第7話 うるさい後輩ができました3

「…………」


 こいつ、俺のことをじーっと見ている。

 なんで俺なんだよ。

 俺が外から視線を外さないのを察してくれ。


「あの」

「え? あ、はい?」


 声をかけられてしまったのでは仕方あるまい。

 致し方なく、俺は彼女の方に視線を移す。


 周囲にいるみんなは彼女のことが気になるのだろうか、こちらを見世物のように見ていた。

 こんな一斉に注目されたらさすがに恥ずかしい。

 お願いだからみんな見ないで。

 って冬白川も俺のことを見ている。

 

 心配というか、何をするのだろうと彼女の出方を窺っているような視線。

 

 目の前にいる彼女は強気な瞳で俺を見下ろしながら、次の言葉を吐き出した。


「お名前、教えてもらっていいですか?」

「お名前。俺の?」

「はい」

「俺は、秋山勇児……です」

「秋山先輩……」


 先輩?

 ということは、この子は後輩か。


「私2年B組、夏野葵なつのあおいです。秋山先輩」

「なんですか?」


 夏野葵。

 彼女は真剣な瞳で、意を決したような表情をしている。

 え、これってもしかして告白される流れですか?

 ええっ? 俺に告白しにきたんですか?

 

 いや、決断をするのはまだ早い。

 つまらない勘違いをして恥をかく男は多い。

 まず話の内容を聞いてからだ。

 判断はそれからでも遅くはない。 


 そもそも彼女とは知り合いでもなんでもないし、惚れられてるなんてことは考えにくいしな。


「良ければ……その私と……」


 顔を染める夏野。

 決意したはいいが、言葉がすぐに出てこないようだ。

 え? マジで告白する気?


 周囲の学生諸君も、固唾を呑み込んで行く末を見守っている。

 ここにいる全員が、彼女の言葉に全集中していた。


 そして夏野は、俺に頭を下げて言葉を発する。


「私と結婚を前提に子作りしてください! お願いします!」

「待て待て待て待て! 恋のいろははどこ行った!? 子作りの前に確かめ合わなきゃいけないことはいっぱいあるぞ!」

「恋にはもう落ちてますので、問題ありません!」

「あるよ! 無いわけないだろ! 問題が多すぎて頭がついていかんわ!」


 何だこいつ。

 告白ならまだしも、いきなり子作りだと?

 意味が分からない。

 全くもって意味が分からない!


「話を整理していこう。まず俺はお前のことを知らない。お前はどこで俺を知ったんだ?」

「やだなー、昨日に決まってるじゃないですか」

「き、昨日?」

「はい。昨日の先輩、その……すごく激しくて男らしかったです……」


 照れながら夏野はそんなことを口走る。

 教室はザワツとなり混乱し大騒ぎし出した。

 冬白川なんて元々大きな目を大きく見開き「どういうこと?」なんて表情でこちらを見ている。


「激しかったって……」「当然……アレだよな」「ってかあいつ誰?」


「おい! お前何の話してんだよ! あれか? 妄想で物言ってるのか?」

「妄想だなんてとんでもない! 私の記憶にも体にも先輩の熱さが、しっかりしみ込んでいますので!」

「やっぱりおかしいぞ。妄想するのはいいが暴走はするな。いいか。今俺は被害を被ろうとしている。覚えもないお前の記憶に、クラスのみんなから白い目で見られているんだ」

「えっ!?」


 焦って周囲を見渡す夏野。

 視線が集まっていることに、今ようやく気付いたようだ。


「頼むから冷静に真実を語ってくれ。真実だぞ、真実。嘘はいけないよ」

「皆さんには信じれないかも知れませんが先輩は本当に凄かったんです! 嘘じゃありません!」

「みんなは話を信じていないじゃない。メチャクチャな話に仰天しているだけだ!」

「メチャクチャな話って……確かに先輩はメチャクチャ強かったですけど」

「だから、メチャク……ん? 強かった?」


 その場にいる全員の頭に疑問符が浮かび上がる。


「はい! 昨日の悪人を成敗する先輩の姿は、誰よりも熱く激しい漢の中の漢でした!」

「……も、もしかして昨日の喧嘩の話してるのか?」

「はい! 素晴らしい強さでした! 感動しました!」


「なんだよ喧嘩の話か」「てっきり子作りでもした話と思ってたわ」


 みんなめいめいに思ったことを口走っている。

 少し白けた様子ではあるが、俺たちから視線を外す気配はない。

 俺としてはさっさと興味を失ってほしいんだけど。

 さすがにこれだけ目立つと恥ずかしい通り越して冷や汗ばかり出て来る。


 夏野の話していたことは、どうやら昨日の喧嘩のことらしい。

 みんなに誤解を与えるような言い回しをするから変に恥をかいたじゃないか。

 

 しかし夏野はどこ吹く風。

 暴走した張本人は全く気にしてなかった。

 なんで俺だけ恥かいてんだよ。


「お前はたまたま喧嘩を見てたんだな」

「はい。通りすがりだったのですが、あの強さには心底痺れました。それで登校中の先輩をお見掛けしまして、これは結婚の約束を取りつけねばならぬと思い……」

「そこだよそこ。なんで結婚まで話が飛躍するんだ。最初からもっと事細かく説明しなさい」

 

 夏野はどう説明すべきか思案顔をし、考えがまとまったのかゆっくりと話し始める。


「私の家はですね、空手道場を経営しているのですが、最近は生徒さんの数がめっきり減ってしまったのです」

「うん。それで?」

「それで昨日の秋山先輩の強さを見て、この人が道場を継いでくれて、この人の遺伝子があれば、次の代も安定だなと。そう思った次第でございます」

「アホなの!? 君はアホなの!? 俺の遺伝子一つで道場の未来がどうこうできるわけないでしょ。というか俺、道場継ぐほど強く無いと思うんだけど」


 なんてバカな思考をしているのだ、この子は。

 ちょっと強い男を見ただけでその男の子供作るって……

 強い男を見る度子作りに励むってことか?

 何人子供作るつもりだよ、こいつ。


「あ、でもあれですよ! 強いからってだけじゃなくて、こうビビッと来たんです!」

「ビビッとね」

「はい! じいちゃんの声が聞こえてきたんです! こいつにしておけって!」

「ほー」


 天国から祖父の言葉を受信したってか。

 余計な事言ってるんじゃないよ、おじいちゃん。

 こいつにしておけと言う前に、暴走を止めさせろ。

 そうすりゃ顔は可愛いいんだから、黙ってても強い男なんてどんどん集まってくるだろうに。 


「ところで天国のおじいちゃんの声はよく聞くのか?」

「え? 何言ってるんですか? じいちゃんはまだ生きてますよ」

「だったらただの幻聴じゃない!? そんな言葉に惑わされちゃダメだよ!」

「大丈夫です。私は自分の直感を信じますので! 先輩となら道場の輝かしい未来が待っているはずです!」

 

 面倒くさいなこいつ。

 道場のことしか頭にないのか。

 こいつと一緒になったら道場継ぐのは確定で……

 しかし自分が空手で生計立てるとか想像がつかないな。

 いや、そもそもこいつと結婚する気もないんだけど。


 じーっと俺たちを見ているクラスメイトたちの視線が痛くなってきた。

 結局何の話なんだよ。

 そんな目で俺を見ている。

 俺だって思っているさ。

 何の話だって。


「け、結婚とかさ、今すぐ決めれるような問題でもないし、また今度話しようぜ。授業も始まるし自分の教室に戻った方がいいんじゃない?」

「そうですね! では次の休み時間になったらまた来ます!」

「もう少し時間を頂戴! 授業を受けながら50分程度で決めれる問題じゃないから!」

「分かりました。では放課後に会いましょう!」

「あ、いや、あの」


 そう言うや否や、夏野は猛スピードで教室を去って行った。

 猪突猛進。

 話も聞かない、思ったら真っ直ぐに行動。

 本当に猪みたいな子だな……


「で、あれ誰?」「さぁ……同じクラスメイトだろうけど」「ほら、えー……誰だっけ?」


 俺に集まる視線も痛かったが、みんなが俺のことを知らないことはもっと心が痛かった。

 なんで誰も知らないんだよっ。

 悲しみに死んでしまうぞ。



 ◇◇◇◇◇◇◇



 放課後、していない約束通り夏野はやって来た。


「秋山先輩! お待たせしました!」

「待ってないから」


 俺はため息をつきながら荷物をカバンに詰め込み教室を後にする。

 冬白川はもう帰ったようですでにいなかった。

 そういや、放課後に残って誰かと話したりとかしてないよな、あいつ。

 俺と違って話す友達はいるというのに。

 なんとういう贅沢な友達の使い方だ。


 俺なら友達ができたら四六時中一緒にいるし、なんだったら常にスマホで連絡を取りあう。

 それに家にちゃんと帰ってるか確認しにいくけどな。

 あれ? それってストーカーじゃない?

 思考がヤバいぞ、俺。


 大声で何やら話している夏野の言葉を聞き流しながら駅へ向かう。

 夏野も帰る方向が同じなのか、一緒にホームで電車を待った。


「お前って最寄り駅はどこなの?」

「逆の方向です」

「……なんでこっち来てるの?」

「なんでって……一緒に帰ろうかと思いまして」

「……お前、どこまでついて来るつもりだ?」

「一生どこまででもついて行きます!」

「そんな伴侶みたいな言い方すんな! 俺が訊いたのは場所の話だよ!」

「あ、先輩のお家までです」

「家まで来るつもりかよ……あのさ別に来てもいいけど……」

「なんですか?」

「…………」


 俺は冬白川がいることを話そうか迷っていた。

 しかしあいつは学校では俺たちのことを内緒にしたがっていたしな……

 うーん、どうするかな?


「……今日のところはお家に帰ったら?」

「なぜですか?」

「なぜ? じゃあ逆にあなたはなぜ来るのですか?」

「そりゃあ、将来の旦那の親に挨拶ぐらいは済ませておかないと」

「だからなんで結婚すること前提なんだ! 結婚する前に、付き合いもしてないだろ」

「じゃあ付き合いましょう。今すぐに!」


 燃える瞳で俺を見つめる夏野。

 熱すぎて嫌な汗かいてきたわ。


 こりゃ、ジャブぐらいは入れとかないとどこまでもついて来そうだな。

 傷つけないように、バファリンぐらい優しく話をしよう。

 ことわり半分、優しさ半分だ。


「あ、あのさ夏野」

「はい」

「……実は俺には、その……結婚する相手が決まっているんだ」

「……え?」


 嘘じゃないよね?

 一応、冬白川と結婚する流れになってるもんね?

 すまないが、言い訳に使わせてもらうぞ冬白川。

 その代わりと言っちゃなんだが、晩飯はお前の好きな物を作ってやる。


「だから、もう結婚する相手がいるから、お前とは結婚できないし、付き合うこともできない」

「…………」


 俺の言葉に夏野は俯いて何も言わなくなってしまった。

 なんだかちょっと罪悪感を覚えるが、許してくれ。


 せめて後一日ほど早く言ってくれてたら、お前と付き合ってたかも知れないのだが……

 なんて簡単な男なんだ、俺は。

 乙女ゲーだったら、バットエンドで仕方なく付き合うことになる男と言ったところか。

 いや、バットエンドで付き合うとか、最悪じゃないか。

 せめて攻略難易度の一番低い男ぐらいにしておいてほしい。


「まぁ、そういうことだ。ごめんな夏野」


 ちょうどホームにやってきた電車に俺は無言で乗った。

 

 扉の閉まる音がし、徐々に動き出す電車。

 俺は夏野の様子を確認するため、ドアの外に視線を向けた。


 だが、そこに彼女はいなかった。


「先輩、何探してるんですか?」

「ああ、ここにいたのか。ビックリしたよ、ホームにお前の姿が無かったから」


 いつの間にか俺の横にいた夏野は、俺と一緒にドアの外側を見ていた。

 なんだ、一緒に電車に乗ってたのか。


「って、なんで乗ってんだよ!? お前の家は逆方向だろ?」

「え? だから、先輩の親に挨拶を……」

「ねえ話聞いてた? その耳は飾りなの? それとも話が理解できなかったの?」

「いえいえ。ちゃんと聞いてましたし、理解していますよ」

「だ、だったら、なんでついて来るんだよ」

「え、だって先輩、その人とまだ結婚していないんですよね?」

「そりゃあ、まぁ……」


 結婚はしていない。

 それは確かだが、相手がいるって聞いたら普通引くだろ。

 引かないのは相手の気持ちを考えない自己中心的な奴か、バカな奴ぐらいだぞ。


「なら、まだ私にもまだチャンスはあるってことですよ! ピンチはチャンス! 相手は結婚の約束をして胡坐をかいているところでしょうが私から見れば、そこに付け入る隙があるというものです!」

「付け入るな! チャンスなんて自分の都合いい風に暴論を吐くな。そんなの混乱を招くだけだぞ」

「混乱に乗じて先輩をいただこうと思います」

「いただけねぇよ! 諦めなさい」

「諦めるなんて言葉、私の辞書から破いて捨てました」

「貼り直せ。そして本当に諦めろ」


 意思の強い目で首を横に振る夏野。

 なんだよその頑固さは。

 意思の弱い俺に少し分けて欲しいぐらいだ。

 俺にも強い意志があれば、こいつを張り倒して諦めさせるのに。

 あ、それじゃただの暴力男だ。

 それはダメだな。


 夏野はそのまま、俺の家までついて来た。

 俺は玄関のドアノブに手をかけ、中にいるであろう冬白川のことを考える。

 

 怒るかな? 悲しむかな? なんとも思わないかな?

 別に浮気してるわけでもないし、悲しむなんてことはないだろうけど……

 でもどう転がっても面倒だな……

 

 俺は夏野の顔を見る。

 親に会うからか、ちょっぴり緊張してやがる。

 可愛いんだけどさ、帰ってくれた方がもっと可愛いげがあっていいんだけど。


「どうしたんですか先輩? ささ。早く開けて下さい」


 問題の張本人がこの様子だ。

 もう何言っても帰りそうにないんだよな……


 俺は嘆息しながら、仕方なく扉を開いた。

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