第20話 仕組まれた出会い
美雪が崇範からの電話で夜中の騒動を聞いたのは、まだ家にいる時だった。
「大丈夫なの!?」
家族中が聞き耳を立てる中、しばらくやり取りをして、電話を切る。
「深海君?どうかしたの?」
留美が訊くのに、美雪が答える。
「昨日の夜遅くに、お父さんを殺した人に家に乱入されたんですって。それで、警察で事情を訊かれて朝方にそれは終わったらしいんだけど、ドアと窓の修理が終わらないと出かけられないから、今日は学校休むんですって」
「まあ!ケガはなかったのかしら」
「大丈夫って言ってたわ」
「それならいいけど、何で犯人、今頃乱入したの?」
「さあ。それは聞いてないわ。今度訊いてみるわね。
それと、新見さんと佐原さんに、もう少しセキュリティのいい所に引っ越せって言われてるんですって」
「そうね。この近くにワンルームマンションができるとか聞いたけど、いくらくらいかしら」
「近所だったらいいなあ」
「ご飯もたまには食べに連れていらっしゃいよ、その時は」
すっかりその気になっている美雪と留美に、勝と明彦は危機感を感じた。
そして、アイコンタクトをして、明彦が何気なく美雪に言う。
「帰りに迎えに行ってやろうか。差し入れくらい、どうせ持って行くんだろ。足を延ばして、『G線』のケーキか『銀かつ』のカツサンドかカツ丼でも買いに行くか?」
留美は胡散臭そうに明彦と勝を見たが、勝は新聞で顔を隠し、美雪は明彦の提案に飛びついた。
「ホント!?じゃあ、カツサンド!」
「あれは美味いよなあ」
明彦はにこにことして言い、美雪も機嫌よく、
「もうすぐテストだから、カツサンドなの!」
と言い、鼻歌を歌いながら学校に行った。
「あなた、明彦。何を企んでるの?」
「嫌だなあ、母さん。美雪の幸せしか考えてないよ。なあ、父さん」
「う、うむ」
留美は怪しんでいたが、2人は「時間だ」と家を出て行ってしまった。
放課後、美雪はいそいそと校門前に止まった明彦の車に乗り込み、カツサンドに思いを馳せていた。
「カツサンド、カツサンド。深海君好きかな」
明彦は適当に相槌を打ちながらチラチラと時計を見、少々の回り道をして銀座の『銀かつ』へ行った。
ドアを開けると、まだ夕方の早い時間だと言うのに、パラパラと客の姿があった。
その中に、若い男の2人組がいた。
「よお、東風」
「おう、浜坂」
明彦と、その年長者の方が手をあげて挨拶する。
「ああ、紹介するよ。妹の美雪。高校生だ。
こっちは大学時代の友人、浜坂修一。家は総合病院をやってて、こいつは内科医なんだ」
「初めまして」
「初めまして。こいつは弟の誠司、医大生です」
「初めまして」
浜坂兄弟が、愛想よく挨拶をする。
美雪は一応にこにこと挨拶をしたが、流石におかしいと思い出した。
「偶然ですか」
「そう。偶然」
チラッとテーブルを見ると、お茶しか出ていない。
「じゃあ、ごゆっくり」
美雪はそう言って、店員に、
「持ち帰りで、カツサンドをお願いします」
と注文した。
店員が、僅かに視線を泳がせる。
「まあまあ。折角なんだし、一緒に食べて帰ろうか、美雪」
明彦が言うと、浜坂兄弟もにこにこと勧める。
「何かの縁ですしね」
「さあ、どうぞ」
有無を言わせず、美雪を席に着かせる。
美雪は助けを求めるように周りを見廻したが、助けてくれそうな人はいない。
「……カツサンドができるまでですけど」
「何言ってるんだよ。久しぶりに会ったんだぞ」
「だけど、深海君に届けたいのよ、カツサンド」
「誠司君はサークルとか入ってるの?」
美雪を無視して、会話を始める。
店員が、事情をやっと察したような顔をしたが、気の毒そうな、どこか面白そうな顔をしただけだった。
「何にする?美雪もカツ重にするか?チキン南蛮もあるぞ?」
美雪は泣きそうになった。
「ヒレカツ定食が今日のおすすめらしいですよ」
誠司が言って、
「じゃあ、それ4つ」
と明彦が注文してしまう。
美雪は仕方なく席を立つ事を断念した。理由がどうであれ、ここで強引に席を立つのは失礼だと思ったからだ。
「美雪さんは、クラブ活動とかしてるんですか」
「いえ」
「ご趣味は?」
「最近はブルーレイとかをよく見てます。深海崇範君の出てる作品のものを」
「ああ。何かと話題の新人ですね。
テニスとかに興味はありませんか?今度一緒にどうですか」
「お。いいじゃないか。教えて貰えよ、美雪」
「運動は得意じゃないので」
「じゃあ、ヨットはどうです。気持ちいいですよ」
「ありがとうございます。でも、ふ、船酔いするんです」
「じゃあ、映画でもご一緒しませんか」
「映画、は」
「ブルーレイ、お好きなんでしょう?」
(好きなのは深海君で、ブルーレイではないわ!)
言いたいのを我慢して、美雪は断りの言い訳を考えた。
誠司が笑いながら、言う。
「もうわかってるんですよね。これ、紹介だっていうの」
明彦と修一がギョッとし、それから苦笑を浮かべた。
「まあ、無理があるか」
「まあね」
「美雪さん。僕とお付き合いしてみませんか」
美雪はストレートな物言いに、返す言葉に迷った。
「聞いたところ、深海崇範の父親は東風重工に倒産に追い込まれたんですよね。上手く行くとはおもえないなあ」
美雪はムッとした。
「それに、今は話題性があって売れるかも知れないけど、不安定な職業ですよ。どうかと思うけど」
即、明彦が尻馬に乗る。
「そうだぞ。誠司君の方がいいんじゃないかと思うぞ」
「兄の目から見ても、こいつはいいやつだと思うよ。院長は僕でも、こいつは副院長になる予定だし」
美雪は何か言い返さなくてはと焦った。
「でも、深海君だってすごいんです。もしかしたら将来アカデミー賞を獲るかもしれないわ。
あなただって、医師免許を試験に落ちて取れないかもしれないし、医療ミスで訴えられるかも知れないじゃないですか」
美雪の目から涙がこぼれて、全員、気まずく口をつぐんだ。
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