第15話 企む夜
井伏利也は、恋人の携帯をチラッと覗いて、チッと舌打ちをした。
「あはは。焼いてるの?」
女は笑って、タバコの煙を吐き出した。ただのタバコではない。大麻だ。
「フン。誰が」
井伏は言って、彼女から大麻を取り上げ、自分がくわえた。
「そりゃそうね。向こうは正義の味方、これから上り坂。あんたは下って、底だもんね。深海崇範に焼くなんてないわ」
「お前もだろ。大麻でバカになった下品な女、相手にされるわけもないもんな」
彼女は目を吊り上げて、無言で井伏の膝を叩いた。
井伏達は広い縄張りと大人数を抱える半グレ集団だ。
最近では、ヤクザよりも質が悪いと、警察だけでなくヤクザからも厄介だと嫌われる半グレ集団だが、この集団もその例にもれず、やりたい放題だった。
井伏は子供の頃から、暴れん坊と呼ばれて来た。初めての補導は小学3年生で、万引きだった。小遣いをたくさんくれない親が悪いのだと主張した。その後、万引きをして注意して来た店主や店員を殴って捕まった時は、高い値段をつける店が悪いと言った。ちょっと好みの女の子がいたので押し倒したら騒がれ、殴りつけて歯と骨を折ったら捕まり、騒いでイライラさせるからだと文句を言った。
しかしそこまでは、親が金と権力でどうにかした。次が問題だった。
夜、ちょっと詰まらないと思っていたらフラフラと歩く男がいたので、暇つぶしに殴る蹴るでストレス発散をしているうちに死んでしまい、流石にもみ消せずに捕まった。簡単に死ぬ方が悪いのだと、今も井伏は思っている。
施設を出た後、遊んでいたら財布が空になったので、その辺の通行人を殴って調達したら、また捕まった。
それ以来、『少年A、再犯』等とネットや週刊誌で書かれ、顔も名前もさらされ、親にもとうとう見放された。おかげで金銭が入って来ず、半グレ集団とつるんで調達しなければならない。
「くそっ。あの時あの深海とかいうおっさんが死んだせいだ。あれで俺の人生は上手く行かなくなったんだ。責任をとってもらわないとな」
井伏はそう言いながら、画面に出ている崇範の写真を眺めた。
「何をする気よ?」
「まずは慰謝料に金だろ。あと、芸能人の女を紹介させる」
「ええーっ?」
「お前は何だったら、こいつとやればいいだろ」
「ああ。それもいいかも」
似た者同士のカップルは、楽しそうに笑いながら、大麻を代わる代わる吸っていた。
美雪は母親の留美と、お弁当の下準備をしていた。
「深海君は何が好きか聞いておけばよかったなあ」
残念そうに美雪が言う。
「食べながら、少しずつ訊き出して次に生かせばいいのよ。
今は男の子の一人暮らしで、その前はお婆さんと暮らしてたんでしょ。あんまり洋風の凝ったものは食べてないんじゃないの?」
「でもこの頃は、レトルトとかも手頃で美味しいのがあるし……」
「じゃあ、そのうち鍋でもする?うちに呼んで」
「いいの!?でも、お父さんとお兄ちゃんが……」
留美は笑って、
「何も言わせないわよ。
でも深海君が気を使うといけないわね。じゃあ、2人がどこかに出張したらしましょ」
と言った。
「わあい!ありがとう、お母さん!」
自分に作ってくれたものよりもきれいなお弁当を、兄の明彦は複雑な気分でそっと物陰から眺めた。
(美雪のやつ、本気か?母さんまで。まだどうなるかもわからない貧乏高校生だっていうのに。美雪なら一生苦労しないで済むいい所に嫁げるんだからな。
このままではまずいな。深い付き合いになる前に、何とかして別れさせないと……)
明彦は忙しく頭を働かせ、自分の交友関係で利用できるものはないか考え始めた。
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