第5話 うるさい後輩ができました1
冬白川琴菜。
彼女が俺の嫁になることが決まり、今日からこの家に住むこととなった。
そんな日の夜のこと。
「ねぇ琴ちゃん。うちに嫁に来るのはいい。というかいいすぎるんだけど、婚姻届けとかどうする? それを後に置いておいたとしても、家出してるって話だから家族に連絡を入れなきゃダメだよ。娘が家に帰ってこないとか親が心配すんだからね」
「そんな母ちゃんは学生時代、心配かけさせなかったのかよ」
「昔心配かけさせたから言ってんの! 今だから親の気持ちが分かる。桜ちゃんが家に帰ってこなかったら私心配し過ぎて死んじゃう。心臓止まるわ。ああーこんな可愛い桜ちゃんが帰ってこないなんてお母さん考えられない~」
「気持ち悪い」
「はぅ! そんなこと言われてもお母さんの心臓止まっちゃうよぉ」
「どんだけ心臓弱いんだよ。でも冬白川、家族に連絡は入れておいたほうがいいんじゃない?」
「うん……後でしておく」
「って本気で結婚する方向で話進めてない?」
「え? 本気じゃないのあんただけだよ? 何言ってんの?」
俺を白い目で見る母親。
何言ってんだって顔をしている桜。
モジモジ体をくねらせている冬白川。
「ちょっと待て。俺だけ異常者みたいな扱いするな。常識外れなことを考えているのはお前らだからな」
「常識なんてちょっと外れた方が人生楽しいって」
「あんたは外れ過ぎだ! もう少し世の中の常識を学んでくれ」
母親と真面目に話をしていると頭が痛くなってくる。
なんでこんな人に育てられて、俺は常識を学ぶことができたのだろうか。
ああ、あれだな。
反面教師ってやつだ。
滅茶苦茶な姿を見てきたからこそ、ちゃんとしなきゃって思い至ったんだった。
「常識の話は置いておいてさ、とりあえず冬白川はどこで寝かす?」
「そんなのあんたの部屋に決まってんじゃん」
「……は?」
「だーかーらー、勇児の部屋で寝かすって言ってんの」
「なんで俺の部屋?」
「なんでって、夫婦だからに決まってんじゃん」
「まだ夫婦じゃない!」
「もう夫婦みたいなもんじゃん。何気にしてんの?」
「気にするに決まってるだろ。気にしないほうがおかしいよ」
「べっつに琴ちゃんも納得してんだからいいと思うんだけどなぁ」
ケラケラ笑いながら話す母親に苛立ちを隠しきれない。
冬白川もニコニコ笑顔で話聞いてるし、なんなんだよ。
本当に俺の方がおかしいって思ってしまうじゃないか。
「琴ちゃん、お風呂入ってきたら? 私のパジャマ貸したげるからさ」
「ありがとうございます。じゃあ、お言葉に甘えて……」
母親の部屋に行く二人。
俺は嘆息し、本を読んでいる桜に視線を移す。
「なあ、桜はどう考えてる?」
実際のところ、桜は俺と同じ意見なのだろうか。
それとも母親と同じ考えなのだろうか。
それが少し気になったので率直に訊いてみた。
すると桜は本を下ろし、口を開く。
「みたらし団子食べたい」
「お前が現在進行形で思考していることを訊いたわけじゃない。というか、こんな時にもみたらし団子かよ。団子よりお兄ちゃんのことを考えなさい」
「別にお兄ちゃんがいいならそれでいいと思う」
「俺はいいとは言ってないんだけどなぁ……」
「だったらはっきり言わないと
「はっきり言っても効果なさそうだけど」
「なら諦めるしかない」
本に視線を戻す桜。
この話はこれ以上しても無駄だと思っているんだろう。
俺もそう思っている。
だって母親に話が通じるわけないんだもの。
嫁に来てもらうこと前提で、というか嫁になんとしてでも来てもらうつもりなんだ。
一緒の部屋にするのも、間違って既成事実でもできればいいと企んでいるのだろう。
もしくは、本気で何も考えてないか。
……あの人のことだ。
多分、後者だろうなぁ。
部屋に戻りこれからどうするかなんて考えながらボーッとしていると、扉をノックする音がする。
「はい」
「あの……お邪魔します」
カチャッと扉が開き、中へ入ってきたのは風呂上りの冬白川だった。
濡れた髪に火照った顔。
母親のパジャマを着たその姿は、さしずめ水の女神と言ったところだろうか。
照れた顔がまたとんでもない破壊力の可愛さで、言葉を失う。
可愛い可愛いと思っていたけど……可愛すぎるだろこの子。
風呂上りの鏡に映る俺はカッコいいと自負しているが、いや、母親と妹曰く普通らしいけど……
だけど、風呂上りの冬白川はいつもより1000%増しぐらい可愛く見える。
俺のなんちゃってカッコいいとかじゃなくて、彼女は本当に綺麗で美しい。
恐るべし、風呂上りマジック。
「あの……」
「ん?」
冬白川は、俺に何かを言おうと真面目な顔をしている。
だけど、何も言わないまま沈黙が続いた。
まぁ話さないといけないことなら、いずれ話をするだろう。
そう思った俺は、これからの寝床の話をすることにした。
「あ、このベッドで寝てくれればいいから」
「え……一緒に寝るんじゃないの?」
バカなことを言わないでくれ。
俺にそんな度胸があるわけないだろ。
女の子と手も繋いだこと無いのに。
というかまともに会話すらしたことないのに、恋人として大事な順序を色々飛び越えて一緒に寝るとか無理ですから。
婚前交渉をする勇気なんてありませんから。
「おおお、俺はその……床で寝るから。冬白川はベッドで……な」
「私、勇児くんの……お嫁さん……だよね?」
なんだよその上目遣い。
ときめきが止まらないから止めてくれ!
いや、嫌がってるわけじゃないんだけど、これ以上は心臓が持たないよ。
もしかして、俺をキュン死させて保険金を受け取ろうとでも考えているのか?
母親は俺に大した保険かけてないと思うよ。
「よ、嫁って言ってもまだ仮りだし? とと、とにかく! そういうのは……もっとお互いを知ってからでもいいんじゃ……ないかな? 急ぐ必要もないでしょ?」
「急ぐ必要も無いけど、ゆっくりする必要も無いと思うの。私は覚悟できてるから」
覚悟の完了が早すぎる!
俺なんてチキン過ぎて逃げることばかり考えているというのに。
「じゃあさ」
「えっ?」
「手……握ってくれないかな?」
「手……手ね。手ェぐらいなら別にいいよ」
声が裏返った。
余裕なフリしたけどバレただろうか。
手汗を拭きとるためズボンで手をこすり、震える手を目の前にいる彼女の手に伸ばす。
固唾を呑み込みながら、ちょんと触れる指先と指先。
俺はビビッて手を引いてしまう。
「…………」
だが彼女が手を伸ばし、俺の手を優しく包み込んだ。
柔らかく、温かい手。
さっきまでと比較できないぐらい心臓が大暴れしている。
それになんだよこのいい匂いは。
鼻孔を通るその香りは身体全体に染みわたってゆき、芯から溶かされていくようだ。
頭はフワフワし、幸福が身体一杯に広がっていく。
まるで麻薬のようないい香り。
なぜだ。
なぜ同じシャンプーを使っているはずなのにこうも違う?
母親と妹だって同じはずだ。
だけどこんな気分にさせられることなんて決してない。
「私、本当にね」
「えっ?」
顔を紅潮させた冬白川は、繋がった指をなぞるように動かしている。
「本当に勇児くんのこと、好きだったんだよ」
「ほ、本当に?」
「うん。嘘じゃないよ。本当に、本当にずっと好きだった。だからこんな滅茶苦茶なことにはなってしまったけど……嬉しいの」
彼女は俯き、そして俺の胸に頭を埋める。
「…………」
心臓が爆発する。
俺、顔真っ赤になってんだろうなぁ……
「本気だから。私の気持ちを信じて欲しい」
「……冬白川」
彼女の強い気持ちを感じる。
嘘偽りの無い言葉。
冬白川は俺に好意を寄せてくれている。
俺だって、冬白川のこと……
でもその日は面と向かって伝えることはできなかった。
さっきは好きだって言ったけど、まだ真剣に彼女に言っていない。
俺の嘘偽りの無い言葉を。
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