第13話 スポーツ大会1

「勇児ぃ、醤油取って」

「ほい」

「お兄ちゃん、みたらし団子」

「分かってる。今出してやるよ」

「先輩おかわり!」

「…………」


 朝の朝食。

 夏野は当たり前のように席に座り朝食を取っていた。

 冬白川のことを黙っててもらうという約束の下、こちらから出した条件だから仕方ないっちゃ仕方ないが、気持ちいいぐらい飯を食いやがる。

 おかげで米の消費量が飛躍的に上がってしまいました。

 

「じゃあ行ってくるね」

「おー。じゃあ学校では話さないけど学校でな」

「冬白川先輩!」

「え?」


 夏野は茶碗を持ったまま立ち上がり、冬白川と対峙する。

 何をするつもりか知らんが、茶碗置け、茶碗を。


「な、何かな?」

「宣戦布告です!」


 またバカなことを言い出したな、この後輩は。


「今度のスポーツ大会での秋山先輩をかけた勝負! 私が勝たせてもらいますっ!」


 夏野は瞳の奥を無駄に燃やし、冬白川に人差し指を突き立てる。

 

「え……? そんな勝負する予定だったの?」

「予定でしたっ!」

「しれっと嘘をつくな。今思いつきで勝手に喋ってるだけだろ、お前」

「まぁそらんでふけろれもわらひも――」

「飯を食いながら喋るな! 全く聞き取れないって」


 立ちながら白米をがっつく夏野。

 行儀悪いなぁ、もう。


 夏野は、ごくんとご飯を飲み込んで、


「先輩、バドミントンに出場登録してましたよね? 奇遇ですが私もバドミントンを選択しているのです」

「は、はぁ……」

「なので決勝戦で会いましょう! そしてどちらの愛がより強いのか、バドミントンで勝負です!」

「バドミントンで愛を測ろうとするな。そんなの身体能力か技術しか測れないだろ」

「ですが愛のバトルということならば、より愛が強い方が勝つっ!」

「そんなわけないだろ。というか、冬白川はそんな勝負表立ってできないぞ」

「え? なぜですか?」

「だから。俺とのことバレるわけにはいかないからだよ」


 何やら思案顔をしている夏野。

 あ、こいつ忘れてるな。

 本当に鳥頭かよっ、お前。


 夏野は考えた末思い出したのか、手をポンと打つ。


「そうでしたね。では約束だけして下さい。先輩を賭けて全力で勝負すると!」

「しないしないしない。しないから。冬白川、もうこいつ相手にしなくていいから、早く学校行けよ」

「う、うん……」

「ちょ……先輩! 女の戦いに口を挟まないで下さい!」

「戦ってるのはお前だけだ。そういうの、独り相撲って言うんだぜ」

「違います! これから私たちは拳と拳で分かりあう――」

「じゃあ気をつけてな、冬白川」

「い、行ってきます」


 俺が夏野の口を押えて冬白川を送り出す。

 夏野はバタバタ暴れ、俺の手から離れて一言叫んだ。


「と、とにかく私は全力で向かって行きますので、全力で勝負しましょう!」

「……し、勝負だけなら……いい、かな?」


 冬白川ははっきりと返事はせず、あいまいな言葉で返し、そそくさと家を出て行った。

 バタンと閉じられた扉を黙って眺めている夏野。

 

「勝負するって言いましたよね?」

「あー……どうなんだろうな」


 俺もあいまいに答えておく。


「お義母さん! 勝負するって言ってましたよねっ!?」

「ん? 言ってたっけ?」

「言ってましたよ! ですから、私が勝ったら秋山先輩を婿に下さい!」

「ダメー。勇児は琴ちゃんのものだかんねぇ」


 分かりやすく、ガーンとショックを受けている夏野。


「お、親公認だとは分かってましたが……まさかこんなにお義母さんの意思も強いだなんて……まだ籍も入れてないんだから譲ってくれてもいいじゃないですか」


 譲るとか譲らないとか……

 こいつ、結婚相手をゲーム内で交換できるモンスターと同列ぐらいに考えてるのか?


「ダメダメ。心に決めた女がいたらそれ以外には見向きもしない。勇児にはとうちゃんみたいにそういう一途な男に育てたつもりだから、琴ちゃん以外の女には興味ないよっ」


 そんな風に育てられた記憶はございませんが?


 でも彼女……嫁は一人いたらそれでいいと思う。

 複数の女に手を出すのも、なんだか面倒くさそうだし。

 数人の女性と付き合っても、喜びよりも労力が上回りそうなんだよな。

 女に囲まれる自分も想像できないし、ま、興味ないんだろう。

 他の女に。


「葵ちゃんもさ、勇児と仲がいいのはいいけどあんま困らせちゃダメだよ」

「こ……困ってるんですか? 先輩……」

「うっ……」


 そんなうるうるした瞳で言われるとハッキリ言いにくい。

 困ると言うかなんというか……

 面倒を起こさなかったらいいんだけど、こいつマジ迷惑かけまくるからなぁ。


「困りはしない……かな……?」


 今度も夏野にあいまいに返事しておいた。

 ここでちゃんと言っておけば全てがいい方向に収束していくというのに……

 かあちゃんもため息をつきながらこちらをジト目で見ている。


 分かってる。

 分かってるからそんな目で見ないで。




 ◇◇◇◇◇◇◇



 また俺の教室までついて来て、居座っている夏野。

 もうみんな夏野には興味を無くし、俺たちに視線を向ける者は誰もいなかった。

 ただ一人を除いて。


 冬白川だけはこちらをチラチラ見ていた。

 周囲の友達が話しかけているみたいだが、空返事をしている。

 これだけこっち見てたら俺たちの関係バレるんじゃない?

 とそう思っていたが、みんな冬白川へ盲目的アプローチをしていて彼女のそんな大胆な動きに気づかないでいた。


 女のちょっとした変化に気づけない男はダメだってかあちゃんが言ってたぞ。

 髪を切ったら髪の話を。

 新しい服を着ていたら服の話を。

 今は視線がおかしいんだから、視線の先を見て『どうしたの?』ぐらい聞いてあげなきゃ。

 まぁ視線の先は空気のような存在の俺がいるだけだから、それで気づかれていないという説が。

 そんな寂しいことは言わないでね。


 夏野は夏野で、勝ち誇ったように冬白川にVサインを送っている。

 お前、何に勝ったつもりでいるんだ。

 だが冬白川もその姿を見て、眉をピクピクさせている。

 別に夏野のことは放っておいたらいいのに。

 

 そんな2人のクラスメイトからは見えない戦いは夏野が自分の教室に帰るまで続いていた。

 というかなんでみんな気づかないの?

 冬白川、君たちの話をとうとう無視し始めてるんだよ?

 なのになんでそんなに楽しそうに話かけてるの?


 俺には関係ないから別にいいけどさ。



 授業が始まり、俺は勉強などせずにスポーツ大会に思考を巡らせた。


 スポーツ大会は、全学年のクラス対抗戦となっていて、1~3年の同じA組が1つのチームとなり、クラスはF組まであるので合同チームが6つできあがる。

 俺と冬白川は同じC組チーム。

 夏野は確か、B組と言っていたので別のチームと言うわけだ。


 そしていくつかある競技の中から自分の好きなもの、あるいは推薦で出場する競技が決定する。

 冬白川はバドミントンを自分でチョイスしていたのは記憶しているが……

 そういや夏野、冬白川が何に出るか聞いてきたような気がするな……

 あいつ、何が奇遇だ。

 確信犯じゃないか。

 冬白川がどの競技に出場するか分かっていた上で、バドミントンを選びやがったな。


 元気なのはいいが、はた迷惑な奴だな。あいつ。


 実は俺も、野球やサッカーなどという団体競技はできないので、個人でできるバドミントンを選んでいたりする。

 友達とサッカーだとか憧れるが、如何せん肝心な友達がいないのでできるわけがない。

 団体競技など滅んでしまえばいいのに。


 バドミントンは男女ともルールは同じで、クラスから2人、合同チームで計6人エントリーする。

 6つのチームがあるので合計で36人のトーナメント式となっていて、順位によって点数を振り分けられるというわけだ。


 というか冷静に考えてみるとさ、普通にバドミントン部がエントリーしているだろうし、二人が決勝戦でぶつかるなんて無理じゃないの?

 夏野のことだからテンションだけで言っただけだろうけどさ。

 いやそもそも途中で当たる可能性だってあるから決勝戦で戦う必要もないんだけど。

 それに、二人が戦わない可能性だって大いにあるんだけどな。

 戦いがなければ大きなトラブルも起こらないという意味では当たらないまま終わればいいのに。

 ……戦えなかったからって場外乱闘なんかはしないでね。


 とにかく、スポーツ大会は明日。

 素人同士の戦いだし、白熱したバトルになんてならないだろう。

 俺は平常運転で、のんびり過ごすことにしよう。

 一人寂しく。

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