第23話 幸せ3

「……冬白川が来たかったのって……ここ?」

「うん。そうだよ」


 冬白川が来たかった場所。

 それは……

 冬白川琴乃と一緒に来た遊園地だった。


「なんでここに来たかったんだよ?」

「うーん……なんでだろ? 最近ふっとここの遊園地のことが頭に浮かんだんだ」


 それって妹からテレパシーみたいなものを受信したとかじゃないですか?

 ほら、双子って神秘的な力があるとか言うし。

 それでこの間俺と一緒に来たから、そのイメージが冬白川に伝わったとか。


「そ、そうなんだ……で、冬白川は何に乗りたい?」

「ジェットコースター」


 そこは一緒じゃないんだ。


 俺たちはこの園内で一番人気のジェットコースターに乗りに行くことにした。

 てくてく歩いているだけの冬白川。

 だが大勢の人が行き交う中では周囲から視線が常に注がれている。


 妹も同じ顔だから注目されるんだけど……

 こいつはなんというか、オーラが違う。

 冬白川の周りだけ輝いているようにも見える。


 中学の時にこっちの冬白川ばかりモテたと言っていたが、一緒にいるとその理由がよく分かる。

 この子は、光そのものだ。

 陰の部分が一切ない、良いもののみで創られたような存在。

 人を引き付けて止まない。

 妹の方はどちらかと言うと……どちらかと言わなくてもネガティブだ。

 警察とのことでもそうだったが、どうでもいいことでよく悩む。


 同じ姉妹で、双子だというのにこんなに違うものなんだろうか。

 と言っても、あのネガティブは母親の影響が強そうだけど……


 俺が見ているのに気づき、ニコッと笑う冬白川。

 そんな顔しなくても分かるよ。

 お前は可愛い。

 って、そんなこと主張しているわけでもないだろうけど。


 ジェットコースターに乗り、安全バーが下げられる。

 隣でワクワクしている冬白川。


「秋山くんはこういうの好き?」

「好きか嫌いかで言うと……好き寄りかな?」

「寄りって。完全に好きじゃないんだ」

「まぁ、乗りたいとは思わないけど、乗ったら乗ったらで楽しいかな。冬白川は……好きそうだな」

「うん。すっごく好きっ!」


 眩しい笑顔を見せやがってこいつ。

 反則級の可愛さだな。


 動き出したジェットコースター。

 冬白川は終始笑顔できゃーきゃー言っていた。

 恐怖は一切感じていない模様。

 これが普通なんだろうか……


 俺は妹の冬白川と一緒に乗った時のことを思い出す。

 あいつもきゃーきゃー言ってたけど、ちょっと泣いてたっけ。

 でも楽しんでたなぁ。

 怖いけど面白い。

 そんな反応だった。


 その後も絶叫系を中心に色々と乗り回す事となった。


 座席が前後に回転するコースター。

 ぐるんぐるん回るジェットコースター。

 左右に何度も振られるジェットコースター。


 もうジェットコースターばっかじゃん。

 とにかく冬白川は、絶叫系が大好きなようだ。


「あー楽しいねっ」

「ああ」

「秋山くんは何が一番楽しかった?」

「お前の顔を見てるのが一番楽しかったよ」

「えっ……そ、そう?」


 あ、照れてる。

 頬を染めた冬白川も可愛いな。

 って、なに俺も俺で思ったことを口にしてるんだよ。

 恥ずかしさに頭が爆発しそうだ。


「メ、メリーゴーランドだ!」

「え?」


 赤い顔で冬白川が指差したのは、冬白川琴乃と一緒に乗ったメリーゴーランドだった。


「昔ね、琴乃と乗ったことあるんだメリーゴーランド」

「ああ、そう……なんだ」


 知ってる。

 あいつが昔唯一楽しめたアトラクションって言ってたから。 

 でも、こいつが一緒に乗ったとは知らなかった。

 まぁ家族と来たって言ってたから姉妹一緒なのは当たり前だろうけど。


「あの子、メリーゴーランドだけ楽しんでたな……それ以外はずっと俯いてて、つまらなそうだった」

「……そっか」

「……琴乃のこと、気になる?」

「気にならない」

「え?」

「そう言った方がお前は喜ぶんだろうけど……正直気になる」

「……だよね」

 

 苦笑いする冬白川。

 だが彼女は当時のことを思い出し、懐かしそうに笑みをこぼす。


「メリーゴーランドの時だけ、親がいなくてね。確か、ジュースを買いに行ってたと思うんだけど……その時だけは本当に笑顔で、楽しそうで……」


 少し辛そうに視線を落とす冬白川。


「お母さんがあの調子でしょ? もうずっと子供の頃からそうだったの」

「うん。あの子から聞いたよ」

「私ももっと優しくしてあげてってお母さんに言ってきたんだけど、全然話にならなくて……病気にもなって、家に引きこもるようになったの」

「うん」

「それでね、毎日暗い顔してたからさ……あの日、私の制服を着せさてあげてね。少しは気分転換にでもなったらいいなって思ったんだけど……」

「思ったけど……どうしたの?」

「お母さんがその制服姿見て『学校も行ってないのになんて恰好してるの!』って激怒して……それで琴乃が「なんで毎日そんなに怒るのっ!」って珍しく怒り返して、家を飛び出しちゃってさ」


 それでその後俺と出会ったってわけか。

 なるほど、制服姿だったのはそういうことだったんだ。


「本当、辛かっただろうな」

「私は目の前で見てきたからね……自分で言うのもなんだけど、なんでもできてしまう私の責任でもあったから、私も辛かった。成績を残さなかったら良かったのかも知れないけど、教育ママだからできなかったらできないで琴乃みたいに言われるし、どうしようも無かった」

「冬白川の責任じゃないよ。あれはお前らのお母さんが悪い。だから、気にする必要は無いんじゃないかな?」

「……ありがとう、秋山くん」


 彼女が嬉しそうな顔をしている。

 どうしたって惹かれるよな、こんなの。

 可愛いにも程がある。


「そろそろお腹空かないか?」

「そうだね。何か食べる?」

「ああ。あっちに売店があるから行こう」

「へぇ……ここ知ってるんだ」


 あなたの妹さんと来たことがあります。

 正直に話してもいいけど、正直に話す必要もないよな?

 よし。黙っておこう。


「ま、まあな。来たことはある」

「ふーん」


 売店の方に移動すると、以前冬白川に待っていてもらった席が丁度空いていたので、彼女にもここで待っててもらうようにした。


「冬白川は何が食べたい?」

「私、ホットドックが食べたいな。こういうところでしか食べれないから、来たら食べるようにしてるの」

「確かに。普段は置いてる店も少ないし、中々食べれないよな」

「でしょ? レアとまではいかないけれど、普段はないような感じ。そういうの好きなんだ」


 ニッコリ笑う君の笑顔はスーパーレア。

 いや、ウルトラレア相当だ。

 って、ゲームのキャラクターじゃないぞ。

 冬白川は。


「じゃあ買ってくる」


 俺は売店に並び、ホットドックとジュースを2つずつ購入した。

 会計を済ませ、冬白川の下に戻ろうとすると……

 先ほどまで無かった行列ができあがっていた。


 まさか……


「な、なあ。良かったら俺と遊ばない?」

「ごめんなさい。連れがいるから」


 やはり冬白川目的の行列か。

 妹の時と同じく、彼女をナンパするための行列ができあがっていた。

 ちらほら怒っている女性がいるところまで同じパターンだ。

 

 冬白川はナンパされ慣れているのか、笑顔で軽くあしらっている。

 こういうところは妹とは違うんだなぁ。

 余裕がある。


「お、お待たせ」

「ありがとう」


 俺を見て、男たちは悔しそうに散り散りに去って行く。

 恨めしそうに俺を睨みながら。

 お願いだからこっち見ないで。


 ホットドックを楽しく会話しながら食べた後、また絶叫系アトラクションで遊び回った。

 色々と遊び回り、そろそろ帰宅を考えるぐらいの時間になりかけた頃、冬白川はとある物を指差した。


「ねえ、あれ」

「ああ……」


 それは観覧車だった。

 冬白川琴乃と乗った観覧車。


「あれ乗らない?」

「いいよ。乗りに行こうか」

「うん」


 動く観覧車に危なげもなく乗る冬白川。

 俺も彼女に続いて観覧車に乗る。


 俺が席につくと、冬白川は前の席についた。

 やっぱり隣には座らないんだ。

 うん。これが普通なんだよな。


 少し揺れながら徐々に上がっていく観覧車。

 俺たちは何も言わずに景色を眺めていた。

 すると、冬白川が何かを思い出したかのように口を開く。


「去年の学園祭の事、覚えてる?」

「学園祭……なんか焼きそば焼いたよな」

「そうそう、焼きそば屋さん! 一緒にコーヒーなんかも出して売り上げ凄かったよね」


 それはお前の功績だろ。

 お前がいたから売り上げと秩序がメチャクチャになったんだ。


 去年も俺たちは一緒のクラスだったのだが……教室にいくつかのテーブルを作り、そこで焼きそばを食べれる、焼きそば喫茶なるものをやった。

 冬白川が接客をしていたから、学校中の男子も先生も部外者も鼻を伸ばして焼きそばを食べに来ていて大繁盛。

 食後のコーヒーも何杯もおかわりして、みんな帰ろうとしないから教室の外に大行列ができて大パニックになってたな。

 俺は黙々とホットプレートで焼きそばを焼いていた。

 焼いた焼きそばをクラスの男子が冬白川に手渡すものだから、そこでも冬白川との接点は無かったなぁ。


「あの時、私男の人たちに囲まれてさ」

「ああ。接客中のナンパが暴走してたな」

「……覚えてるんだ」

「……お前のことは、ずっと目で追いかけてたから」

「…………」


 嬉しそうに目を細める冬白川。

 急に黙らないで下さい。

 ずっと見てたのを暴露したのが恥ずかしくなってきた。


「そ、それで帽子かぶった女の子が男の人にぶつかってこけてさ。誰もみんな彼女に気づかないで、私に言い寄って来てて……でも、秋山くんだけはその子を助けに行ったよね」

「そういや、そんなこともあったなぁ」

「その時に、ああ優しい人だなって思って……その後も秋山くんのこと見てたら、人が嫌がってやらないことを率先してやってたよね。ゴミ出しとか、掃除とか」

「……やってたね」


 だって放っておいたら誰もしないだろうし。

 誰かがしなきゃならないんだったら、もう自分でやろうと思ってやったはず。

 もう少し踏み込んで話をすれば、やってくれなんて言えなかったからだ。

 ええ。陰キャでぼっちな俺が人にそんなこと頼めるわけないでしょ。


「この人だって思った」

「え?」

「……あの時から、秋山くんのこと好きだった……」


 彼女の告白に心臓が飛び上がりそうになる。


 そして冬白川は、俺の隣に移動して手を握ってきた。

 彼女の行動に魂が抜け出そうになる。


「……ふ、冬白川」


 夕日が沈み、俺たちの乗る観覧車は朱く染まっていく。

 顔を紅潮させ、緊張に呼吸が浅くなっている冬白川。

 俺を覗き込むその瞳は美の結晶。


 冬白川が動いたことにより揺れた観覧車のように、俺の心も揺れ動く。


「私と……付き合って下さい」

「…………」


 外には美しい景色が広がっている。

 どこまでも続いてそうな朱い空。

 そして彼女がいるだけで、世界がキラキラ輝いて見えた。


「……冬白川」


 そこで俺は、一つの答を得た。

 それは、どちらの冬白川が好きなのか。

 その答えが、俺の中で導き出された。


 俺の気持ちを。

 俺の嘘偽りのない素直な気持ちを彼女に伝える――


「俺も……ずっと冬白川の事が好きだった」

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