第8話 うるさい後輩ができました4

 扉を開く音を聞いて、母親のジャージを着て赤いカチューシャを着けた冬白川がパタパタと玄関までやって来る。

 そのちょっとした動きがまた可愛い。

 それに俺の顔を見た瞬間、パーッと明るい笑顔をするのがまたこう、なんというか……たまらん。

 何だよこの超絶美少女。

 なんでこの世界に存在してんだよ。

 なんで俺の家にいるんだよ。


 嬉しすぎて時が止まるわ。


「あ……え、その子……」


 あ、夏野のこと忘れてた。

 どうしよう。

 冬白川にどう説明しよう……


「…………」


 気まずさにも時が止まった。

 だが夏野の騒ぎ声で、時は動き出す。


「ふ、ふふふ、冬、ふゆゆ……冬白川先輩っ!?」

「え……知ってるのか?」

「そ、そりゃあ……学校一の美少女だってクラスの男子も女子も毎日騒いでますので……」


 冬白川は夏野を見たまま固まってしまっていた。


「あ、ほらこの子、教室で大騒ぎしてた夏野」

「な、夏野さん……?」

「そうそう。あれから放課後に来てさ、家についてくるって言いだして」

「え……もしかして、先輩の結婚相手って……」


 冬白川を指差しながらワナワナと震えている夏野。

 その夏野の様子に冬白川は、胸を張って口を開いた。


「そうです。私が勇児くんのお嫁さんです。何か問題でも?」

「まさか冬白川先輩がライバルだなんて……ぶ、分が悪すぎる」


 夏野は今にも泣きそうな表情を浮かべ、冬白川と対峙している。

 冬白川も強気だけど、どこか不安を拭いきれないと言ったような顔だ。


「ただいまー……って、何やってんの?」


 母親が帰ってきて、人でいっぱいになっている玄関先で状況を把握しようとしていた。


「……誰、君?」

「あ、わ、私、秋山先輩と結婚を前提に子作りを希望している夏野葵と申します!」

「えっ?」


 ポカンとしている母親。

 気持ちはよく分かる。

 意味わかんないよな。

 俺だって戸惑った。


「あの! 秋山先輩と私の結婚を許して下さい! お願いします!」

「だからなんでお前は俺と結婚すること前提で話を進めようとするんだ! 話が拗れるからそう言うことは言わないでくれ」

「ゆゆゆ、勇児くん……この子と結婚するの?」

「しない。するわけないだろ」


 俺にはお前がいるから。

 なんて気の利いた言葉は俺の口から発されることはない。

 だって俺はヘタレだから。


「ふーん……子作りってことは勇児。この子に手ぇ出したの?」

「出すか! というか俺に出せると思うか?」

「ま、無理だろうね」


 無理だと思ってるなら話を拗らせようとするな。

 いつも話をかき混ぜるのはあんたなんだから、できたらもう黙っててください。


「葵ちゃん」

「はい、なんでしょうかお義母さん!」


 『お義母さん』と言う言葉に何か少し引っかかるが、今は黙っておこう。


「勇児と結婚したいなんて言ってくれて嬉しいんだけどさ」

「はい!」

「こいつ、琴ちゃんと結婚すること決まってるから。悪いけど諦めてねぇ」

「……ふ、冬白川先輩との仲は親公認ということですか……?」

「そだよー」

「2人で盛り上がってるだけではなくて……?」

「昨日は4人で盛り上がってたねっ!」

「盛り上がってたのは2人だ。俺……というか特に桜なんか興味なさそうに黙ってたろ」

「そだっけ? 多分あれだ、琴ちゃんに照れて大人しかったんだよ。あーもう可愛いなぁ桜たんはっ!」


 こいつ、節穴にも程があるだろ。

 あんたの娘は他人に照れるなんて、そんな可愛い性格してないぞ。

 どちらかというと他人に常に興味を示さない、冷めた性格だ。


「と、とにかく、私はお母さんと約束したから。勇児くんのお嫁さんになるって。ねっ?」


 上目遣いで見つめてくる冬白川。

 そんな破壊力のある目で見つめれらたら、嘘でも肯定しちゃうって。

 俺はちょろいんだから。


「まぁ……ね」

「ふえ……」


 夏野は目から大粒の涙をボロボロと流し始め、


「ふえええええええええええええええんん」


 そのまま風のようにビューンと去ってしまった。


「なんだったの、あの子?」


 母親はキョトンとしながら去って行く彼女の背中を見ていた。

 そして俺に向き直り、


「ああ勇児」

「ん?」

「琴ちゃん泣かすような真似したら……ちょん切るからな」

「何を!?」


 真顔で、現役時代の鋭い視線で俺にくぎ刺す母親。

 怖えよ。そんな目で睨むな。

 そもそも俺は何もしてないし。


 

 ◇◇◇◇◇◇◇



「なぁ、冬白川」

「なあに?」

「晩御飯、何が食べたい?」


 俺は冬白川と約束したのだ。

 晩御飯は好きな物を作ってやると。

 ま、約束と言うか俺が勝手にそう決めただけだけど。


「みたらし団子」

「桜、お前には聞いてないからな」

「私トンカツがいいー」

「あんたにも聞いてないから」


 こいつらはいちいち口を挟まないと気が済まないのか。

 家族ながらなかなか面倒な連中だ。


「勇児くんが作ってくれた物ならなんでもいいよ」


 ニッコリスマイル可愛さ満点でそんなことを言ってくれる冬白川。

 こんないい子、惚れないわけがない。

 結婚してくれ。今すぐに。


「あー、冬白川の好きな食べ物を知っておきたいんだよ」

「私の好きな食べ物……」


 冬白川は思案したままフリーズしてしまう。

 

「……冬白川?」

「あ、ごめん……私、好きな食べ物ってなんだろう……考えたこと無かったな」

「マジ?」


 そんなことある?

 自分の好き嫌いが分からないなんて。


 冬白川は、心底落ち込んだように暗い表情を浮かべる。

 

「今まで食べてきた中で美味しかったものとかないの?」

「色々食べましたけど……食事自体が楽しかった記憶がないので……」

「……じゃあこれから楽しく食べて、好きな物探そっか」

「お母さん……はい」


 母親の優しい言葉に、冬白川はなんだか救われたような顔をしている。

 たまにはやるじゃないか、かあちゃん。

 ちょっとだけ見直したぞ。

 

「じゃあ今日はトンカツにしよっ」

「はいはい分かったよ」

「みたらしは?」

「作らない日はないだろ」

「うん」


 結局その日の晩御飯はトンカツを、デザートにみたらし団子を食べた。

 冬白川は美味しいって言ってくれたけど、何か思い詰めているような……

 なんだろう。

 気を使っているのかな?

 もしそうなら、気なんて使わなくてもいいのに。


 俺も母親も結局無理に理由を訊くことはせず、彼女が自分から話してくれるのを待つことにした。

 自然に話してくれた方が、家族っぽいし。

 信頼してもらえているってことだしな。

 って、なぜか冬白川が嫁に来ることを前提に思案する。


 晩御飯を済ませ後は風呂に入り、自室で冬白川と二人きりになった。


「なんか、昨日より疲れた一日だったよ」

「疲れた……迷惑だった?」

「いや。迷惑じゃないけど……一気に世界が変わったから頭がついていってなかったんだよ。今だけの気の迷いだったとしても、冬白川がさ……」

「……私が、なに?」


 嫁に来てくれると言ってくれたことが嬉しかった。

 だけどそんなこと、彼女を前に堂々と言えるような勇気は持ち合わせていない。

 俺ってこんなにヘタレだったのか……


「なんでもない。もう寝よう」

「……うん。おやすみなさい」

「おやすみ」


 俺は照れを隠すように、毛布を頭からかぶる。


 隣に好きな人がいる幸せ。

 まだ触れることなんてできないけど。

 触れることがあるのかどうかも分からないけど。

 冬白川がここにいるという事実が嬉しい。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 次の日の朝。


 先日は一睡もできなかったので早々と俺は眠りについていたようだ。


 床で寝ていた俺は何かを抱いたまま眠っていたらしい。

 なんだろう?

 甘い香りがするし、柔らかい……

 このままずっと抱いていたいなぁ……


「…………」


 ガバッと起き上がり、抱いていた正体を視認する。

 それは、冬白川だった。


「おはよう……」


 真っ赤になりつつも、幸せそうな顔をしている冬白川。

 触れていた。

 昨夜はその可能性を疑っていたが、すぐさまにそれは現実になっていた。


 俺は冬白川に触れていた。

 抱きしめていた。

 あ、俺の体から冬白川の香りがする。

 ……いい香りだ。


 って、違う。

 なんで?

 なんでこうなったの?


「おま、おお、お、うええええっ? 何してんの?」

「え? 抱きついてきたのは勇児くんだよ?」

「……マジ?」

「マジ」


 ドンドコドンドコ心臓が爆発する勢いで鳴っている。

 俺が抱きついたってのか!?


「勇児くんの顔を覗いてたら、なんとなく毛布に潜り込みたくなって潜り込んだら勇児くんが……」

「それほとんど不可抗力だよね!? 意識が無かったんだから……許してね?」

「? 別に怒ってないよぉ。むしろ……きゃーっ!!」


 顔を覆って足をバタバタする冬白川。

 もうその可愛さだけでご飯十杯ぐらい食べれます。

 ありがとうございます。


「と、とりあえず朝ご飯にしようぜ!」


 すっかり目が覚めたしいい時間だし。

 恥ずかしさを悟らせないようにそそくさと部屋を出る。


「おはよー」

「おはようございます」


 大きなあくびをしながら起きて来る母親。


「ん? 琴ちゃん、なんだか幸せそだねー。なんかあったん?」

「あの……勇児くんが私のこと抱きしめたまま寝てくれて……」

「ほ~ん」

「言っておくが、俺は無意識だったからな」


 ニヤニヤムカつく顔で視線を送って来る母親。

 マジなんだよその顔。

 

「そっかそっか。熱い夜だったんだね」

「熱くねえよ! がっつり寝てたから、熱かったか寒かったかも分かってないから」

「もーう照れちゃってさー」

「照れてるよ! でもあんたの考えてることは何も無かったからな」


 俺は嘆息しながら、弁当作りを開始する。

 すると、玄関のチャイムが鳴り響いた。


「なんだよ朝っぱらから」


 俺はドアホンのボタンを押し、応答する。


「はい」

『おはようございます、先輩!』

「…………」


 朝っぱらからうるさく元気な声を響かせるのは、夏野だった。


「夏野……どうした?」


 夏野は昨日、泣いて帰っていったはずだ。

 なのになんでまた俺の家に来てんだ?


『はい。通い妻に来ました!』

「……はっ?」

『通い妻です!』


 通い妻。

 通い妻とは、普段は同居せず必要に応じて旦那の所に来る妻の事である。

 ※某サイト調べ。


 言っていることが理解できなかった俺は、なぜか通い妻の意味を頭の引き出しから引っ張り出していた。

 はっきり言おう。

 俺は混乱している。

 

 こいつは何を言っているんだ?

 何が通い妻だ?

 え? 俺の方がおかしいのか?


「夏野、俺には意味が分からない……どういうことだ?」

『通い妻とは、普段は――』

「通い妻の意味は分かる! さっき頭の中でしっかりと確認した。俺が言っているのは、なんで家に来たんだってことだっ!」

『ああ。だって私、先輩のお嫁さんになりたいので』

「いや、昨日冬白川のこと知って、帰っていったからさ」

『私はまだ、1敗しただけなので』

「はっ?」


 あれ? 恋愛事ってそんなルールだっけ? 

 先に3勝した方の勝ちとか?

 恋愛初心者の俺には知りえないルールだ。

 って、んなわけあるか。


「おい夏野。お前は何を言っているんだ?」

『だから私はまだ1敗しただけですから。まだ冬白川先輩とご結婚していない間は私諦めませんから。そのうち連勝して、結婚レースに勝たせてもらいますから!』

「レースじゃねえ!」


 頭が痛くなってきた。

 どうやったらこいつは話を分かってくれるんだろう。

 違う。どうすれば諦めてくれるんだろう。

 俺には全く見当がつかない。


「…………」

「勇児~。お腹減った~」



 母親はマイペースだし、冬白川は不安そうな顔してるし。

 本当に朝っぱらからなんだよ。

 面倒くさいなぁ。


「お兄ちゃん。みたらし団子」

「うるせっ。自分で入れろっ」

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