第21話 会いたい

 美雪の部屋の前で、困り果てたように明彦が立っていた。手には、持ち帰り用のカツサンドを持っている。

「美雪、開けてくれよ」

「い・や」

「頼むから」

「お兄ちゃんとは、もう二度と出かけないし、口もききたくない」

「美雪ぃ」

 それを見ていた留美は、明彦をせせら笑った。

「当然ね」

「母さん……」

「美雪の気持ちをないがしろにして、騙して不意打ちでそんな事をするからよ」

 留美は腰に手を当てて言い、こそこそと後ろを通りかかった勝にも言った。

「あなたもよ。共犯だって言うのはわかってるんですからね。

 いいえ、何て言ったかしら。そう、共同正犯だっけ?」

「それはいいから、美雪の事だ」

 勝が咳払いをして言うのに、留美が眉を吊り上げる。

「そう、美雪よ。あなた達、酷い事をしたと思ってないの?」

「美雪の為にだな――」

「あなたの為でしょ」

「母さん。美雪には可哀そうなことをしたとは思うよ。でも、どう考えても深海君より誠司君の方がいいだろ?」

「勝手に決めるなんて何様のつもりかしら。

 1万歩譲ってそうだとしても、やり方が間違ってるでしょう?ちゃんと、どうして深海君ならだめなのか、論理的に説明しなさい」

「1万歩って、多すぎるよ、母さん」

 明彦が力なく抗議する。

「経済的に――」

「ああら。大学生と高校生。自分で稼いでいるだけ深海君の方が甲斐性があるわね」

「将来が不安定じゃないか」

「医者だってあるわよ。医療ミスやら何やら。深海君だってアカデミー賞を獲るかも」

 明彦はボソッと、

「流石、親子だなあ」

と感心したように呟いた。

「誠司君は、真面目で成績だっていいらしいし、社交的らしいし、明るいらしいし」

「待ちなさい。みんな『らしい』ね。却下よ。

 それに、そういう子なら女癖が悪かったりするのよ」

「偏見だ」

「そう?若い頃、明るくて社交的で真面目だったあなたは、4人と浮気をして離婚寸前までなったのよね。覚えてるかしら」

 勝は苦虫をかみつぶしたような顔で、

「口では女に勝てん」

と悔しそうに呟いた。

「いいこと?反対なら論理的に理由を述べてみなさい」

「そういうお前はどうなんだ。深海の倅でいい論理的理由とやらは」

 勝がようやく反撃してくる。

「ああら。深海君は優しいし、真面目だし、経済観念もしっかりしてるし、礼儀正しいし、新見さんや新見コーチや佐原さんや他の人に訊いても悪い評判は聞かないわ。何より、美雪を大事にしてくれるし、美雪が深海君を大事に思ってるから、美雪は深海君といる方が幸せになれるのよ」

 勝はぐうと唸って、リビングに去った。

 明彦は、

「これが『ぐうの音も出ない』というやつか」

と感心したように言った。


 美雪は廊下の言い合いを聞きながら、心の中で、

(お母さん、ありがとう)

と手を合わせた。

 そして、考える。

 ファンサイトの事は知っており、自分について意見が分かれているのも知っている。それでも、自分を擁護してくれる人達も多いので、これまでは考えないようにしていた。

 しかし、気になってしまう。

(隣にいちゃ、だめなのかな。深海君のお父さんの会社を潰したのはお父さんだし、深海君のお母さんが自殺したきっかけは、深海君は言わないけど、私かも知れない)

 匿名での書き込みで、深海彩菜の入院先の病院関係者という人が、『夫の会社を潰した敵の娘と付き合ってると聞いて錯乱し、その翌朝自殺した』と書いていたのだ。

(それが本当なら、やっぱり私には、深海君とお付き合いする資格はないのかなあ)

 視界がぼやけて来る。

「会いたいなあ」

 ポツンとこぼれた言葉は、震えていた。


 修理が終わったのは、もう暗くなる頃だった。

「やっと終わったと思ったら、もうこんな時間か」

 予習、復習も済み、ストレッチもやり、芝居の稽古もし、ふとスマホが目に付いたので、嫌でもファンサイトの事を思い出した。

 美雪にどういえばいいのか、迷うばかりだ。

(井伏達は恐喝未遂、脅迫、住居侵入、暴行、器物損壊、大麻所持と大麻使用で捕まったし、今回も過去の件でもまるで反省をしていないのは明らかなので、今回はそう軽い罪にはならないだろう。

 でも、また来ないかな。今度こそ、東風さんに何かしようとしないかな。

 僕は、東風さんに迷惑をかけるだけなんじゃないかな)

 一旦そう考えだすと、思考はマイナスの方にしかいかない。

「会いたいなあ」

 知らず出た言葉が自分の耳朶を打って、崇範は自分の呟きに狼狽した。







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