第17話 家族1

「…………」

「秋山くん?」


 秋山くん?

 勇児じゃなくて秋山くん?


 何かがおかしい。

 今目の前にいる冬白川は、何か変だ。


「えっと……冬白川だよな?」

「……違うように見える?」

「……見えない」


 どう見ても冬白川琴菜だ。

 美少女を超えた美少女、超美少女。

 ありえないぐらいの可愛さを誇る女の子。

 どっからどう見ても冬白川琴菜だ。


「え? いや、冬白川が俺の嫁にきてさ」

「えええ!? よ、嫁!?」


 顔を真っ赤にして大慌てしている。

 その動作もまた可愛い。


「そ、そんなわけないじゃない。お話するのだって、今日が初めてなんだから」

「…………」


 あれ? 

 じゃあ今朝まで家にいた冬白川は誰だ……?

 何がどうなっているんだ?


 ふとここで俺の頭に3つの可能性が過った。


 1つ。

 あれは俺の妄想だった。

 いや、でもあいつとはかあちゃんも桜も話をしてるし、夏野だって会話をしている。

 うん。大丈夫。

 俺の頭はおかしくないはずだ。


 2つ。

 あれは別の世界線からやって来た冬白川琴菜。

 それなら今起きているすれ違いにも説明がつく。

 だがこれには大きな問題が一つある。

 それはありえないと言うことだ。

 じゃあ可能性無いってことじゃん。

 ならこんなところに無理に突っ込むな、俺。


 3つ。

 これが一番可能性としては高いと思う。

 それは…… 


 俺が今、夢を見ているということ。


 俺は教卓まで移動し大きく頭を振りかぶる。


「……秋山くん?」


 夢と言うのでならば、さっさと目を覚まそうじゃないか。


 俺は全力で教卓に頭をぶつけた。

 何度も何度も力一杯、頭をぶつけた。


「痛ってー!! 夢じゃないっ!!」

「あ、秋山くん何をやってるの!? 大丈夫!?」


 血が噴き出る俺の頭を、冬白川が心配そうに撫でてくれた。

 あ、いい匂いがする。

 運動後でもこいつは清潔な香りがするなぁ。

 って、冬白川の匂いを堪能してる場合じゃない。


「夢じゃないとすると……俺が別の世界線に来た?」

「……び、病院行く?」


 顔色を青くしている冬白川は真顔でそう言った。

 あ、ヤバい奴だと思われてる。

 そうだよね。

 やっぱり違う世界線なんてありえないよね。


「ど、どうなってるんだ? お前が家出して、俺の家に来てさ」

「い、家出って私――」


 そこで冬白川はハッとし、何かに気づいたようだ。

 そして真剣な顔で、彼女は言う。


「秋山くん。今からあなたのお家に寄らせてもらってもいいかな?」




 ◇◇◇◇◇◇◇



 俺は堂々と歩く冬白川を家まで案内し、玄関を開ける。

 冬白川は既に事情を把握しているようだが、何がどうなっているんだ?

 あれから話もしてくれないしさ。


 玄関の開く音を聞いて、奥のリビングから母親がお菓子を食べながら顔を出した。


「勇児おかえ……り」


 ポロっと口に咥えていたお菓子が床に落ちる。

 デジャヴ!

 これと全く同じことを体験したぞ。


 でも、その後の母親の反応は違った。


「え……琴ちゃん? ええっ!?」

 

 母親は玄関にいる冬白川を指差し、口をパクパクさせている。


「どうしたんですか?」


 可愛らしい声でパタパタと玄関にやって来た女性。

 それは――


 赤いカチューシャをつけた冬白川だった。


「冬白川が……二人いる」

「琴ちゃん……分裂できたの?」

「いや、できるわけないだろ。これは……俺にも分からん」


 何がどうなっているんだ。

 全く同じ顔の美少女が対面している。

 俺の家にいた冬白川は驚いた様子で。

 俺の隣にいる冬白川は少し怒気を含んだ顔で。


「なんで……なんでここにいるの?」

「なんでって、それはこっちのセリフよ。どうしてあなたが秋山くんの家にいるの?」

「…………」


 俺の横にいた冬白川の強気な態度に、弱気な冬白川は言葉を失う。


琴乃ことの。お父さんもお母さんも心配してるんだよ。早くお家に帰ろ」

「……こと、の?」


 琴乃。

 冬白川は目の前にいる冬白川のことをそう呼んだ。

 それにお父さんとお母さんが心配していると。

 と言うことは……


「もしかして、二人は姉妹?」

「ええ。この子は私の妹の琴乃。私たち、双子なの」

「双子? ……ええ! 双子!?」


 俺の家にいたのは……

 俺の嫁になる女性は冬白川琴菜ではなかった。

 双子の妹の冬白川琴乃だったようだ。

 まさか、双子だったなんて……

 全く気が付かなかった。

 

 寝耳に水。

 青天の霹靂。

 予想外もいいとこだ。

 そんな話も今まで聞いたこともなかった。


 でも冬白川はなんでその事実を黙っていたんだ?


「ほら、帰ろ。琴乃」


 冬白川琴菜が優しく手を伸ばす。

 だが――


「私、帰らない!」

「……琴乃」


 悲壮な表情で冬白川琴乃は姉の手を払いのけた。

 

「あんな家、もう帰りたくない! 私は勇児くんのお嫁さんになるんだから、ここで暮らすの!」

「お、お嫁さんって……」


 冬白川琴乃は涙を流しながら姉を睨み付けていた。

 姉の琴菜は説明を求めるように俺の顔を見ている。


 うーん……

 なんて説明すればいいんだ。

 色々あって嫁にきてもらうことになった。

 そんなんで納得してくれるか?

 

 何か言わなきゃいけないんだろうけど、ちゃんと頭が回らない。

 俺の家にいたのが冬白川琴乃だってことに戸惑っていた。


 ……俺、これからこの子とやっていけるのだろうか。 


 だって。

 前提が前提だから。

 俺がずっと好きだったのは、冬白川琴菜だ。

 冬白川琴菜だと思っていたから、俺は彼女を受け入れた。

 それが妹だって分かったら……

 分かったら、どうするんだ。


 俺……冬白川琴乃とはこれからどうするんだ?

 分からない。

 否定すればいいのか、受け入れてやればいいのか。

 混乱しすぎていて、まともな判断ができない。


 とにかく今は、一度話がしたい。


「冬白川。一度ちゃんと妹と話をするから、今日は帰ってくれ。明日にでも全部説明するから……今は俺も混乱してて何をどう話せばいいか分からないんだ」

「……分かった。でも今日だけだからね。琴乃、明日迎えに来るから」

「だから帰らないってば!」

「……じゃあね」


 冬白川琴菜は少し悲し気な表情を浮かべ、静かに帰って行った。


「冬白川……どういうことなんだ?」

「……ごめんなさい」


 冬白川は、泣いているだけで何も言わなかった。


「おーい。とりあえず中に入ったら?」


 母親が呑気に中から手招きしている。

 俺は冬白川を中に入るように促し、椅子に座ってもらった。


 気が付かなかったが桜もリビングにいた。

 だが俺たちのやり取りには興味なさそうに本を読みふけっている。

 さすがにもう少し興味を抱いていこうぜ、妹よ。

 そんなことでは友達がいなくなってしまうぞ。

 頼むからお兄ちゃんのようにはならないでくれ。


「で、勇児が琴ちゃんのこと勘違いしてたってことでOK?」

「端的すぎるよあんた。もっと色々あるでしょうが」

「ん~そっかな? 私は元々、琴ちゃん以外の琴ちゃん知らないし。勝手にあんたが勘違いしてただけでしょ」

「いや、そうなんだけどさ……」

「琴乃ちゃん……だったんだね。私は一文字勘違いしてただけ。あんたのせいで」

「お、俺のせいかよ」


 母親は特に気にする様子もなく、いつもの調子で愉快に話している。

 この人から見たら、そりゃ名前を少し勘違いしてただけなんだろうけど、俺から見たら別人だったんだ。

 想い人ではなかった。


「お母さん……勇児くん……桜ちゃん……ごめんなさい」


 想い人ではなかったが、一緒に暮らしていたんだ。

 情が無いわけではない。

 むしろ、思い入れがありすぎて……

 だから混乱している。

 戸惑っているんだ。

 なんで冬白川琴菜じゃなかったんだ?

 冬白川琴菜じゃなかったというのに、この子のことを愛おしく想っている自分がいる。

 戸惑いと愛情が、俺の中で嵐のように激しく渦巻いていた。


「私ね」

「うん……」

「勇児くんに助けてもらった日に、ちゃんと言おうと思ってたの」

「…………」

「何度も何度も言おうと思ってたの……でも、お姉ちゃんだって勘違いしてる勇児くんが嬉しそうで……ずっと言えなくて」


 それは俺が悪い……んだよなぁ。

 母親の言う通りだ。

 俺が勝手に勘違いしていただけ。

 彼女は一言も、自分が冬白川琴菜だとは言っていない。


「いや、その点は俺が悪かった。ごめん」

「ううん。言えなかった私が悪いの」


 母親は冬白川の分のコーヒーを淹れてあげ、質問を投げかけた。


「ねえ琴ちゃん。なんで家出したの?」

「…………」

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