第6話 うるさい後輩ができました2

 昨日は結局一睡もできなかった。

 色々考えることもあったし、それに美少女が目と鼻の先で眠りについてるんだ。


 俺は音がしないようにゆっくりと起き上がり、冬白川の顔を覗き込む。

 なんというか、美しい。

 小さな寝息まで可愛く感じてしまう。


 なんでこんなに可愛い子が俺のことを好きになってくれたんだろう。

 謎だ。


 俺は部屋を出て、台所に行き弁当と朝食の準備を始める。


 今日の弁当は……何にしようか。

 いつもみたいに頭が回らない。

 あーもう、のり弁当でいいや。


 敷き詰めたご飯の上に即席で味をつけた鰹節をまぶし、さらにその上から海苔を敷く。

 適当に残り物のフライを作り、そのご飯の上にのっけてやる。

 完成。

 あっという間にできあがり。


 今日は3人前。

 俺と母親と、冬白川の分。

 多分あいつも学校に行くだろうしな。

 うん。


 朝食はパンを焼いてウインナーを挟んでおく。

 桜の分はみたらし団子を3つ用意した。


 起きて来る母親と桜。

 寝ぼけ眼のままパンに齧りつく母親。

 桜は本を読みながらみたらし団子を口に含む。


「おい桜。ご飯を食べる時は本を読むんじゃない。何回言ったら分かるんだ」


 無言で本をたたみ、みたらしに集中する桜。


「あー琴ちゃんは?」

「まだ寝てる……って起きてきたな」


 部屋から冬白川が遠慮気味に出てくる。


「あの……おはようございます」

「おっはよー琴ちゃん。ゆうべはおたのしみでしたね」

「残念ながらあんたの想像するようなお楽しみは無かったぞ」

「えー? 勇児ってマジヘタレなんだね」

「ヘタレで悪かったな!」

「で、でも優しく手を繋いでくれましたよ」

「そんな恥ずかしいこと報告しないで! 何? 君これからあること全て母親に言っちゃうの?」

「聞きたい聞きたい。これからも全部教えてね、琴ちゃん」

「言わせませんから。なんで二人の思い出を事細かく母親に報告しなきゃいけないんだよ」


 席につき、冬白川はパンを前にどうすればいいのかという風に、俺の顔色を窺ってくる。

 この子、本当に気を使い過ぎるぐらいに気を使うなぁ。

 別に気にせず食べればいいのに。


「これ冬白川の分だから。遠慮しないで食べて」

「あ、ありがとう。いただきます」


 その後食事を終えた俺たちは学校へ行く準備を始めようとするが、ふと冬白川は制服しか持っていないことを思い出す。


「あ、冬白川。制服しか持ってないけどどうするんだ? 学校は行くよな? でもカバンも無いよな」

「ああ。どうしよう……っかな」


 困ったような表情を浮かべている冬白川。

 それを見た母は、無駄に笑顔で口を挟む。


「私が中学の時使ってたカバンならあるよー。見た目はまだ汚くないし使えると思うけど」

「この際それでいいんじゃない? かあちゃん、貸してあげてくれよ」

「おっけー」


 母は自室に行き、カバンをクローゼットの奥から引っ張り出してきた。


「ほら。これが私が愛用してたカバン。鉄板入りだけど大丈夫っしょ」

「あんたはどの時代からやってきた? 鉄板入りとか古すぎんだろ!」

「古き良き時代のヤンキーのマネしてたんだよね~」

「ヤンキーに古い時代はあれど、良き時代なんてあるか。とりあえず鉄板は抜いてやっておいてくれ」

「はーい」


 そう言って母はカバンから鉄板を抜き、冬白川に手渡した。


「はい、琴ちゃん。古いけど十分使えると思うよ」

「ありがとうございます」

「教科書は俺のやつを使いなよ。成績のいい冬白川は勉強もしっかりしないといけないだろ。俺はとなりのやつにでも見せてもらうからさ」

「で、でも……」


 心底申し訳なさそうに冬白川は俯く。

 もちろん、となりのやつに声をかける勇気などはない。

 でも冬白川が全部持ってなかったら、それはそれで問題になりそうだし。


 特に周りをうろちょろしている自称親衛隊の者ども。

 あいつらが黙っていないだろうしな。

 点数を稼ぐために、冬白川に教科書貸しの合戦が始まってしまう。

 それはそれで見てる分にも、巻き込まれる冬白川も面倒くさいだろうし。


「いいから使えよ。本当に俺はなんとかするからさ」

「……あの、勇児くん」

「ん? どうした?」

「あのね……その……」


 昨日の夜のように、何か言いたげな冬白川。

 だが俯いたままで何も言わない。


「…………」


 話すまで少し待っていると、冬白川は顔を上げ、困った表情をしながら話し出した。


「あの、学校では……その、私に話しかけない方がいい……と思う……」

「……ああ」


 そりゃそうだ。

 名も知られていない男が冬白川と話なんてしてたら大問題だ。

 大騒ぎになり、暴走した男どもの手により俺は暗殺されてしまうかも知れない。

 大袈裟じゃなくて、マジで殺されそう。

 想像しただけで背中に悪寒が走る。


 多分冬白川もそれを懸念しているのだろう。

 後は俺との関係を根掘り葉掘り聞かれるの嫌なんだろうな。

 毎日毎日質問責めにあうに決まっているんだ。

 そりゃそんな面倒事、普通の思考回路の持ち主なら避けれるものなら避けたいと思うだろう。


「分かったよ。学校では今まで通り接することにしよう。あ、今まで通りだったら接すこともないか」

「ごめんね……」

「いや、仕方ないさ」


 制服に着替えた冬白川はカバンに教科書と弁当を詰め込み、頭にはカチューシャを着けずに玄関で靴を履いている。


「じゃあ私、先に出るね」

「ああ。学校でな。話はしないけど」

「うん……行ってきます」

「いってらっしゃーい」


 母が手をブンブン振って元気に冬白川を送り出す。

 俺も少し時間が経ってから家を出た。



 教室に到着すると、すでに冬白川は陽キャを代表する大勢の男女に取り囲まれていた。

 俺は陰キャを代表する者として、一人寂しく教室の端っこで時間を過ごす。

 なんだこの差は。


 さっきまで彼女の隣には俺がいたのに。


「…………」


 現実味は未だにないが……

 あれ、仮にも俺の嫁……なんだよな……


「俺、昨日ハットトリックとってさ」「俺なんて学校新記録を出したよ」「お、俺はまた成績が上がったぜ」

  

 その事実を思い出し、俺は必死に冬白川に話しかける親衛隊たちの姿を見て、優越感に浸っていた。


 あんなに気を向けさせようと話の主導権を握ろうとして……

 君たち、どれだけ頑張ろうとその子は俺の嫁なんだよ?

 何があろうと君たちに振り向くことはない。

 だって彼女、ずっと俺のことが好きだったんだよ?

 両想いだったんだよ?


 俺は彼女の言葉を思い出し、ニヤつきが止まらなくなる。

 しかし人にこんな顔を見られて、気持ち悪いなんて思われたら俺は傷ついてしまう。

 だから寝るフリをして、腕の中で笑みをこぼす。

 

 あちらを見なくとも、話し声は聞こえてくる。


「冬白川さん、昨日は何してたの?」


 俺と結婚の約束をしてたんだよ。

 

「えーっと……何してたんだっけ……」

「どうしたんだ冬白川? いつもと様子が違うようだけど」


 そりゃそうだ。

 俺との話なんてできないからな。

 察しろ。

 お前らに話すことができないこともある。


 優越感。

 俺はとことんまで優越感に浸る。

 これはなかなかクセになりそうだな。


 寝たフリをしながら一人でニヤニヤしていると、扉が勢いよく開かれる音が聞こえてきた。

 教室のみんなは音に驚き、静まり返っていた。


「なんだあの子は」「可愛いぞ……」「確か、二年の……」


 ん?

 誰か来たのか?


 俺は来訪者が気になり、顔を上げて扉の方に視線を移す。

 そこにいたのは大変可愛らしく、赤髪のてっぺんに団子頭を作った小柄な少女だった。

 膝に絆創膏を張っていて、その脚はなんとなくスポーツでもやっているのかな。

 と思わせるような、無駄な肉のない引き締まったものだった。


 彼女はキョロキョロと教室の中を見渡し、誰かを探していた。

 これ、あれじゃない?

 告白とかしにきたんじゃないの?

 あんな可愛い子に告白されるとは、なんて羨ましい奴だ。

 いや、俺はもっと羨ましがられる側の人間だけどさ。

 なんたって、冬白川が嫁なんだもの。


 まぁ俺には無関係だからどうでもいいや。

 そんなことを考えながら彼女をボーっと見ていると、なんと彼女と目が合ってしまった。


 なんだか気まずくなり、俺はさっと視線を逸らす。

 人付き合いが苦手な俺には『逃げる』という選択肢しかないのだ。

 そもそも俺に用事があるわけじゃないんだし、一瞬目が合っただけだろうけど。


 だが、彼女は意に反してずんずん音を立てながら俺の方に近づいて来る。

 え? 何? 何か聞きたいことでもあるの?

 ちょっと学校で人と話すとかいきなりすぎてハードル高すぎるんですけど。

 よかったら、他の誰かに聞いて下さい。


 しかし、無常にも彼女は俺の横までやってきてその場で立ち止まる。

 俺は目を合わさないように、冷や汗を流しながら外を眺めていた。


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