第1話 ゲーム 01

 壁に設置されたカメラは、その部屋の様子を俯瞰で捉えていた。


 モニター越しに見る部屋の内装はコンクリートの打ちっ放しで、右壁の奥には鉄の扉があった。正面中央の壁際には机が置かれていて、その上には1台のCRTモニターとキーボードが置かれている。さらにその上方の壁には大きなデジタルタイマーが設置されている。


 部屋の中央には7人の男女が横に並んだ状態で寝かされていた。

 室内にゲーム開始を告げるブザー音が響くと、7人のうちのひとりがゆっくりと体を起こした。


 胸元まで伸びた髪にグレーのスーツを着た女性――生野恵しょうのめぐみだった。

 生野は、ずれたメガネを直しながらゆっくりと体を持ち上げて、隣で横たわっていた学生服姿の少年――逢坂大和おうさかひろかずの体を揺すって起こした。


「ん……」


 逢坂はゆっくりと体を起こして目をこすった。その仕草には少年特有のあどけなさが見てどれた。


「ここ……は?」


 それに対し生野は「さあ?」とそっけなく答えて、ほかの5人を起こし始める。


 彼女が次に声を掛けたのは、真っ赤に染めた派手な髪色の男――尾乃道健史おのみちたけふみだった。ドクロの絵がプリントされた派手なTシャツにジーンズ姿の見た目で、軽薄そうな男だった。


 尾乃道は目が覚めると、立ち上がって大きなあくびをしながら伸びをして、寝ぼけているのかそのまま部屋の扉に向かって歩き出した。


 尾乃道がドアノブに手を掛け、捻って、そのまま扉に激突した。


「うおっぷ。ちょ、なんで開かねえんだ? ってかここどこよ?」


 尾乃道がキョロキョロと部屋を見渡して、再び扉に向き直りノブをガチャガチャ回して押したり引いたりを繰り返した。


 …………


 自然と目を覚ました角田友貴かどたともたかは体を起こして室内を見回しながら「ここはどこだ?」と、誰に言うでもなく呟く。


 直ぐ側で、逢坂がスーツの男に声をかけていた。


 その逢坂に声を掛けようとしたところで、室内に耳障りな音が響く。音の発生源は尾乃道だ。


「かなわんな……」


 そう言って立ち上がると、角田は扉に向かって歩いていった。


 …………


 尾乃道は扉が開かないとわかると、ショルダータックルの要領で体全体で扉にぶつかっていた。おそらく扉をぶち破ろうという算段なのだろう。

 鉄扉を激しく叩く音が室内に響く。

 結局、扉はぶち破れず、諦めた尾乃道は「ちくしょう!」と、扉に蹴りを入れた。


「蹴破ろうとしているなら無駄だ。やめておけ」


 尾乃道に角田が声を掛けた。


「んあ? 無駄ってどういう……むおっ、――いってっ!」


 尾乃道が振り返って角田を目のあたりにすると、後退って扉にしたたか頭をぶつけた。


 濃緑色のタンクトップと迷彩柄のハーフパンツ。腕、足ともに、丸太のような肌が露出させている。

 浅黒い筋肉質な体で腕を組むその姿は、尾乃道をすくみ上がらせるには十分な迫力があった。


「ああ、すまん。驚かせるつもりはなかったんだが……」


「いや……別に気にしちゃいないさ……。ところで、あんたならこの扉ぶち破れそうじゃね?」


 尾乃道がぶつけた頭を擦りながら聞いた。


「さっきも言ったが、それは無理だ」


「なんでだよ? やってもみねぇのにわかんのかよ?」


 角田はやれやれと言わんばかりに首を左右に振って、扉に近づいて蝶番を指差した。


「こいつがここに付いているということは、この扉はこっち側、つまり内開きということになる。その場合この扉は決してこちら側から蹴破ることはできん」


「え? なんでそんなことがわかるんだ?」


「それはだな、扉の枠にはほぼ必ずといって言いほど戸当りというものがついている。この扉の場合それが向こう側に付いていて、そいつが邪魔して蹴破れないんだよ。逆なら可能だが……でもまあ、鉄扉の場合はどちらにせよ難しいか」


 そう言って、角田は鉄であることを確認するかのように軽く扉を叩いた。


「ふーん……あ! だったら、あれはどう説明するんだ?、ほら……ドラマとかでぶち破るシーンとか出てくるだろ?」


「だから言ったろう、どちらか一方からならできると。――だがまぁ、フィクションの世界でそこまで細かく考えているかどうかは知らんがな」


 尾乃道は「へぇ」と感心していた。


「そんじゃ、俺達はここから出られないってことか?」


 角田は部屋の様子を見渡して、


「さて、どうだろうな……」


 と顎を撫でた。


 …………


 角田が扉の方へ行くのと同時にスーツの男が意識を取り戻す。


「うぅん」


 七三分けのスーツの男――今城淳いまぎあつしは、小さく唸って上体を起こす。


「ここは……どこですか?」


 尋ねられた逢坂は、「わかりません」と首を横に振る。


 今城は、「そうですか」と納得して、自分の首元をしきりに触り始めた。


「あの? どうかしたんですか?」


 逢坂が今城の行動を訝しむ。


「いえ、僕の首に何かついてませんかね?」


 今城が顎を上げてみせると。


「あっ! 首輪が付いてますよ!」


「く、くびわ!? ――ん?」


 今城が一驚したあと自分の顔を逢坂の首元に近づけた。


 逢坂は慌てて首を後ろに引く


「な、なんですか?」


「いえね、もしかして僕の首についているという首輪って、これと同じですかね?」


 今城が逢坂の首を指で軽く叩くと、コンコンという硬質な音が鳴る。


「え!? え!?」


 逢坂が慌てた様子で自分の首に手を当てる。


「あ……れ? もしかしてボクにも付いてます?」


 今城は「ええ」と頷いて、ぐるりと室内を見回して、


「もしかすると、この部屋にいる全員の首に付いてるんじゃないですかね」


 今城の予想どおりで、ここにいる7人全員の首に首輪がはめられている。


「とりあえずこの部屋を調べてみましょうか」


 今城は立ち上がって、机の方に向かって行くと。逢坂もその後に続いた。


 …………


 逢坂と今城がやり取りをしている近くで、生野がポロシャツにスラックス姿の男――小寺厳こでらげんに声を掛けていた。小寺は白髪交じりの頭で、しわの寄った顔からは年齢を感じさせた。

 目を覚ました小寺は、生野に支えられるようにして体を起こした。


「おじいさん、大丈夫かしら?」


「ん? おお、すまんのう……で、ここはどこなんじゃ?」


 生野のは首を左右に振った。 


「ごめんなさい。私もわからないのよ」


「そうか……わからんか……」


 小寺はゆっくりと立ち上がった。


「すまんが、少し休んでてええかの?」


 生野の返事を待たずに、扉がある壁とは反対の壁に向かって歩いて、壁に背中をあずけるようにして座り込んだ。


 …………


 生野は最後のひとり、乾祥子いぬいさちこの肩を揺すった。髪型はブラウン系のショートボブで化粧っ気はなく、校章の入ったキャメルのブレザーにチェックのスカートを着た少女だ。


 生野が何度か声を掛けながら肩を揺する。


「うーん、ママー、あと少しだけー」


 乾は寝ぼけているらしい。


「ちょっと、誰がママよ!」


 ママと言われたのが気に障ったのか、生野は乾の腕を引っ張って無理やり体を起こした。


 項垂れた乾はゆっくりと顔を上げ、その視界に生野を捉えた。


「……だ……れ?」


 そして首を左右に振って、


「――ここどこ? ってか意味わかんないんですけどっ!!」


 …………


 モニターの前に立った今城と逢坂は、机の引き出しの中を確認しようとして、真ん中にある横長の引き出しを開けようとしていた。しかし、何度か引こうとするも……開くことはなかった。


「開きませんねぇ」


「こっちも全部ダメですね。ただ、モニターとキーボードの配線は1番下の引き出しの中に繋がってるみたいです」


 右に縦に4段ある引き出しを順に調べていた逢坂がそう告げた。


「そうですか……」


 今城はそう言って、モニターの電源に手を伸ばした。


「うんとすんともいいませんねぇ」


 今城が顎に手を当てて考え込む。


「あと気になるって言ったら、あれ……ですよね」


 逢坂が頭上を指差しながら言った。その指の先にあるのは、大きなデジタルタイマーだった。


「時計ですかね……?」


「それはないですね――」


 今城が逢坂の疑問をきっぱりと否定して続ける。


「最初に部屋を見渡したときに確認したときに、あのタイマーにはゼロが4つ表示されてました。そして、あのときと表示は全く変わっていません。――最初に確認した時から確実に1分以上経ってますから、時計なら表示が変わっているはずです」


「だとすると、なんなんでしょう?」


「僕の予想だとタイマーですね」


「タイマー……」


 2人がじっと上を眺めていると、そこに扉の方にいた尾乃道と角田が近づいてきた。


「何やってんだ?」


 尾乃道が尋ねると。


「ん? えっと、モニター周りを調べていたんですが……」


 そう前置きして、今城と逢坂は、机の引き出しが開かないこと、モニターの電源が入らないことを説明した。


 反対に、尾乃道は部屋の扉が開かないことを2人に説明した。


「もしかすっと、引き出しに関しちゃいけるかもしれないぜ。な?」


 尾乃道が角田の腕を軽く叩く。


「俺か!?」


「ああ、あんたなら力技でいけるんじゃないか?」


「いや、まあ、いけなくはないかもしれんが……」


 そう言って、角田が机に手を伸ばすと。


「待ってください! 壊すのはまずいですよ!」


 それを止めたのは今城だった。


「なんでマズいんだよ?」


「いいですか? 机やモニターを壊した瞬間に持ち主が怒鳴り込んできて、弁償しろって言われたらどうするんですか?」


「怒鳴り込んでくるだぁ? なに言ってんだよ誰も見てねえだろ? 大体それで扉が開くんだったら願ったり叶ったりってやつじゃねぇか? なぁ?」


 尾乃道が言うと、今城が振り向いて室内に設置されているカメラを指差した。


 その指に導かれるようにしてほかの3人もカメラに視線を向けた。


「あれですよ、あれ。絶対誰か見てますよね?」


「まさか」


 尾乃道がが肩を軽く上げて鼻を鳴らした。


「いや、まあ、怒鳴り込んでくるかどうかはわからんが、見ている可能性はあるな。それに、もしこれが俺たちがこの部屋から出るために必要なものだとしたら、たしかに破壊するのは危険かもしれんな」


 角田がカメラをじっと睨みながら言った。


「仮にこれが外に出るための何かだとして、肝心のモニターが点かねぇんじゃどうしようもなくねえか?」


 尾乃道はそう言いながら机の上のキーボードを適当に叩いた。


「ん――?」


 そして、何かに気がついたらしく声を上げた。


「このキーボード……おかしくねぇか?」


 ほかの3人の視線がキーボードに集まった。


「普通だと思いますけど……」


「だってよ、ほら……あれだ、数字を入力する部分がなくねえか?」


 それを聞いて、今城が「ああ」声を上げた。


「テンキーのことですね。これはテンキーレスキーボードなんですよ。普通のキーボードより横の長さが短いので、机をが狭い場合に便利なんですよね」


 今城の話を聞いて3人が感心していると――


「意味わかんないんですけどー!!」


 乾の声が部屋中に響き渡った。

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