第16話 待ち伏せ
きれいな焼き色の卵焼きは2つに切ってハート型になるように入れてあり、ミートボールとうずら卵は星の付いたピックに刺してある。あとはきんぴら、ほうれん草の胡麻和え、小さいコロッケ、マカロニサラダが入っていて、ご飯の上には、鮭フレークが乗っている。
「美味しそう。東風さんが?」
「うん。お母さんに手伝ってもらってだけどね?」
正直に言うと、美雪がしたのは鮭フレークをかけたのとうずら卵とミートボールを刺したのとコロッケをレンジでチンした事くらいだ。
でも、多少の見栄は張りたい。
崇範は嬉しそうな顔で、お弁当を眺め、写真を撮った。
もう今更真実は言えないと、美雪は思った。
「ありがとう。いただきます!」
ドキドキしながら、崇範が1口目を食べ、感想を言うのを待つ。
(きんぴらから行ったわね)
「ん、美味しいよ!東風さん、料理美味いんだね」
(ギクッ)
「えへへ、そうでもないよ?でも、ありがとう」
微かに沸き起こる罪悪感と、今からこれを本当にしなくちゃというやる気を笑顔の下に隠して、
「いただきまあす」
と美雪もお弁当を食べ始めたのだった。
「特訓はどう?」
崇範の手が一瞬止まる。
しかし笑顔のまま、
「うん、まあまあ、かな」
と曖昧に答えた。
「そう!じゃあ大丈夫ね!良かったわ。ああ、楽しみ!」
ニコニコする美雪を見ながら、崇範は、
(まずい。何とかして、上手くならないと……!)
と、笑顔の下で強く決意するのだった。
そんないつもの昼休みを終え、午後の授業を終えると、崇範は事務所へ、美雪は帰宅の途に就く。
「また明日ね、深海君」
「うん。じゃあね、東風さん」
にこにことして別れた後、美雪はスーパーへ駈け込み、崇範は事務所に急いだ。
練習を終えると、今日の練習相手をした新見と様子を見に来たドラマのプロデューサーがうんうんと頷いた。
「何か、掴んだか?やけにやる気じゃねえか」
「何と言うか、その、がんばろうと強く思いまして。
でも、難しいですね」
「いいですよ、この調子で。最初から、アカデミー賞を狙う演技は無理ですから」
「はい!がんばります!」
やる気に満ち溢れて崇範は事務所を出たが、そこに、崇範を待っている人がいた。
「深海崇範?ちょっと顔貸せよ」
いくらなんでも、素直にいう事を聞く気はない。
しかし男の、
「俺、井伏利也。あんたの親父の事で話があるから」
というセリフに、高揚感も吹き飛んだ。
「父の事で?井伏利也って、確か」
「そ!あんたの親父を殺した主犯ってやつ」
井伏はあっさりとそう言った。
どう見ても、品行方正とは縁遠い。
「ここじゃあだめなのかな」
「ここ?まあ、いいか」
井伏は車にもたれかかるようにし、その井伏の横に立つ女は、観察するように崇範を見て唇を舐めた。仲間の男2人は、崇範の左右から挟み込むようにして立つ。
「用件は、責任を取ってもらいたいって事」
崇範は、事件の事を何か話して謝罪でもするのかと思っていたら、全く違う事を言われて驚いた。
「は?責任?」
思いもよらない言葉だ。
仕事を終え、事務所に向かっていた佐原は、事務所の入っているビルの駐車場に崇範達が立っているのを見かけた。
(ん?何か、雰囲気がおかしいな)
佐原は足音を殺し、そっと近付いて行った。
「そう、責任だ」
「何か責任をとらなくてはいけないような事がありましたか」
「ありまくりだっての」
井伏はタバコをくわえ、ライターで火を点けると、深々と吸い込んでから煙を吐き出した。
「おまえの親父が死んじまったせいで、俺は矯正施設に入らないといけなくなったわけ。それ以来、親には勘当とか言われて金もくれなくて、そのせいでまた人を襲わないといけなくなったじゃん?お前の親父が死ななければ、今頃こんな風にはなっていなかったのに」
佐原は、聞いた言葉が日本語であるのかどうか、疑いたくなった。
崇範はと見ると、怒るより、完全に唖然としていた。
「……はい?」
「だからぁ、慰謝料を要求しようと思って」
「……慰謝料……」
「そ!
まず金。5人に1人3000万くらい?それから、女。芸能人とか、あんたの彼女でもいいから。紹介してもらう。あんたはこいつの相手してやって」
「……」
「取り敢えずはこんなもんかな」
「冗談にもなってないですよ」
「こっちも冗談じゃねえよ。
いいか。悪いのはお前の方なんだから、お前が何とかするべきだろ。今週中に用意しとけよ。そうじゃないと、あんたの――いや、彼女の恥ずかしい写真を撮ってばらまいてやるからな」
井伏は仲間を引き連れて、悠々と歩いて行った。
それを見送って、同じく見送っている崇範に佐原は声をかけた。
「おい、崇範」
「あ、佐原さん。お疲れ様です」
「おう。じゃねえよ。何だ今の?」
「ううん。本当に本気なのかな?夢?おかしいな……」
「取り敢えず新見に話してみよう。考えるのは新見の担当だ」
「はい」
崇範と佐原は、事務所に向かったのだった。
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