第8話 バレンタインの夜

 集団で襲って来る子ネズミの怪獣は、どう防御し、どこからどう攻撃すればいいのかわからない。そこで宇宙刑事達は3人で背中合わせに腕を組み、光線銃を発射しながら恐るべきスピードでグルグル回って大量の子ネズミを退治した。

 親玉の親ネズミだけになると、まず3枚目担当の刑事が頭突きをし、クール担当のサクヤ刑事が警棒で殴り、情熱担当の刑事がキックをして、親ネズミはよろめいて倒れる。

 それを見届けて、3人でポーズを決める。

「はい、カット」

 その声にホッとして、ヘルメットを脱ぐ。

 怪獣が冷凍処理されて警察本部へ護送されるシーンは先に撮ってあるらしく、怪獣もこれで終わりだ。

「はああ、暑い」

 怪獣から出て来た佐原が、汗をタオルで拭きながら息をついた。

「お疲れ様です」

 崇範が水を渡すと、佐原はそれを口にして、

「はああ。生き返るな」

と息をついた。

 そして、

「OKでぇす」

という声で、更衣室へ向かう。

 その途中でスタッフが、ピンクの小さな箱を崇範に持って来た。

「チョコレートが届いていますよ」

「僕?女優さん宛でしょ」

「いいえ。ほら」

 スタッフが指差すところには、『サクヤ刑事の中の人へ』と書いてある。

 スタッフも覗き込んだスーツアクター達も、苦笑いだ。

「中の人は禁句だろ、おい」

「これ、お子様じゃねえな」

「しかも、珍しく女」

 サクヤ刑事宛てに来るファンレターは大半が男だ。以前舞台あいさつに行った時に男に抱きつかれたこともあった。AV女優の首から下とコラボレーションした写真に『好みの体型だ。俺の子供を産んで欲しい』というコメントを付けて送り付けられたこともあった。これは皆でさんざん大笑いしたが、崇範はがっくりときたものだ。

「おねぇという線もあるぜ」

「ユリもあるな」

 好き勝手な事を皆が言うので、開けるのが恐ろしい。

 だが、その筆跡に見覚えがあった。

 そこで、ガサゴソと包装をはがしてみると、メッセージカードが入っていた。『助けてくれてありがとうございました』と。

「ああ。言ったでしょ?この前、絡まれていた女子高生を助けたって」

「ああ、あれか」

「つまらん」

 途端に皆は興味を無くし、着替えを始めた。

 佐原が、浮かない顔の崇範に目ざとく気付いて、2人になった途端、訊く。

「チョコレート貰わなかったのか?好きな子が別の子にチョコレートを渡してるのを見て失恋したのか?」

「いや、貰いましたよ。学校一の美少女のお嬢様です」

「にしては浮かない顔だな」

「そうですか?」

 そう答えて更衣室を出たところで、新見がいた。

「社長?」

「おう。近くまで来たんで迎えに寄った。乗っていけ」

 笑っていない目で笑う新見と佐原に挟まれて、崇範は新見の車に乗り込んだ。


 2人は崇範の保護者役を自認しており、崇範の暮らしから成績まで、気にしている。いくら崇範がごまかしても、この2人には通用しない。

「学校から連絡があった。崇範、4階から落ちたんだって?」

 新見が言うと、佐原は目を丸くした。

「ケガなしか!?」

「いやあ、日頃のバイトの賜物ですね」

 ジロリと崇範を見て、新見が続ける。

「今日は怪文書が出回って、お前、登校直後に帰ったんだってな」

「さぼっちゃいました」

「さぼっちゃいましたじゃねえよ!」

「それで浮かない顔してやがったんだな」

 仕方なく、崇範は昨日の事故から今日の病院までの全てを話した。

「事故じゃないって事は言ったのか」

 新見は難しい顔で訊く。

「いえ。証拠もないし、擦りむいたくらいでケガも無かったし、騒ぐのもどうかなと」

 崇範が答えた途端、佐原が怒った。

「アホか!それは単に結果論だ!無事だったから今日は怪文書だったかも知れねえだろ!」

 新見も大きく息をついた。

「嫌がらせにしては悪質だな、昨日の事故は。

 そうする相手に心当たりはないのか」

「……ありません」

「これは一応学校側に連絡した方がいいんじゃないですか、社長」

「そうだな。警察にも届けるべきだろうな、殺人未遂で」

「そんな大げさな」

 言った途端、2人から無言でジロリと睨まれて、崇範は小さくなった。

「それより、母と東風重工と、何かあったんですか」

 話題を変える。

 すると今度は、2人が顔を見合わせた。

「東風重工ねえ」

「わからんな。でもまあ、お金持ちのお嬢様相手だと苦労するからとか、そんなんじゃねえか?」

 そんな感じの取り乱し方では無かった気がするし、2人が何かを隠しているように見えるが、崇範にはわからない。

「そうですか。また明日、様子を見て訊いてみます」

「ん、そうか?」

 迷うそぶりを見せる佐原と、前を向いてやっと車をスタートさせようとする新見を崇範は見比べていたが、人生経験豊富な2人に、敵うわけもなかった。


 美雪は自室で、思い出してはジタバタとしていた。

 よくも告白できたものだと、今更ながら思う。昨日の予定では、恥ずかしいやら自信がないやらで、まずは友達になろうと目論んでいたのだ。それが、一応は付き合うという事になったらしい。

「すごいわ、私!

 ああ、明日どんな顔して会えばいいの?それに、何て呼ぼう。いつまでも君付けとさん付けというのもねえ。だって、カ、カ、カップルなんだもの。

 きゃああ、恥ずかしい!」

 ゴロゴロゴロとベッドを転がる。

 恥ずかしさと嬉しさのあまり、明日の小テストの事はすっかり忘れ去っていたのだった。


 草本と田中は、人通りの多い駅前の噴水で、背中を丸めて相談していた。彼らは知らなかったが、昼間に崇範と美雪が座っていた場所だ。

「いいのかな、このまま加担していて」

「嘘はついてないだろ」

「そうだけど、昔の記事をばらまいてさ……卑怯じゃね?」

「でも、堂上に逆らったら不味くないか。他にも取り巻きはいるんだから、そいつらに報復させるとかしそうだしさ。

 それとも、他のやつらに言って説得でもするのか?」

「……オレ、見たんだよ。堂上が窓の掃除をする深海の足を払って、態勢を崩して窓枠に引っかけようとしたのも払って深海を4階から落としたの」

 草本の告白に、田中はポカンとし、次に慌てた。

「え。それは流石に、やり過ぎだろ?いや、見間違いじゃないのか?」

「いいや、ちゃんと見た。それに、偶然でもない」

 2人は黙って、しばらく考えた。

「何で深海を急に目の敵にするんだろう」

「それはやっぱりあれだろ。東風さんが深海を気にしてるから」

「東風さん、今日も深海を追いかけて行ったしな」

「東風さんは深海が好きだろ」

「だな。ちくしょう」

 2人は、大きな溜め息をついた。

「薄々、俺達がコピーをばら撒いた事に気付いてるよな、松原は」

「ハッキリ言われる前に、堂上に命令されて配っただけで、中身は後から知ったって言ってしまうか?」

「でも――」

「殺人未遂だぞ。流石に他のやつらも、堂上に付かないだろ」

「……もう少し様子を見てからでもいいんじゃないか?」

「そうするか。報復が怖かったと言えばいいな」

 2人はそう決めると、安心したような顔で立ち上がった。

 背後に聞き耳を立てていた週刊誌の記者がいる事に気付かず。

 





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