第14話 スポーツ大会2

「今日は明太子パスタだ。美味くできてると思うけど」

「いただきます」


 晩の食卓にて、俺の作った明太子パスタがテーブルに4つ並べられている。

 冬白川はそれを本当に美味しそうに食べてくれていた。

 その笑顔は額縁に飾っておきたいぐらい素晴らしい。


 俺はその笑顔をおかずにパスタを口に含む。

 パスタの味は分からないが幸せな気分。

 お願いだからキモイとか言わないでね。


「お兄ちゃんキモイ」

「だからキモイって言わないで! お前は本当に言いたいこと言う奴だな……いつも言ってるが、俺は傷つきやすいんだぞっ!」


 なんてことを妹に威張るように、威張れないことを言い放っておいた。


「それで琴ちゃん、明日のスポーツ大会どこまで行けそうなの?」

「……わ、分からないです」


 そりゃそうだ。

 冬白川は運動神経もいい。

 しかしバドミントンもそうだが、競技を普段から練習している相手にはそう易々と勝てないだろう。

 だから冬白川の言っていることは正しい。

 分からないと言っておくのが正解だ。

 夏野の決勝戦で会うというビジョンが間違っているのだ。


「そういや冬白川。あんまり学校でこっちを見ない方がいいんじゃないか? それにあんなに夏野のこと気にしてたら、俺たちの関係バレそうじゃない?」

「あー……そう、だよね……ごめん」


 冬白川はしゅんと小さくなってそう呟く。

 

「勇児っ! 琴ちゃんをイジメるんじゃないよっ」

「イジメてないだろ。ただ本当のことを言っただけで」

「こんなに小さくなっちゃって……手乗りサイズまで小さくなったらどうすんのよ」

「なるか。こんなことで身長が縮むか」

 

 アホな母親のことは無視し、冬白川にエールを送っておくことにした。

 学校じゃ話はできないし、大きな声で応援することもないだろうし、今しっかり応援しているというこの想いだけは伝えておくことにする。


「冬白川。応援してるから頑張れよ」

「私も仲間引き連れてガンガン応援しに行くかんね~」

「あ、ありがとうございます……」


 ぺこりと感謝の言葉を述べる冬白川。

 だがこの人が応援に来ることはない。


「残念ながら、あんたは応援にはこれないぞ」

「えええ!? なんで~!?」

「父兄の見学は認められてないからな」

「だったら強引にでも侵入するか。校長に直接脅しをかければ……」

「その犯罪的思考はやめろ! それが親の考えだと思うと悲しくなってくるわ」 

「だったら生徒に変装して潜入するか」

「やめろ。浮くわ」

「えー? まだ学生でもギリいけると思うんだけど」


 母親は確かに若い。

 学生服を着ていたら、ギリギリ高校生に見えなくもない。

 だが、親のコスプレなんて見たくないわ。

 誰も俺の親なんて知らないだろうけど、恥ずかしすぎるだろそんな姿で登場したら。

 これ以上俺の学校での辛い記憶を増やさないでくれ。



「無理なものは無理なの。諦めろ。桜も何とか言ってやれ」


 桜のことが大好きなかあちゃんなら、こいつの言うことなら聞いてくれるんじゃないか?

 桜に嫌われるの怖がってるし、効果はありそうだ。


「嫌だって言っても遠足にもついて来たから無理」

「……そういやそうだったな」


 桜の遠足にこそこそついて行って、写真をパシャパシャ撮るもんだから変質者と間違えられて通報されたって言ってたな……

 本当にアホだな。この人。


「だって桜たんの遠足なんて、生涯に何回もあるわけじゃないじゃん! そんなの写真を撮るのは当たり前だし、様子を見届けるのが親ってもんでしょ!?」

「違う。親は見送って、後はのんびり帰りを待つのが仕事だ。写真は販売されるだろうし、そっち買え」

「黙って待ってられっか! 写真だって桜ちゃんを撮る枚数少ないしっ!」

「もういい。あんたと話してると疲れてくる……」


 冬白川も疲れたのか、乾いた笑いをしていた。


「今日は明日のために早く寝るか」

「そうだね。私お風呂入ってくるね」

「ああ」


 俺も冬白川の次に風呂に入って寝よう。

 どうせ早々と負けて、やることもなく寂しいイベントになるのは確定しているようなものだけど。

 

 

「絶対行くかんねっ!」

「くんな!」



 ◇◇◇◇◇◇◇




 決戦の朝。

 夏野は、朝から戦う相手とは会いたくないと今日は来ていなかった。

 なのでみんな静かな朝食の時間を過ごしている。


「勇児。せめて琴ちゃんの可愛い姿、写真に収めてきてよ~」

「分かった分かった。タイミングがあればな」

「タイミングなんて自分で作るもんでしょ。だからいつまで経ってもあんたは琴ちゃんと――」

「お願いだから朝からそんな会話は止めて。ちゃんと写真撮っておくから」


 朝っぱらから恥ずかしい話しようとするんじゃないよ。


 まぁみんな冬白川の写真を撮るんだろうし、俺もどっかでこっそり撮るとしよう。

 

「じゃあ私学校行くね」

「気をつけてね~。行ってらっしゃい」


 元気よく手を振る母親に応えて冬白川も笑顔で手を振る。

 なんだか、前より溶け込んだような気がしないでもない。

 

 あまり俺たちに気を使わなくなったし、少し心を開いてくれたのかな。

 そうだったのなら嬉しい。

 後は、家の話なんて聞かせてくれたらなお嬉しい。



 学校に着くとみんなもうお祭りの気分なのか、高揚している生徒が多く見られた。

 女子にいいところを見せようと張り切っているんだろうな。

 俺なんて頑張ったところで誰も見やしないだろうし、クールに行こう。

 涙など流さず、クールにだ。


 大会も始まり、早速野球で熱闘を繰り広げていた。

 学校のスポーツ大会とは言ったものの、その実態はほとんど野球部が占めているだけみたいだけど。

 だからレベルが高くて見ている方も面白く、やっている方もやりがいがあるらしく燃えているみたいだ。


 少し見学してみると、まぁみなさん目をギラギラさせて熱中してらっしゃるようで。

 そんな熱くなってどうすんの?

 友達と全力勝負とか面白いと思ってんの?

 男はクールに行かなきゃ。


 ちょっとばかり不貞腐れながら野球を見た後、バドミントンの時間が迫っていたため、俺は体育館に行った。


 男子のトーナメント表を見ると、俺の知り合いは一人もいなかった。

 そりゃ友達がいないんだから当然だけど。

 

 隣に張り出されていた女子の表に目を移す。

 冬白川は第3試合か。

 夏野の名前は……

 一番最後にあった。

 これは決勝戦まで二人が当たることはないな。

 ということは、常識的に考えると二人が戦うことはないということだ。

 ま、バトミントン部の誰かが優勝して終わりさ。


 そして始まった男子バドミントン。

 俺は一回戦でバドミントン部と運悪く当たり、真の実力を出せないままにその試合で敗退する運びとなった。


 多分こいつが優勝するんだ。

 だって俺を負かせるほどに強いんだから。

 

 そんなバドミントン部は二回戦で敗退する。

 それも俺と同じ帰宅部に。

 なんという番狂わせ!

 こんなことがあるから、試合というのは怖い。

 

 そんな帰宅部は3回戦で負けた。

 あれ?

 もしかして俺が弱かったのか?

 い、いや、そんなことはないと信じたい。


 帰宅部に勝った男子Aは準決勝で男子Bに負け、男子Bは決勝戦でバトミントン部のCくんにあっさり負けてしまった。


 …………

 俺って弱かったんだ。

 真の実力なんてありはしなかった。

 まぁ、バドミントンなんてやるの初めてだったから当然と言えば当然だけど。


 と、一瞬で終わってしまった男子バドミントン。

 そんなことより、女子バドミントンだ。

 こっちの方が本番なんだよ。


 そう考えていたのは俺だけではなかったようで、男子の時よりも圧倒的に多くの観客が詰め寄せていた。

 え? 何でこんなに人が集まってんの。


「冬白川さんは三回戦か」「応援団! 準備はいいか!」「チア部! 冬白川さんを全力応援よ!」

「…………」


 全員冬白川目当てかよ。

 あいつ、マジで人気ありすぎだろ。

 普段から周りに人はいるんだけど、こういうイベントの時にはよりそれを再認識させられる。


 学校の人気者。

 アイドルよりも可愛い女子高生。

 絶世の美女。


 そんな子が、俺の嫁なんだぜ?

 信じられるか?

 家にいる時は当たり前のように思ってしまうが、この学校の中では違いをひしひしと思い知らされる。


 底辺と頂点。

 月とすっぽん。


 うん。あんまり意識しないでおこう。

 あいつと比べると、なんだか悲しくなってくる。 

 俺は俺でいいじゃないか。

 

 そんなことを思案していると、冬白川が体操服姿で颯爽と登場し、体育館にうるさいぐらいの歓声が響き渡る。

 冬白川はそんな声に少し手を振っただけで、後は気にする様子もなく落ち着いているようだった。


 慣れすぎだろ。

 歓声慣れしている女子高生って。

 普段どんだけ脚光を浴びてんだよ。

 その光、少し俺にも分けて下さい。

 俺だってたまにはみんなに注目されたいんだよ。

 夏野とのことで注目されるのは勘弁だけど。

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