔化そうとしていた乾は見事に墓穴を掘った。


「つまり単純にアホってことだな」


「な――!」


「言い争いはそれくらいで、答え合わせをしませんか?」


 乾が再び尾乃道に食って掛かろうとしたところで今城が言った。


「は? 答え合わせ? そんなもん、パソコンに入力してみれば合ってるかどうかすぐわかるだろ?」


「リドルの話ちゃんと聞いてたの? 解答チャンスはひとり1回なのよ。だったら同じ解答を入力して同じ間違いを繰り返すことは絶対に避けるべきでしょ? だから、誰がどんな答えを入力するのかはみんなで共有しておかなくちゃいけないのよ」


 と、答えたのは生野だった。


「そのとおりです。それから全員の答えが一致していれば答えはより確実ですよね? 今の場合は7人中5人の答えが同じなら、それが民意とも言えます」


「よっしゃ! なら答え合わせだな、俺の答えは『2』だったぜ。お前らはどうだ?」


 尾乃道の問い掛けに対する反対意見は出なかった。


「どうやら決まりですね。それでは誰が答えを入力しますか?」


 今城が言うと、「やっぱ俺っしょ!」と尾乃道が名乗りを上げ立ち上がった。


「誰が入力しても全員助かるんですよね? だったらそれでいいと思いますよ」


 逢坂が言うと、ほか5人の同意を待たずに尾乃道は机に移動してモニターの前に立った。尾乃道が影になってパソコンのモニターが見えなくなる。


 6人はめいめいに立ち上がってその行く末を見守った。


「んじゃ、入力するぜ」


 静寂の中に、キーを叩く音がだけが聞こえる。


 そして……パソコンは危機感を煽るような警告音を発した……

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