第15話 スポーツ大会3

 見どころの無かった女子バドミントンの第1試合と第2試合。

 どっちが勝ったかもみんな興味は無いようだ。


 そして始まる第3試合。

 冬白川の出番だ。


 床が揺れるぐらいの応援が始まり、相手の女子は緊張でガタガタ震えている。

 なんというか、可哀想だなぁ……

 冬白川のせいでこんなどうでもいいような試合が大舞台に変わってしまって。

 普通の女子高生にはきつすぎるだろ。

 

 結果は冬白川の圧勝。

 のびのびやっていた冬白川と、ガチガチになって固い動きだった対戦相手。

 こんなの勝負になるわけがない。


 その後の一回戦は特に盛り上がりもなく普通に進んで行った。

 だが、最終試合が始まるというその時、突如ざわめきが起こる。

 何かあったのだろうか?


 体育館の入り口に、みんなの視線を集まっている。

 俺はその正体を確かめるべく、そちらに視線を向けた。

 するとそこにいたのはなんと……


 空手着姿の夏野であった。


「……なんて恰好してんだよ、あいつ」


 無意識に口から言葉が漏れ出る。


 夏野は空手着に黒帯を絞め、その頭にはねじり鉢巻きが巻かれていた。

 あれ? あいつ今日はバドミントンをするんじゃなかったけ?

 スポーツ大会に空手の競技なんてあったっけ?

 ってあるわけがない。


 間違いなくあいつが今からやるのはバドミントンで、空手なんて今大会に存在しないのだ。

 何考えてんだ、夏野のやつ。


「押忍!!」


 気合十分の夏野が体育館に向かって綺麗な礼をし、一歩踏み入れる。

 

「き、君……バドミントンに参加する生徒だろ? 裸足だし、体操服はどうした?」

「体操服では気合が入りませんので! 押忍!」


 話しかけた教師が反応に困っている。

 助け船を出してもいいのだが、また俺も同類だと思われるのはちょっと困るしなぁ……

 よし。

 ここは黙って行く末を見届けるとしよう。

 触らぬ神に、なんとやらだ。


「じ、じゃあそれで試合に出るってことでいいのか?」

「押忍! 構いません!」


 無駄に大きな声で返事をする夏野。

 教師もあまり関わってはならないと悟ったのか、そそくさと夏野から離れていく。


 コートに向かって歩を進める夏野。

 だがその途中で冬白川の姿を発見し、人差し指を向けて宣言する。


「冬白川先輩! 今日の勝負、私が勝たせてもらいます!」


 冬白川は夏野と合っていた視線を泳がせ逸らす。

 そうそう。

 それでいいんだよ。

 ああいうタイプはまともに相手をしないのが賢明だ。

 ま、元々冬白川も全力で勝負する気は無かったみたいだしな。

 そのまま平和的に終わらせたらいいんだよ。


 そして夏野。

 残念だが、お前の必要以上の気合は無駄に終わる。

 だって二人が決勝戦でぶつかるとかマジありえませんし。


 夏野のが挑む一回戦。

 空手をやっているからか、ずば抜けた基礎体力の持ち主らしく、運動量で相手を翻弄していた。

 そして夏野のスマッシュ。

 今大会、最強最速のシャトルを打ち込むそのパワー。

 地面に落ちた後もキュルキュルとシャトルが勢いよく回っていた。

 何? そのバカげた力は?

 あなたゴリラの末裔か何か?


 結局夏野は爆勝し、あっさりと二回戦へ進出を決めた。


「…………」


 二人が決勝戦で戦うなんて、ありえないよな?

 この時まで俺はそういう風に思ってました。

 

 観客が多すぎるために、出場していた生徒たちは全員緊張をして実力を出せないでいる。

 そんな中、場慣れした冬白川と、周囲を気にしない夏野が危なげもなく順調にコマを進めていた。

 そして決勝戦の対戦選手は――


 冬白川と夏野に決定したのである。

 ……嘘でしょ?

 こんなことある?


 まさか二人が決勝戦で戦うことになるなんて。

 もう戦うことが決まってしまったのなら仕方ないが……夏野、頼むから粗相だけはしないでくれ。

 いらないことを言うなよ。

 何もできない俺は、ただそう祈るばかりであった。




 ◇◇◇◇◇◇◇



 昼休み。

 天気もいい中、俺は体育館裏で地べたに座りながら弁当を食べていた。

 当然周りには誰もいない。

 孤独の食事であった。

 慣れって怖いもので、独りで食べることになんとも思わなくなるんだよな。

 本当、怖い怖い。


 弁当を食べ終えても昼休みは十分に残っていったので、俺は特にやることもなく、ただボーッとしていた。


「あ」

「え?」


 突然聞こえて来た声の方を見ると、どうやら冬白川が体育館裏に来ていたようだ。

 しかも珍しく、一人だった。


「一人って珍しいな」

「え? ……ああ、うん。ちょっと一人にさせてって言って抜け出して来たんだ」

「ふーん。じゃあ俺も消えよっか?」

「ううん。集団から外れたかっただけだから、気にしないで」

「そっか」


 冬白川は一瞬戸惑うが、俺の隣に座ろうとしてきた。


「あ、ちょっと待って」

「え?」


 俺は弁当を包んでいたハンカチを紳士的に地面にそっと敷く。

 弁当包んでただけだから、汚くないよな? 


「体操服、汚れるだろ」

「……ありがとう。……やっぱり優しいね」


 優しい……のか?

 自分ではよく分からないけど。


 ハンカチをお尻に敷いて座る冬白川。

 自分が優しいかどうかは分からないけど、彼女の嬉しそうな顔を見れたのでそれでよし。


「結局決勝は夏野と当たることになったな」

「まさか私も決勝まで残るなんて思わなかったけど……」


 冬白川は右手に巻かれた青いミサンガをいじりながら答えた。

 自分でも言っていたが、やっぱり勝ち残れるかどうかは分からなかったんだ。

 順当に行けば、経験者が勝つはずだったのに。

 夏野もよく緊張せずに勝ったものだ。

 その点は褒めてやろう。

 だけど、あいつの言動、行動に不安を覚えずにはいられない。

 とにかく、冬白川にだけでも冷静でいてもらおう。


「あいつ、変に熱くなってるけど気にするなよ。別に冬白川が負けても俺……」

「うん」


 冬白川は、この世の美を寄せ集めたような瞳で俺を見ている。

 そんな目で見つめられちゃ、緊張して言いたいことも言えなくなるだろ。

 「あいつに靡かない」って言うつもりだったのに。

  

 と、冬白川のせいにしておく。

 分かってますよ。

 俺はそんなこと面と向かって言えるほど根性がありませんから。

 見つめられて緊張してるのは本当だけど、見つめられなくても言えなかっただろうなぁ。

 俺は照れを隠すように黙って立ち上がり、自分のケツの汚れを叩いて落とす。


「ま、応援してるから。頑張れよ」

「……ありがとう」


 俺はそのままその場を立ち去ることにした。

 他の誰かに二人でいられるところを見られたら面倒だしな。


「あ、ハンカチ」

「ああ、お前が持って帰ってくれればいいよ」



 俺は冬白川と別れ、体育館の中へ移動した。

 みんなガヤガヤ話しながら決勝戦を待っているようだ。

 俺は話相手などいないので、隅の方でクールに待機することにした。


 数分後、冬白川の再登場に観客は涌き、まるでアイドルのコンサート会場のようなお祭り騒ぎに。

 引くぐらい人気ありますね、あなた。


 そういや、さっきより人が増えてないか?

 いや、間違いなく増えている。

 体育館の端は大勢の人で埋め尽くされていて、二階の狭い通路まで人で一杯になっていた。

 これ、ただのバドミントンだよね?

 お前らどんだけ冬白川に興味あるんだよ。

 俺も人のことは言えないけど。


 あれよあれよとしている間に大歓声の中、夏野が気合入りまくりの表情で登場した。

 負けられない戦いがここにある。

 と言った風な顔だ。

 

 夏野の登場に冬白川は微動だにせず、ただ静かに相手を見据えていた。


 二人はコートの中心に移動し、ネットを挟んでお互いに握手をする。


「冬白川先輩。私は負けませんのであしからずです!」

「…………」


 始まりの合図があり、とうとう二人の直接対決が始まった。

 冬白川のサービスから開始。

 彼女が構えた瞬間――


「「「「「「冬白川ー!!!!」」」」」


 応援団やらチアやら彼女に憧れる生徒諸君たちの声援が鳴り響く。

 エール送る人いるし太鼓叩く人までいるし、巨大な旗を振って人いるし、応援団なんか全力応援じゃないか。

 もうノリの勢いだけで言えば、全国高等学校野球選手権大会。

 全校生徒の思いを託す勢いで応援している。

 やりすぎだよ、お前ら。


 そしてみんなが注目する中、冬白川がサービスを打った。


「どうりやぁああああああ!!」


 ドドドドと物凄い勢いで夏野はシャトルに向かって駆けて行く。

 その勢いのまま冬白川へと打ち返す。

 冬白川は落ち着いた様子で今度は夏野のコートの逆サイドへと打ち込んだ。

 これは決まったな。


 そう思っていたが、夏野は信じられないような速度で走り、シャトルに追いついた。

 おいおい。

 あいつどんな運動能力してんだよ。

 あまりの速さに周囲もざわついていた。


「あ、あいつ速すぎないか!?」「空手着着てアホかと思っていたがアホみたいに速いなっ!」「可愛い」


 なんか速さと関係ない声も聞こえてきたがまあいい。

 夏野はシャトルを冬白川側のコートに高く打ち上げた。

 冬白川はそれをまた逆サイドにスマッシュを決める。

 さすがにこれには夏野も反応できなかったようだ。


 これで1-0。


 冬白川の先制点が入った。

 周囲の応援も大盛り上がり。


「冬白川ー! すごいぞー!!」「すげー! 運動神経の塊だぁ!」「琴菜ちゃん天才!」「冬白川ー結婚してくれー!」


 またバドミントンとは関係ない声が聞こえてきたが無視だ無視。

 だって冬白川と結婚するのは俺なのだから。

 赤の他人の言葉などに俺の心は乱されたりはしない。


 再度、冬白川のサービス。

 またしてもドタドタ走る夏野。

 今度は長いラリーが始まった。


 夏野は基礎体力の化け物で、右往左往勢いよくコートの中を暴れまわる。

 対して冬白川は運動神経抜群で、無駄のない流れるような動きをしてシャトルに対処してく。


 冬白川が冷静に夏野を左右に揺さぶりをかける。

 夏野は息を切らせることなく食らいつく。

 

「あの運動量でまったくバテないなんて……夏野葵というやつは普段から膨大な訓練をこなしているのだろう」

「ああ。それに対して冬白川琴菜。彼女は無駄な動きを一切せずに、体力を温存しながら相手の体力を奪う戦いをしている。運動センスも抜群だが、頭も切れる怖いやつだ」

「努力と天才の勝負というわけだな。ならばこの勝負、より勝利への執念が強い方が勝つ」

「まったく、目が離せない戦いになりそうだ」


 などと、スポーツ物の解説モブキャラみたいな奴らが、二人の戦いを分析していた。

 これ、ただの学校行事のスポーツ大会だからね?

 でも確かに、二人の戦いは無駄にレベルが高かった。

 本気でやれば、全国クラスになれるんじゃないかな。


 二人のハイレベルなラリー。

 いつまでも続くかと思われていたが……夏野が打って出た。


 今日一番の迅さでシャトルに追いつき、高いジャンプで迎え撃つ。


「ふんっ!!」

「!!」


 夏野の怪力スマッシュに冬白川は反応できず、点を許してしまう。

 それでも冬白川は落ち着きを失うことなく、平静を保っている。


 実力が均衡している二人の戦いは、その後も点の取りあいになった。

 冬白川が点を取ると夏野が点を取る。

 気が付けば本当に目が離せない、手に汗を握る熱戦となり、試合は終盤に差し掛かっていた。


 20-20。

 公式ルールなら、ここから2点差をつけるか、差がつかない場合は30点を先取した方が勝ちだが、今回の学校ルールは21点を先に取ったもの勝ち。


 応援のボルテージもより一層上がっている。

 いつの間にか夏野の応援も多くなっていて、冬白川コールと夏野のコールで試合の外でもデットヒートしていた。


「冬白川先輩! 勝たせてもらいます!」

「わ、私だって……」


 燃え上がる夏野の言葉に冬白川が息を切らせながら何かを答えようとする。

 しかしなぜか冬白川は俺の方を一瞬見て、言葉をごくりと飲み込んだ。

 何だったの、一体?


 どちらが勝つにしても後1点。

 夏野の最後のサービスが放たれた。


 冬白川も試合をしている間に熱が入ったのか、真剣な眼差しで試合に集中していた。

 バックハンドで鋭くシャトルをコートのギリギリラインに狙い撃つ。

 夏野は長時間試合をしているというのに、動きはまったく衰えていなかった。

 むしろギアが上がったかのように、さらに素早い動きを見せる。


 が、一瞬足を滑らせて躓きそうになった。

 だが夏野は諦めることなく、シャトルに食らいつく。


 ワッと体育館がビリビリ震えるほどの爆発的な歓声が上がる。

 シャトルは冬白川側のコートに飛んでいくが、それを待ち構えていた冬白川。

 彼女は全力を込めたスマッシュを放つ。

 

 これで試合は終了――

 と思われたが、夏野は超人的なスピードでそれに追いついてしまう。

 お前は本当に人間か?

 こんなメチャクチャな動きをする人間なんて見たことないぞ。


 夏野は燃えている表情とは対照的な繊細さでラケットを振るう。

 シャトルは冬白川側のコートの端に飛んでいき――


 試合を制してしまった。

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