第12話 幸せの味4
「おっかえりー」
「ただいま」
「た、ただいまですっ」
もう外も暗くなりかけていた頃、俺たちは帰宅した。
リビングからエプロン姿の母親がこちらに顔を覗かせている。
「勇児~、琴ちゃ~ん。手伝って~」
「分かってるよ」
母親が料理するのは現在一つしかない。
だから何をやっているのか、何を手伝えばいいのか俺は理解できている。
「手伝いって……何?」
「ああ。餃子だよ」
「餃子?」
そう、餃子だ。
母親の唯一にして最高の手作り料理。
昔からこれ以外は面倒くさがって手抜きだったけど、餃子だけに関しては『餃子には気合が必要』とかわけのわからんことを言って張り切って作っていた。
まぁこれが美味くてさ。
俺も桜も……死んだ父親も大好きで。
だから、秋山家のご馳走と言えば餃子なのだ。
いつも家事の手伝いなんて絶対しない桜も、餃子作りだけは参加する。
今も桜が皮にタネを乗せ、母親が包んでいる。
「これ、どうやったらいいのかな?」
「ほれほれ琴ちゃん。私の前座って」
ジャージに着替えた冬白川は、母親に促されテーブルの席に着く。
俺は冬白川の隣に座って、タネを皮に乗せる。
「こうやってね、こうやって……」
母親は優しい顔で冬白川に手ほどきしている。
その姿はまるで親子のよう。
慣れない手つきでぎこちなく包んでいく冬白川。
難しそうにしているけれど、すごい楽しそうだ。
タネの乗った皮の端に水を付けて、歪ながらもギザギザに包んでいく。
何個も包んでいる間に冬白川も上手くなっていって、なんでもない話で盛り上がって。
なんか……本物のお嫁さんみたい。
「よっしゃー完成っ! じゃあドンドン焼いていくよぉ」
フライパンに敷き詰めた餃子に熱湯を入れ蓋を閉め、蒸し焼きにしていく。
数分後、蓋を開けるとジューと躍るような焼ける音と共に、香ばしい香りが漂う。
そこへごま油をくるりと一周かけて、餃子の完成。
母親はフライパンに直接皿をあてがい、ひっくり返す。
フライパンをさっとどけると、皿には綺麗な餃子が並ぶ。
「餃子を一緒に食べるということは家族の絆を結ぶという事。これを食べたら琴ちゃんも秋山家の一員だよぉ」
またよくわからん理屈を並べる母親だが、餃子の前ではどうでもいい。
桜は焼き上がる前から酢醤油を作り、待機していた。
「いただきます」
桜はいち早く餃子を取り、酢醤油にくぐらせて口に運ぶ。
アツアツなので、はふはふ言いながら食べている。
ちゃんと冷ましてから食えよ。お子様なんだから。
「どう?」
「美味」
「きゃー嬉しいぃい! その桜ちゃんの顔がみたくて頑張って作ったんだよぉ。ねえ褒めて褒めて」
「偉い偉い。美味い」
母親を適当にあしらいながら餃子を次々に口へ運ぶ桜。
ま、桜がこんだけ喜んでくれてたら、それだけで価値あるよな。
「そういやお前、餃子とみたらし団子どっちが好きなんだよ?」
「それは別次元の話。食事とデザートは比べることはできない。仕事と私とどっちが大事? ぐらい愚問」
「たとえが面倒くさい女! もう少しあったろ、マイルドなたとえがさ」
ってかこいつ、どこでそんな台詞覚えてくるんだよ。
「琴ちゃんも食べて食べてっ。琴ちゃんと桜ちゃんの為に作ったんだからさっ」
「は、はい。いただきます」
なんだか遠慮がちだな。
俺が食べ始めたほうが食べやすいか?
そう考えた俺は餃子を口に入れ、ご飯をかき込んだ。
ご飯と餃子。
これは殺人的な美味さをほこる最強コンボ。
美味し。
餃子だけでご飯何杯でも食えるわ。
「うめーよ、かあちゃん」
「知ってるよ息子っ」
俺が食べている姿を見て、冬白川も餃子を食べ始めた。
お上品に三分の一ぐらいをはむっと口に含む。
なんかお嬢様がお食事しているような感じ。
この子が食べたらなんでも高級感が出るな。
箸の持ち方も綺麗だし、俺とは大違いだ。
「……美味しい」
「でしょでしょ? 私特製の餃子は美味いっしょ?」
「うん……美味しい……」
餃子を食べながら冬白川はすっと涙を流した。
「冬白川?」
「美味しい……今まで食べたことない……なんだか幸せな味」
ボロボロ涙が止まらない様子だ。
何を想って泣いているんだろう。
理由が分からないのが、なんだか寂しくてもどかしい。
でも、涙を流しているけれど彼女は笑っている。
幸せそうに。
「これが、家族の味だよ」
「家族?」
「うん。勇児と桜と、それに琴ちゃんが食べるのを想像してさ。喜んでくれるかな? 喜んでほしいな。美味しいかな? 美味しくなれっ。って、願いを込めて作んの。家族の為に。みんなの笑顔のために」
「…………」
「料理は愛情って本当だと思う。だって気持ちを込めた分だけみんな喜んでくれるもん。まぁ、私の場合は気合だけどね」
なんだかかあちゃんの餃子の美味さの秘密を知ったような気がする。
料理は愛情。
この人の場合、料理は気合だけど。
食べる人のことを考えて作られた料理って宿るんだ。
愛が。
クサいことを考えているのは分かる。
だけど実際そうとしか思えない。
店で食べる餃子も美味いけど、かあちゃんの餃子は格別だ。
それは食べる俺たちを想ってくれる、かあちゃんの気持ちがこもってるから。
普段はアホみたいなことばっか言ってるけど、アホみたいに俺たちを愛してくれてるんだ。
この餃子に「お前ら好きだー」って、かあちゃんの愛が、気合が入ってる。
前行ったことのある店で、やる気も無くて面倒くさそうに料理を作る人がいた。
食べた料理はやはり全然美味しくなかった。
だから料理は愛情というのは正しいと思う。
だからかあちゃんの餃子は美味しいんだ。
だから俺は思う。
かあちゃん、他の料理もちゃんと作れって。
全部に気合入れてくれてたら、全部美味かったのにさ。
「だから、琴ちゃんが幸せな味だって感じてくれるなら、私は嬉しい。そんな琴ちゃんを想像して作ったかんね」
ニカッと歯を見せて笑う母親。
「うん……うん。お母さん。私、一番好きなの餃子。だって一番幸せな味だから」
「うん。琴ちゃんの好きな物、見つかったね」
涙を流しながら、幸せそうに餃子を頬張る冬白川。
かあちゃんは、その冬白川の涙を優しく拭いてあげていた。
キッチンペーパーで。
「せめてティッシュ使ってやれよ」
「もぅ、細かいこといいじゃん。だってティッシュ切れてたし」
まぁ、餃子に免じて許してやろう。
冬白川も全然気にしてないし。
「さっ。どんどん食べてよ。まだまだ焼いてくかんねー」
冬白川が泣いた夢を見たが、どうやら彼女を悲しませて泣かせたわけではなかったようだ。
我が家の家族の味、餃子を食べて涙した冬白川。
遊園地での会話のことや、家出をしたことを考えると、家庭環境が良くなかったのだろうと安易に想像はできる。
優しさとか、愛に飢えていたんだろうか。
餃子を食べて、幸せな味だと冬白川は言った。
幸せな味。
母親が子供に与える当たり前のものなのに、冬白川にとってそれは涙を流すほどに欲していたものだったのかも知れない。
実家で何があったのか、今までどんな風に生活をしてきたのか。
いつか話してくれることを、俺たちは待ち続ける。
餃子を一緒に食べたということは、もう俺たちは家族なんだから。
家族なら話して欲しい。冬白川のことを。
家族なんだからもう遠慮しなくてもいいんだよ。
もっとこれから色んな話をしてくれ。
君の喜びも、悲しみも、全てを共有したいんだ。
一緒に笑って、一緒に泣いて。
そうやって冬白川とこれから暮らしていきたい。
母親のバカみたいな提案が始まりだったけど、今は感謝している。
冬白川と一緒にいれることが幸せだから。
だから、待ってる。
冬白川が全部話してくれることを。
もっと一緒に幸せになるために。
きっと全部聞くことができたのなら、俺たちの距離はもっと縮まるはずなんだ。
観覧車の時みたいに、心も引っ付いて生きていきたい。
俺もかあちゃんも桜も、冬白川のことを想っているよ。
俺たち家族、みんなで幸せになろう。
なんて、そんなことを思いながら、願いながら俺は冬白川の隣で餃子を食べていた。
いつか心の底から冬白川が笑ってくれることを祈りながら。
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