第16話 スポーツ大会4
鳴り止まない夏野コール。
勝利したことを信じられないと言ったような顔で冬白川を見ている夏野。
冬白川は悔しそうに、でも満足したような笑みを浮かべていた。
激闘を繰り広げた夏野はハッと何かを思い出したように、ダダダと俺の方に駆けて来る。
何だ? 何の用だ?
頼むからこんな大勢の人がいる中でバカな真似はしないでくれよ。
「先輩! 結婚してください!」
やはりバカな真似をしやがった。
さっきまでうるさいぐらいに鳴り響いていた夏野コールはピタリと止まり、周囲はシーンとしその場にいる全員の視線が突き刺さる。
恥ずかしい……
今すぐお家に帰りたい。
「あ、あのな夏野。俺は――」
「冬白川先輩との勝負に勝てば、結婚してもらえる約束でしたよね!?」
「してないしてない! 約束なんてしてないから! お前、真実を湾曲するんじゃないよ! かあちゃんもダメだって言ってただろ」
「なんで私はダメなんですか!? 冬白川先輩がよくて――」
俺は咄嗟に夏野の口を手で塞いだ。
こいつ何回言ったら分かるんだ?
結婚の約束はしてないけど、話さないって約束はしたでしょ?
お前の頭の中はどうなってんだよ。
一回頭開いて見てやろうか。
どうせ空手のことで99%ぐらいしめてんだろうけど。
冬白川の名前を呼んだことがバレたのか、周囲の男どもはざわついている。
「なんで冬白川の名前がそこで出てくるんだ?」「関係なくね?」「俺、あの男と付き合いたいな」
ちょっと待て!
なんか悪寒を感じる言葉が混じってたぞ!
「お前、冬白川のことは言わない約束だろ! 覚えてないのか?」
「…………」
ポンと手を打ち思い出す夏野。
それ昨日も見たから。
俺は夏野を解放し、手を引いて体育館の外に連れて行くことにした。
「と、とにかく外に出るぞ。こんなところで話すような内容じゃないしな」
「外なら結婚の話を進めてくれると言うことですか!?」
「進めねえよ。話しするだけだ」
屋上なら人がいないだろうと考えやって来ると、案の定誰もいなかった。
「あのさ……お前いつまで俺に引っ付いて来るつもりなの?」
「死が二人を分かつまでです」
「それはもういい。死の前に卒業が二人を分かつと思う」
「え? 先輩が卒業しても、私は通い妻を続けますよ?」
続けんじゃねえよ。
そもそも妻じゃないし。
お前は飯だけ食いに来てるだけだろうがっ。
「……お前がこれから俺を想ってくれても――」
「先輩! 今日は失礼します!」
俺は夏野にハッキリ言おうと思った。
思ったが、夏野は俺の真剣さに感づいたのか言葉を遮りその場を後にしようとする。
「お、おい夏野」
「私……諦めませんからっ! ……びえええええええええええん!」
屋上から涙を流し走り去って行く夏野。
諦めない……って。
どうすりゃいいんだ。
俺は冬白川と夏野のことを考えながら校内を散策した。
夏野の気持ちはそりゃ嬉しいけど……
俺には冬白川がいる。
気がついたら、いつの間にか俺も本気で結婚するつもりでいるし。
もう、あいつが俺の心に住みついているんだ。
夏野には悪いけど、俺が夏野に振り向くことはない。
バカだけど、可愛くて魅力的で何事にも全力で。
俺にはもったいない女だけど。
だけど、俺にはそれ以上にもったいない女がいる。
奇跡で創られたような美少女、冬白川。
ちょっと気が弱い部分はあるけど、そこがまた守ってあげたい気になるというウィークなチャームポイント。
そしてあの笑顔を見ると、胸が果てしなく高まってしまう。
どうしたってときめいてしまう。
あいつ以外のことを考えられなくなってしまう。
だから俺は夏野の気持ちには応えられない。
あいつにはちゃんと伝えないといけないんだ。
ちゃんと分かってくれるまで。
スポーツ大会も終わり、時間は夕方となり夕日が学校を紅く染めていた。
他の生徒たちは打ち上げなどに行ったのか、すでに学校には誰もいない。
俺も打ち上げとか参加してみたいなぁ。
どんな楽しい会話をするんだろう。
想像でしか現場を知り得ないから興味は津々。
いつか行ってみたい行事の一つだ。
後一年足らずのうちに……行けるといいな。
うん。無理だな。
誰も俺を誘っちゃくれないよ。
俺はカバンを教室に置いていることを思い出し、教室に向かった。
早く帰って晩飯作らなきゃ。
料理をしている時は幸せだから、孤独を料理で埋めるのだ。
そんな悲しい思案をしながら教室の扉を開くと――
そこには、制服姿の冬白川がいた。
夕日が照らす彼女は、いつもよりさらに神々しく見える。
絵になり過ぎんだよな、マジで。
「あれ? まだ帰ってなかったの?」
「あ、うん。今日のバドミントン思い出したら、なんだか悔しくって……」
冬白川、本気でやってたもんな。
というか、意外と負けず嫌い?
これまた意外な一面を知ることができた。
「最後、勝てると思ったのになぁ」
「ああ。あれは俺も冬白川が勝ったと思った。夏野の動きがバケモンすぎだな」
「本当。まさか追いつかれるなんて思ってもみなかった」
冬白川は大変可愛らしい笑顔でそう言う。
どんな男も骨抜きにしてしまうような必殺の笑顔。
もう国は冬白川を雇って外交官なんかをさせた方がいいんじゃないか?
どんな国のトップでも、こいつの言葉なら聞いてくれそう。
「……あの後、夏野さんとはどんな話をしたの?」
少し心配そうな顔で冬白川が聞いてくる。
あいつとはどうにもならないというのに、そんなに心配か?
まぁ、逆の立場なら……
冬白川が他の男と話をしに行ったら俺も気になるな。
うん。間違いなく心配する。
ちゃんとあった事を話しておこう。
と言っても、何も無かったんだけど。
「いやーそれが話の途中であいつ帰ってさ。ハッキリ断ろうと思ったんだけど、中途半端なままなんだよ」
「ふーん。じゃあ、付き合ったり……しないんだ?」
「付き合うわけないだろ。何言ってんだよ」
「そっか……良かった」
冬白川はホッと安心していた。
俺のこと信用してくれてもいいんだぜ?
心配しなくても、俺は他の女に手を出せるほど根性はない。
ええ。安心してください。
ヘタレですから。
「だからお前もさ、あんまり夏野に反応すんな。心配しなくても俺は……靡かないから」
前も同じことを言ったが、もう一度念を押す。
だってこの子、ネガティブだから無駄に悩んじゃうみたいなので。
冬白川が穏やかに過ごせるように、ちゃんと伝えておかないと。
「……うん」
夕日のせいなのか、照れているのかは分からないが、冬白川は赤い顔をして目を細めている。
可憐だ。
この笑顔には100万ドルの価値がある。
ちゃんと言って良かった。
その笑顔が見れて良かった。
「心配させる俺も悪いかも知れないけど、俺が他の女のところに行くことなんて絶対無いから、信頼してくれよ」
「…………」
俺は真剣な顔で、冬白川も真剣な面持ちで俺たちは見つめ合っていた。
こんなこと真顔で言うの照れるけど、そろそろしっかり言っておかないと。
ほんの少ししかない、俺の中の勇気を振り絞って。
「俺はお前を信じてる。俺を好きだって言ってくれた言葉を。だからお前も俺を信じて欲しい。その……俺の嫁としてこれからも笑顔で傍にいて欲しいから……」
恥ずかしすぎて、心臓が口から飛び出しそうだ。
ぶわっと頭から汗が噴き出しているし、顔が熱い。
冬白川も今度は夕日じゃないって分かるぐらい俺の言葉に顔を紅潮させキョトンとしている。
照れるよね。
分かるよ。
でも、俺の方が恥ずかしいからね?
「そ、そういうことだからさ! そろそろ帰ろうぜ。かあちゃんも桜も待ってるだろうし。今日の晩飯、気合入れて作るから楽しみにしててくれよ」
俺はカバンを手に取り、教室の入り口まで急ぎ足で移動する。
まるで逃げ出すように。
夕日が照らす教室に二人きりとか、ドラマに出て来るようなシチュエーション、根性の無い俺にはもう耐えれません。
「ねえ」
冬白川は呆気に取られたような顔で俺を見ている。
「一つだけ聞いていい?」
「ん? 何だ?」
少しだけ間を開け、怪訝そうに冬白川は口を開いた。
「秋山くん、さっきから何の話をしているの?」
「……へっ?」
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