第22話 幸せ2

「ただいま」

「お、おかえり……」


 家に帰ると、冬白川が出迎えてくれた。

 心配そうな顔で。

 学校で姉と何かあったか気になるんだろう。

 俺に訊こうとしているが何も言えないでいる。


「今日は学校サボってさ」

「え?」

「夏野と話つけて来たんだよ」

「……夏野さんと?」


 冬白川は驚き目を大きくしていた。


「ああ。だから、お前の姉ちゃんとは会ってないよ」

「……そ、そうなんだ」


 この子は本当に心配性だな。

 出会った時からそうだけど、基本的に考えがネガティブだ。

 全部悪い方向に考える。

 今日一日俺が学校で何をしていたか、それも多分悪く考えていたんだろうなぁ。

 姉とどうなっているんだろうとか。

 ほとんど姉の冬白川のことだろうけど。


 俺もこの子を安心させてあげたい。

 あげたいんだけど……

 迷い続けている。


 でもできるだけ早く決着をつけないと。

 自分の考えに。

 こんな状態じゃ冬白川、また病気になりそう。


 その時、俺のスマホの音が鳴った。

 誰だろう?

 俺の連絡先を知っているのは、かあちゃんと桜と冬白川。

 それと夏野に……冬白川琴菜。

 家族を抜くと、実質3名。

 冬白川を家族と換算するなら2人だ。

 なんて少なさなんだ……俺っ。


 で、誰が俺に連絡をしてきたんだ?

 スマホに表示されていた名前は……冬白川琴菜だった。

 昨日の帰りに連絡先を交換していたのだが、まさかこんなに早く連絡してくるなんて……

 恐るべし冬白川。

 俺なんて名前眺めてるだけで絶対連絡できないってのに。

 それを次の日に早速連絡を寄こすなんて、友達付き合いが上手なんだ。

 圧倒的コミュニケーション能力。


「……お、お姉ちゃんから?」

「あなたはエスパーですか?」


 心底驚いた。

 なんで冬白川は誰から連絡が来たのかわかったのだろう?


「なんで分かったんだよ?」

「だ、だって……勇児くんの連絡先を知ってる人って、夏野さんぐらいしかいないじゃない? でも夏野さんから今日連絡が来るのは考えにくいから……昨日にでもお姉ちゃんと連絡先を交換したのかなって。それに、普段連絡なんて来ないから――」

「わ、分かった。俺がどれだけぼっちなのがバレてるのか分かったからその先は言わないで」


 確かに誰からも連絡は来ない。

 来ないけど人から言われると辛くなる。


 俺は涙を流さないようにスマホに届いた文章を見る。

 そこに書かれていたのは、端的に言うと今度の日曜日にデートしようという内容だった。


 正直、会うのはどうかと思ったが、このままじゃいつまでも前に進めない気がする。

 冬白川琴菜と会って自分の気持ちを確かめる方がいいんじゃないか?


 でも、目の前にいる冬白川に、なんだか悪い気がする。

 いつも感じる罪悪感。 

 裏切っているわけではないけれど……気分がいいものではない。


「行ってきていいよ」

「え?」


 無理に笑顔を作って、冬白川は言った。


「お姉ちゃん、会おうって言ってるんでしょ?」

「あ、ああ……」

「私の事は気にしないで……」


 くるりと踵を返し、冬白川は俺の部屋に入って行った。


 俺が迷っているの、分かってるんだ。

 ごめん、冬白川。

 優柔不断で。

 情けなくて。

 

 でも今何も答えが出ないんだ。

 俺はまだどちらも選べない。

 その答えを得るためにも、お姉ちゃんと会って来るよ。


 そして今、お前に言いたいことがある。


 俺は着替えるために自分の部屋に入りたい。

 あんな話をした後じゃ、顔を合わせにくいよ……

 

 同じ部屋を使うのって、こんな時困るよなぁ。




 ◇◇◇◇◇◇◇



 日曜日の朝。

 俺は朝食を用意しないまま、逃げるように家を出た。

 こんな朝に冬白川と会話をするのは辛い。


 約束の時間まで何をしよっかな……

 包丁でも見に行くか。

 あ、まだ店が開いてないんだ。

 ちょっと何かするには早すぎる時間。


 俺は集合場所の最寄り駅近くのファーストフード店に入ることにした。

 適当にモーニングのセットを注文し、時間を潰す。


 今日は冬白川琴菜と二人で会うのか。

 まだ少ししか話をしたことは無いが、妹と比べて明るい印象を受ける。

 可愛くて、人気者で、勉強も運動もなんでもできて……

 まぁ、高嶺の花にも程があるよな。

 よく俺のことなんか好きになってくれたものだ。


 姉妹揃って男の趣味が似てるのか?

 ぼっち好きとか?

 さすがにそんな特殊趣味の子はいないか。


 集合時間が迫り、俺は店を出て冬白川との約束の場所へ向かった。

 俺が集合場所に到着すると冬白川は既に来ていたらしく、大勢の人の視線を集めている。

 相も変わらず人気があるんですね。

 だが妹の冬白川琴乃と比べ、彼女は堂々としている。

 人から視線を向けられようが、声をかけられようが特に気にする様子はない。

 あれが陽キャの頂点に立つ者の余裕か。

 いや、冬白川のみが持つ強者の余裕であろう。

 あれは陽キャとかそんな枠に収まる人間じゃない。

 あれは超越者だ。


 陽キャも陰キャも全てひっくるめて人々を魅了する選ばれた人間。

 本来俺のような男が触れ合っていい女性ではないのだ。


「…………」


 なんかそんなバカなことを考えていたら、会うのが怖くなってきた。

 このまま引き返して、妹エンドで終わるか……


「あ、秋山くん! おはようっ!」

「あ、ああ。おはよう、冬白川」


 冬白川に声をかけられた。


 当然、引き返すなんてのは冗談だ。

 俺は周囲の目を気にしながら冬白川の下に移動した。

 最近注目されることが多く慣れたのか、人の目が気にならなくなっている自分がいる。

 これが成長というものなのか。


「何あの陰キャ」「え? あれが彼氏かよ」「俺の方がカッコいいんじゃね?」


 だがしかし、暴言には傷つく。

 俺は打たれ弱いからそういうこと言うのやめろっ。


 冬白川は白のゆったりとしたパーカーにブラウンのロングスカート姿。

 足元はスニーカーを履いている。

 こんな一見ラフっぽい恰好なのに……可憐だ。


「どう? 似合うかな?」

「この世で一番パーカーが似合っていると言っても過言ではないぐらいには似合ってる」

「えへへ。ありがとう」


 やんわり照れながら冬白川は礼を言う。

 可愛いなぁ。

 こんな子と今日はデートなのか。

 嬉しいな。


「そういや、今日はどこに行くつもりなんだ?」

「私の行きたいところ」

「ど、どこだよそれ?」


 俺はまだ冬白川の行きたいところが分かるほど、彼女を理解していない。

 現段階の彼女のイメージだけで言えば……

 オペラとか? オーケストラ演奏会とか? 会食パーティーとか?

 みたいな。


 両親もそうだけど気品に溢れているというか、絶対いいとこの育ち。

 うーん。庶民の俺では、どこに行きたいかなど想像つかないなぁ。


「行こ」


 そう言って冬白川は、俺の服の袖を引っ張る。

 その手には、青いミサンガが巻かれていた。

 ただし、妹とは逆方向の右手首に。


 さすがに手を握ることはしないか。

 まだただの友達だもんね。

 まだって、これからもどうか分からないけど。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る