第24話 幸せ4

 自宅の最寄り駅に着いた頃には、外はもう真っ暗だった。

 

 俺は歩きながら、最近起こった出来事を思い返す。


 冬白川と出逢ってから毎日色んなことがあったな……

 ぼっちだった頃からじゃ考えられないぐらい色々あった。

 まぁ、今もぼっちなんだけどさ。


 なんというか、世界が変わっていくような……

 日常って、変わっていく。

 それを思い知らされる毎日だ。


 あいつと出逢ってなかったら、今でも学校に行って帰るだけの寂しい日々だったと思う。

 礼を言いたいよ。

 冬白川琴乃に。

 楽しい日々をありがとう、と。


「…………」


 そして、これからあいつに伝えなきゃ……

 今日の事を……冬白川琴菜との事を。


 俺はスマホを取り出し、冬白川琴乃に連絡を入れる。

 家じゃ話しづらいから外に出てきてもらうためだ。

 連絡が行ったことを確認し、また俺は歩き出した。


 待ち合わせの場所は、近くの公園。

 到着した俺は周囲を見渡す。

 公園に明かりは一つしかなく、周囲は薄暗い。


 公園の中央にはトンネルや滑り台のついた山形遊具があり、他には赤いうんてい、汚れた滑り台、ブランコ、忘れられたスコップが突き刺さっている砂場がある。


 静かな園内に風が吹いて、木の葉が擦れ合う音が聞こえてくる。

 少し肌寒い風だ。


 俺はブランコに立ち乗りし、冬白川が来るまでの時間を潰した。


「勇児くん……」


 いつものジャージ姿で冬白川が公園にやって来た。

 その表情は暗く、不安げなものだ。


 俺はブランコから飛び降り、冬白川の前に立つ。


「冬白川……」


 言おうと決めていた言葉。

 だけど彼女を前にすると、言葉が中々出てこない。

 

 冬白川は落ち着かない様子で、俯き加減に目を泳がせている。


 ハッキリさせないといけなんだ、俺たちの関係を。

 だから、言え。


「冬白川……ごめんな」


 俺の発した言葉に、冬白川の瞳に涙がたまっていく。


「うん……うん」

「本当にごめん……」

「分かってる……私じゃお姉ちゃんに勝てないなんて、初めから分かってる」

「…………」


 泣き顔を上げて、彼女は辛そうに言葉を続ける。


「少しの間だけでも勇児くんと一緒にいられて……幸せだったよ。私」


 でも、その顔は幸せそうではなかった。

 辛そうに、この世の終わりみたいな暗然とした表情をしている。


「……この間の観覧車に、冬白川琴菜と一緒に乗ってさ。世界がキラキラ輝いて見えたんだ」

「…………」


 彼女は肩を震わせるだけで何も言わない。


「その時思ったんだ。ああ。俺はお前じゃないとダメなんだな……って」

「……えっ?」


 突然の言葉に冬白川は涙を止めて、可愛らしい顔をキョトンとさせて俺を見た。


「お前のお姉ちゃんといる時は世界がキラキラしてたけど……お前といる時は、世界がキラキラして幸せな気分になるんだ」

「……幸せ?」

「ああ。この幸せな気持ちは、夏野でも、冬白川琴菜でもダメなんだ。冬白川、お前とじゃないと感じられない気持ちなんだ」

「……でも、ごめんって……」

「あ、ああ。今まで不安にさせてごめんって意味で……」


 完全に言い方が悪かった。

 わざとじゃないけど、俺だって緊張してるから許してくれ。


「俺、お前のお姉ちゃんのこと、断ってきた」

「え?」


 ◆◆◆◆◆◆◆


 ――俺はあの観覧車で、冬白川の告白を断った。


「俺も……ずっと冬白川の事が好きだった」

「……じゃあ」

「でも……ごめん。今は――」


 ◆◆◆◆◆◆◆


「だからこれからも、俺はお前と一緒にいたい」

「…………」


 早鐘を打つ心臓。

 ヘタレすぎてビビってる。

 だけど、俺は言う。

 俺の彼女への気持ちを。

 彼女に対する、真摯な気持ちを言葉にする。


「俺は……冬白川琴乃が好きです。これから先も、変わることなく。永遠に」


 俺の告白に、冬白川は涙が止まらなくなっていた。

 顔をぐしゃぐしゃにして大粒の涙を止めどなく流す。


「でも私、お姉ちゃんみたいに何もできないよ?」

「何もできないことないよ。お前は俺に幸せをくれている」

「でも私、高校中退してるんだよ?」

「学歴なんて俺たちの幸せに関係ない。かあちゃんだって中学中退してるけど、毎日幸せそうに生きてる」

「でも私、根暗だよ?」

「知ってるよ」

「でも……でもっ……」


 俺は冬白川を力強く抱きしめた。

 想いを込めて。

 俺の想いが届くように。


「お前がいいんだ。俺は、お前以外にいらない。好きだ冬白川」

「勇児くん……」


 さらに彼女は涙を流し、大声で泣いた。

 俺の胸で、今までの不安を消し去るように。

 これが現実だと、確かめるように。



 冬白川はその後、長い間泣いていた。

 ようやく涙が収まりはじめ、すんすん鼻を鳴らしている。


「私、お姉ちゃんが勇児くんのこと好きだって聞いて、諦めていたの……だって私がお姉ちゃんに敵うわけないんだから。勇児くんだって、私のことをお姉ちゃんだと勘違いしていたから一緒に暮らしてくれていただけだって思ってた」

「ああ……正直、悩んだけどな」

「私もずっと不安で怖かった……ねえ勇児くん」

「ん?」

「本当に私のこと好き?」

「本当だって。世界で一番好き」


 冬白川は俺の腕の中でカーッと顔を赤くさせる。

 もう最高だな……

 メチャクチャ可愛いんですけど。

 メチャクチャ可愛いんですけどっ!


「じ、じゃあ、お願いがあるんだけど……」

「何?」


 彼女は俺の背中に手を回し、ギュッと力を込める。


「私のこと名前で呼んで? お姉ちゃんとは違う、私の名前を」

「…………」


 急に呼び方を変えるのって、妙に照れるな。

 でももう、照れてる場合じゃないだろ。

 彼女がそれで喜ぶなら、言ってやろうではないか。


「こ、琴乃……」

「……勇児くん」


 俺に抱かれながら、喜びに体をくねらせ頭をぐりぐり押し付けてくる琴乃。

 俺も代わりではないが、抱きしめる腕に力を込める。

 

 ああ、幸せだなぁ……

 気持ちが一つになるのって、なんでこんなにくすぐったくて気持ちいいんだろう。

 まるで解け合っていくような感覚。

 ずっとこうしていたい。


 でも、そういうわけにもいかないよな。

 あそこに不審者・・・もいるし。


「あっ……」


 俺が琴乃を腕から離すと、彼女は名残惜しそうに言葉を漏らしていた。


「おい、そこの不審者。何やってんだよ?」

「え?」


 俺は滑り台の裏に隠れている人間に向かって言葉をかけると、琴乃は驚いた様子でそちらに視線を向ける。


「あれっ? バレてた?」

「お、お母さん?」


 こそこそ出て来たのは、こちらにスマホを向けている母親と桜だった。

 またムカつくぐらい楽しそうな笑顔をしてやがる。


「いつからいたんだよ?」

「いつからって……最初から」


 全部見られてたのかよっ。

 恥ずかしいなぁ、くそ。


「それで、そのスマホは何?」

「え? これ? i――」

「機種の話はしてない! なんでこっち向けてんだって聞いてんの」

「ああ。息子の告白を記録しておこうと動画撮ってんの」

「……お願いだから消して」

「ヤダ」


 見られてたってだけでも恥ずかしいのに、それを撮られてたなんて……

 最悪だ。

 最悪だけど、もういいわ。

 こうなったらこの人話が通用しないし。

 誰かに見せるわけもないだろうからもう放っておこう。


「よしっ。SNSにアップしよ」

「止めろ止めろ! マジ止めろ! なんであんたの自己顕示欲のために俺が晒し者にならなきゃならないんだよ!」


 誰かに見せる気満々だった。


「え~。みんなにもうちの息子の勇姿と、可愛いお嫁さんの姿見てもらいたいじゃん?」

「じゃんじゃねえよじゃんじゃ。何考えてんだよ、まったく……桜も止めろよな」

「話聞かないから無理」


 そう言う桜の手に視線を落とすと、なぜか金槌を持っていた。

 重々しいそれは、薄暗い公園の中でも黒く光って見える。


「桜。何でそんな物持ってんだ?」

「お母さんが持っててって」

「何で?」


 母親に短く訊く。


「ん? あんたら最近ギクシャクしてたでしょ? だから琴ちゃん振るような話だったら、勇児のことぶっ殺ろしてやろうと思って」


 凶器かよっ!

 さーっと血の気が引いていくのを感じる。

 てへっみたいな可愛い顔をしてるが、発想には可愛らしさの欠片もねえよ。

 この人、マジでやりそうだから怖いんだよなぁ……


「……ふ……ふふふっ」


 突然、琴乃が笑いだした。


「ど、どうしたんだよ」

「ごめん……でも嬉しいの」

「何が?」


 琴乃は大きく息を吸い、今まで見たことないぐらい素敵な笑顔をした。

 初めて、本当の笑顔を見た気がする。


 その笑顔は、この世界の何よりも美しかった。

 美しく、愛おしい。

 冬白川琴菜よりも輝いて見える。

 俺の……俺の宝物。

 この世界でようやく見つけた俺の宝物。


「これからも、この家族と一緒にいられるのが嬉しくて……幸せなの」


 琴乃はまた、目に涙をためている。

 本当、泣き虫だな、こいつ。


 木々を揺らす風が吹き、俺たちの頬を優しく撫でる。


 母親が琴乃の言葉に、背後からガバッと抱きしめた。

 桜は琴乃の手をそっと握る。


「うん。ずーっと一緒だよぉ。琴ちゃん」

「これからもよろしく」


 俺は琴乃の涙を拭いながら声をかける。


「かあちゃんの餃子、一緒に食ったしな。琴乃はもう秋山家の一員だよ」

「うん。ありがとう……ありがとう、みんな」


 これから先、何があろうとこの大事な宝物を守っていかないと。

 もう絶対にブレない。

 俺は決意する。

 この笑顔を生涯守っていくと。


「お母さん」

「なぁに?」

「私……餃子の作り方教えてほしいです」

「いいよー。今度一緒に作ろうね」

「はい」


 一番の幸せに出逢えた奇跡に感謝しながら、俺は心にそう強く誓った。

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