第21話 幸せ1
「……ど、どうしたんだよ、冬白川。お前ってそんな冗談言うようなやつだったのか?」
「冗談じゃないよ。私、秋山くんのことが好きだったから」
冬白川琴菜が、俺のことを好きだった?
妹の方だけでも未だに信じられないというのに、姉妹揃って俺が好きだって?
こんなの……夢に決まってる。
「あ、秋山くん、落ち着いて」
俺は冬白川の車に頭をぶつけようとしたが、寸前のところで冬白川に止められた。
車内には、ギョッとした目で俺を見る冬白川母の顔がある。
これは……夢であってほしいんですが。
そういうわけにはいきませんよね。
そそくさと車を離れ、赤い顔で冬白川と向き合う。
「こんなことして、琴乃が傷つくのも分かってるけど……でも私、秋山くんのこと諦めたくないの」
「…………」
「私本気だから。琴乃は昔からお母さんに叱られて、可哀想だから今まで気を使ってたけれど……今回だけは譲れない。これだけは譲れない。譲れないものもあるの」
冬白川は、さっきの冬白川琴乃のように、真っ直ぐな瞳で訴えかけてくる。
「どれだけあの子に嫌われても、君のことが好き。だから、私と付き合って下さい」
「冬白川……」
俺は、何も言えなかった。
ずっと好きだった冬白川琴菜が俺のことを好きでいてくれたなんて。
両想いだったなんて、正直嬉しい。
でも、冬白川琴乃のことだってある。
俺はあいつも好きだ。
同時に、二人の女の子を好きになってしまった。
どちらとも付き合いたいと思うし、どちらも振りたくないと思う。
どっちの方が好きかなんて、まだ俺の中で整理がついていない。
どうすればいいんだ……
どうすれば。
冬白川は戸惑う俺の様子に気づいたのか、ニッコリと笑みを浮かべる。
「別に今すぐ決めてくれなくてもいいよ。今度、返事を聞かせて。ね」
そう言って、冬白川は駆け足で車に乗った。
「…………」
俺は遠ざかる車を複雑な思いで眺めていた。
「どうするかなぁ……」
大きなため息をつきながら、俺はマンションの中へと戻った。
「勇児くん……」
「え……冬白川?」
マンションの入り口の物陰に、冬白川琴乃が隠れていた。
心臓が跳ね上がる。
さっきの話……聞いてたのか……?
罪悪感のようなものと焦りに、心臓がギュッと痛くなる。
「ふ、冬白川、あのな」
「は、早く帰ろ。桜ちゃん、みたらし団子が食べたいって」
悲しそうに笑いながら、冬白川は俺の手を引く。
完全に聞かれてたみたいだ。
動揺を隠すように何も話さない。
エレベーターの中でも俯いたままだった。
俺も何を言えばいいのか分からない。
この後は気まずいまま、何も話さないまま、就寝することになった。
毛布に包まりながら、眠る冬白川の背中を見る。
俺は、どうすれば一番幸せになれるのだろう。
冬白川琴菜と付き合えばいいのか。
冬白川琴乃と結婚すればいいのか。
どれだけ考えても、答えは出てこない。
もうこの際、二人同時に付き合うとか?
ダメだ。
かあちゃんに殺されるわ。
いや、そもそもそんなことしないけどね。
◇◇◇◇◇◇◇
次の日、学校へ向かう電車の中で夏野にとある提案をした。
「なあ夏野。今日は学校行くの止めて、どっか行くか?」
「……え?」
息吹をしていた夏野はキョトンとしてこちらを見た。
答えが出ないストレスを解消するために遊びに行きたい。
それに付き合ってもらうため夏野を誘ってみた。
言った意味が理解できなかったらしく、頭をフル回転させて俺の言葉を整理している。
「……子作りでもするのですか?」
「するか。なんか、学校に行く気分じゃないんだよ」
「は、はぁ……」
「で、行かないのか?」
「い、行きます! 行きたいです! どこまでも行かせていただきます!」
「そっか」
俺は夏野と大型ショッピングモールへ移動した。
夏野は何やら、俺のとなりで変な笑い方をしている。
「ふ……ふふふっ。先輩とデートとは……これは千載一遇のチャンス! ここでなし崩しに子作りまで事を運ぶことができたなら……」
「いや、だからしないから。チャンスじゃないから。どう転んでも子作りになんてなりませんから」
「え、でも先輩がこう『夏野、今日はお前と子作りがしたい』なんてことを言う可能性も、否定はできないんじゃありませんか?」
「そうだな……否定しかできねえわ! たとえ今日死ぬとしても言うことねえよ」
「そ、そこまで否定するのですか……」
夏野は俺の言葉にヨロヨロとよろける。
そんなにショックだったか?
「ま、まぁそれより今日は楽しもうぜ。昼飯も奢ってやるから」
「おおおっ! ではしゃぶしゃぶの食べ放題などいかがでしょうか?」
「別にいいよ。その代わり、元取れよ」
「任せてください! 元を取るというか、店を破産させるぐらいの勢いで食させてもらいます!」
「破産て。それはさすがに無理だろ」
なんかストレス解消に付き合ってもらってる夏野には悪いから、飯ぐらいは奢らせてもらいたい。
でも食い放題とかこいつ、メチャクチャ食うんだろうな。
なんだかそれはそれで楽しみでもある。
ゲームセンターに行くと、夏野は両手で耳を塞いでいた。
あまり楽しそうにもしていないし、こういうところ好きじゃないんだろうか。
「ここ、嫌か!?」
「あまり得意とは言い難いですっ!!」
店の音量に負けないように大声で話をする俺たち。
夏野はまるで敵を睨むような目付きでゲームセンターを見渡しているので、店を出ることにした。
「夏野。お前、普段はどんなところに行ったりするんだ?」
「私ですか? そうですね……スポーツ用品店などはちょこちょこ行きますでしょうか」
「他には?」
「公園で走ったり、空手道場を外から偵察したり、山で修行したり……」
うん。そうだった。こいつは根っからの空手バカだった。
普通に遊ぶという感覚は持ち合わせて無いようだ。
となると、こいつと遊べる場所と言えば……
スポーツができるところ?
そう考えた俺は、ボウリング場なのにスポーツが楽しめるという場所へ移動した。
「おお! ここは中々楽しそうですね!」
体を動かすのは好きらしく、夏野は大はしゃぎしている。
バッティング。
テニス。
卓球。
などなど、俺たちは運動をして楽しんだ。
あまり言いたくはないが、全ての勝負事に夏野に全敗した。
こいつマジで化け物すぎやしないか。
男の俺でも全く相手にならなかった。
これ、俺の遺伝子無くても十分子供も強くなるだろ……
そして夏野は特にサンドバックのような人形を叩くゲーム、キックボクシングをした時が凄まじかった。
経験の少ない他のゲームでも凄かったのに、得意の格闘技はまぁ人外レベルに凄かった。
ギリギリ見えるぐらいの攻撃を瞬時に数発繰り出し、その破壊力になんと機械を粉砕してしまったのである。
本当、なんなのこいつ。
「相手が弱すぎです」
「違う。お前が強すぎるんだよ」
機械相手に何言ってんだ。
こいつ俺の強さに惚れたらしいが、お前の方が圧倒的に強いだろ。
夏野相手だったら俺は指先一つで負ける自信あるわ。
生物としてのスペックがおかしい。
あなたどこかで人間やめたでしょ。
遊び終えるとちょうど昼頃になっていたので、夏野のご希望通りしゃぶしゃぶに行くことにした。
まぁ夏野は食うわ食うわ。
店は野菜は自分で取りに行くのだが、肉は店員さんに持って来てもらうシステムとなっていた。
野菜とご飯を山盛りに盛り付けて、肉は一度に10人前ほど注文している。
それをあっという間にペロリ。
俺、肉2枚ぐらいしか食ってないけど?
だがここは食い放題なので文句はない。
必要なら俺も注文すればいいのだ。
夏野はまたご飯を山盛りてんこ盛りにして、肉を10人前追加した。
野菜はもう充分らしく、肉だけに集中することにしたようだ。
「ここからが勝負です! 私、店を破産させるぐらい食ってみせますよ!」
「いや、もうそれはいいから。元も取っただろうし、のんびり食えよ」
「のんびりなど食べていられません! 食べ放題と言っても、時間制限というものがあります。私は時間ギリギリまで肉と格闘する所存でございます!」
「……腹壊すなよ」
「ご心配なく! 時間制限とは違い、私のお腹には制限などありませんから!」
お前の胃袋は宇宙でも飼っているのか?
と言ってもどうせそんなに食えないでしょ。
そう思っていた俺が間違っていた。
本当にこいつの胃袋には制限が無かったようだ。
あまりの食いっぷりに店長らしき男性が俺たちの席までやってきて、泣きながら「もう勘弁して下さい」なんて言ってきたのだ。
それは肉を150人前食べて、次の10人前を追加しようとした時だった。
店が潰れるのは見れなかったが、店長が泣き崩れる姿は見れた。
いや、別に見たかったわけじゃないけどね。
お金を払わなくていいと言われたが、さすがに夏野の分はきっちりと払わせてもらった。
あれで金を置いてこなかったら、店長さんが可哀想にも程がある。
俺たちは店を出て、てきとうにそこら辺をブラつこうと考え、大きな歩道橋の上を歩いていた。
下からは車が何台も走る音が聞こえてくる。
「お前、お腹大丈夫か?」
どれだけ食べれると言っても、あれはさすがに限界超えてただろ。
腹が痛くならないか、ちょっと心配だ。
「し、心配していただいてありがとうございます! 確かにまだ少し足りませんが、晩までは持ちそうです」
「違う違う違う違う! 足りなかったかという意味で訊いたんじゃない! 痛くないか訊いたんだ! ってかまだ食えるのかよ!?」
「そうですね。現在7割と言ったところでしょうか」
「…………」
どれだけ食えるんだよ、こいつ。
身体能力もそうだけど、基本的に人間やめてるよな。
あまりの大食漢っぷりに嘆息しながら夏野の楽しそうな顔を見る。
メチャクチャだけど、こいつといると元気になる。
落ち込んでたり、悩んだりしている暇もない。
天然のトラブルメーカーで、天然のムードメーカー。
それに可愛いし、本当いい女だよ。
一緒にいると疲れるし恥かかされるしとメチャクチャな奴だけど、一緒にいるのが楽しい。
こいつと空手道場継いで、毎日ハチャメチャに生きる人生もいいかもな。
でも……
「ごめんな、夏野」
「……先輩?」
冬白川のことが無ければ、間違いなくこいつと付き合ってたと思う。
それぐらい、夏野には俺も惹かれてるんじゃないかな。
でも、俺には冬白川がいるから。
どっちの冬白川を選ぶかはまだ決まっていないけど、もうこいつに期待を持たせちゃ悪いよな。
や、最初から期待を持たせてないけどさ。
だけどそろそろ、俺と夏野の関係をハッキリさせておかないと。
「後二日か一日早く出逢っていたら、俺はお前と付き合ってたと思う。でも、ダメなんだ。俺は冬白川たちと知り合ってしまったから。……ごめんな」
俺の真剣な空気を読んだのだろう。
夏野は俯き、肩を震わせている。
「ど、どうして……後二日ほど早く出逢って下さらなかったんですか……」
「……ごめんな」
「私、嫌ですよ……先輩と結婚したいんです……」
「…………」
俺は黙って夏野の頭を撫でてやった。
すると夏野は、大声で泣き出した。
「なんで……なんで早く出逢えなかったんですかぁ……」
泣き崩れ、へたり込んでしまう夏野。
俺は彼女に何もしてあげられることが無く、ただ泣き止むのを待った。
周りにいた人たちは俺たちに視線を向けながら通り過ぎていく。
まるで違う世界の住人のようだ。
周りとは違う狭い世界の中で、俺たちは俺たちにしか分からない、一つの結末を迎えた。
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